イレギュラー

生糸 秀

イレギュラー

「イレギュラー」に私はわくわくする。


いつもと違う何かが起こるとき、それは平たんな日常を刺激して、私の心に緊張と喜びをもたらす。たとえそれが、いつもより大変な変化だと分かっていても。例えば、コーチが今日は練習ではなく、体力テストだと言って、シャトルランを走ることになっても。いつもと違うというだけで、わくわくするのだ。


この日のイレギュラーは、兄がやってくることだった。


一人暮らしの日常に、人が訪れるというのはうれしい方のイレギュラーだ。


いつも私に不干渉な兄だったが、この日は急に、飲みの予定が私のアパートの近くで入ったらしく、珍しく頼んできた。


私もちょうど家にいる予定だったし、特に断る理由もなかった。ただ、無条件で部屋に泊めてやるのはなんだか悔しい。この好機を逃すわけにはいかない。


来た瞬間に気づいていたLINEだが、じっくり考えて、あと、嫌々感を出すために、1日後にこんな返答をした。


「えー、高級プリンでも買ってきてくれるならいいけど。」


正直、じゃ、いいや、と言って、あきらめるかもしれないと思っていた。


「わかった。ありがとう。じゃ、よろしく。」


しかし、兄の返答は思ったよりシンプルだった。その素直な返答に拍子抜けしたが、まぁプリンもイレギュラーも手に入ったので、結果めちゃめちゃオーライだ。




当日兄は、飲んで帰るので部屋に行くのは深夜になると思うと言ってきた。


私そんな遅くまで起きとけないんだけど。とLINEでいうと、兄は、


「ああ大丈夫 鍵開けといてくれたら勝手に入るから」


と女子に向かってめちゃんこ物騒な提案をしてきたので、


「いや、女子大生の部屋ですよ?そんな物騒なことできんから」


と返した。結局、兄は、先に私の部屋に来て鍵を預かってから、飲みに行くということになった。




その晩、私は部屋でいつもより遅くまで起きていた、が、まあ結局兄が返ってくるまでは起きていられなかったので、すやすやと寝てしまった。


朝起きて、ふと周りを見回して兄がいないことに気づいた。


よく考えると、昨日私は、兄の布団も敷かずに寝てしまった。押し入れ、というか布団が入りそうな収納は一か所しかないから、そこから布団を見つけるだろうと、うとうとしながら考えていた。でも、布団が見つけられずに、怒って出ていってしまったのかもしれない、それとも、私のベットの下の隙間に潜って寝ているのか、とか寝起きの寝ぼけ頭でばかなことを考えていた。


しかし、私のベットの下を確認しても、兄はいなかった。


もう出ていったのだろうか。それにしては早すぎる。今日は休みだし、お昼ぐらいまで寝ていると思っていたけど・・・。


とにかく、兄がいないという平たんな日常に突如戻ってしまった私は、トイレに行って、顔を洗い、朝食を食べるといういつものルーティーンをこなした。


ぼーっとテレビを見ていると、遊園地特集と題し、ディズニーやユニバの特集が組まれていた。


ああ、こういうイレギュラーもいいなー。旅行に行きたい。


ぼんやりと思いながら、ふと、兄にお願いしていた高級プリンを思い出した。


ちゃんと買ってきてくれたのかな?と半信半疑で冷蔵庫を開けると、


「まろやか やみつき 至高のプリン」


ひときわ輝きを放つパッケージを見つけ、私の気分は最高潮だった。


よし、プリン食べよう。甘いものを我慢することなんて習ってない私は、プリンを冷蔵庫から出し、テーブルに座った。


そして、窓を開け・・・


「ん?・・・ギャー―!!」


私は、発狂した。そこには、遺体、もとい、寝ている兄が居た。


「あ、おはよう・・」


寝ぼけ顔の兄が、目をこすりながら、言ってきた。


「いや、おはようじゃなくて、なんでそんなところで寝てるの?」


私の頭の中は疑問でいっぱいだった。


そんな私を見て、兄はにやりとして、


「ベランダで寝るのも、妹の悲鳴を目覚ましにするのも、非日常感があっていいな。」


兄は満足そうに部屋に入り、私が食べようとしていたプリンをちゅうちょなく食べた。


「う~ん。高級プリンは日常を抜け出すにはもってこいだな。」


どうやら兄も、イレギュラーが好きらしい。

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イレギュラー 生糸 秀 @uisyu

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