雄略

 「ララ様」と呼ばれた赤覇エルフの女は、台所の奥の部屋に早足に入って来た。

 腰の大剣を素早く外し、卓上に置いた。

 置く手付き自体は、そっと丁寧だった。

 椅子に腰を下ろし、背もたれに身体を預ける様にした。大きく息を付いた。

 桃色の髪を、片手でかきむしる様にした。

 赤い服の女が、部屋に入って来た。


「愛しい可愛いメルリーヌ、とにかく何か持って来てくれ」


「用意しておりますわ!」


 ララは、メルリーヌが卓上に置いた盆の上から、大きな杯を取った。


「愛しているぞ、メルリーヌ」


 一気に飲み干してから、盆の上にはまだ杯が二つ置かれている事に目をやると、笑みを浮かべた。


「わたくしに愛を囁いてくれるのは、食べ物に関してだけ!悲しいわ!」


「疲れた」


 ララは、次の杯を手に取ると、同じく盆の上に置かれた食べ物の方に、目線を送った。


「アイカリアの未来は、ララ様に掛かっておりますから!」


「そこまで大袈裟な物では、無いがな」




 「混乱の大河」というのは、銀龍川それ自体の呼び名では無い。南北に伸びる川の、流域の国々、地域一帯を表している。そうして、そこに色々なゴタゴタの種が絶えない事を表しての、呼び方である。


 銀龍川は、古エスペリア、今は殆ど住む者も無いが、かつて偉大なるエスペリアが有った偉大なる地の山々を源流としている。


 自由都市クー・カザルの直ぐ脇で二角湾に、セトの海に流れ込む迄に、通り抜けていく地は実に、様々である。


 「銀断ちの山脈」大いなる山脈の雪解け、氷溶けの水が集まって川を作り、南へ流れていく。平野に出た辺りでは既に、豊かな川である。しかし、エスペリアの民が流れを行き来する事はもう、無い。

 草地の丘陵と、豊かな森と荒野とが斑に広がり、所々、岩山が点々する平地の中を、流れは進む。

 かつての光を思わせる物は、余り無い。

 銀龍川からは離れた地に眠る、エストゥラドリアの廃墟は、古き声を伝えてくれるであろう。

 国が絶えたとはいえ、影も闇もエスペリアに敬意を払うのだろうか?混沌もオーク達も妖魔達も余り、姿を見せる事は無い。


 古エスペリアの南には、銀龍川を挟んで西にルルカリア、東にアイカリア、二つの国が有る。アイカリアの方が小さいが、唯一、エスペリアの血筋が残ると伝えられる国として特別である。


 急流であるが、幅、深さは有る。かつて、川筋のエスペリアの民は家毎、家族毎に小舟を持ち、行き来していたという。




 その南が、「北の十八公」である。国と呼べない様な小勢力が集まる。その数、かつては18だったらしい。色々な争い、集合離散によって変動して、現在は20らしいが、一々訂正してもいられず。呼び名は変わらず「十八公」である。

 国と呼べない様な、と言っても当人達にそんなつもりは無い。それぞれにしっかりと、名も付けられている。赤龍、青龍、白龍、黒龍、銀龍の「五色の龍」の国名は中々、知られている。銀龍の国名は、ただ、銀龍川と縁は特に無いらしい。

 アルピア、ケザン、ジャリキア、ジャリアといった国々。

 小競り合いは、珍しく無い。はっきり戦争に成る程の国力は、どの国にも無かった。




 更に南は、「緑龍候領」である。代々世襲の「緑龍候」に、統治されている。

 土地が痩せており、しかし昔から、その代わりに優れた軍を揃える事に、腐心している。

 「緑龍軍団」の旗印は常に、一目置かれている。

 銀龍川沿いに建つ、「くろがねの城」。

 相応しく、武骨だった。


 川の流れは更に、南へ続く。気候も、暖かく成って来る。豊かな土地が、広がる。




 「四王国」が、有る。川の両側に、南北に並んで二つずつの大きな国。西側の北に、ケチャリア。南のアル=カリア。東側の北に有るのが、銀翼国。南が、カイザリア。

 かつては、ガイゴリアという一つの国であった。四つに分裂した後も、互いに強い結び付きを保っている。が、それは、常に話がこじれ、いがみ合う方に働いている。

 現在は、ケチャリアとアル=カリア、銀翼国とカイザリアがそれぞれ組んでいるが。直ぐに、どう変わるか判らない。


 どの国も豊かな畑、深い森を持ち、所々に在る遺跡は、旧帝国に於いても中心地の一つだった事を窺わせる。


 カイザリアの王はドワーフであり、ケチャリアと銀翼国の王は人間、アル=カリアの女王は白族エルフである。

 四王国のゴチャゴチャに関しては、ただ、種族の争いとは関係が無い。

 四つの国の、女王も三人の王も皆、信頼出来る良き指導者であるのだが、にも関わらず、まとまらないでいる。


 銀龍川は実の所、最も紛糾の材料となる一つだったりする。流れは緩やかに成り、大河である。

 船の行き来は、ただ、四王国の複雑なあれこれに大分、妨げられていた時期も有った。現在は何とか、落ち着いている。

 

 


 四王国の領域を抜けると、セトの海も近い。

 海が近く成るまで様々な土地を流れて来るが、川の水は変わる事無く、鋭く透き通り、冷たかった。


 しかし、内海の沿岸、周辺に集まる小国群、通称「自由諸国」であるが。「自由」とは、「北の十八公」程では無いにせよそれぞれ好き勝手にやり合い、混乱状態に有る事を意味している。

 一番、周囲に問題を産み出しているのは言うまでも無く、ザルゴリアである。

 銀龍川は、四王国と自由諸国の間の門であるかの様に川の両側にそれぞれ有る山、「双子のエルトとアルカ」のエルトとアルカの間を抜けて、流れて行く。エルトが東側、アルカが西側である。

 エルトもアルカも、切り立った山では無い。しかし、色々な不思議が宿ると伝わる。


 自由諸国の領域に入ると、セトの海沿いの国として川の東にはザハク、西にはイシカアが有る。どちらも、小国である。

 クー・カザルはただ、言うまでも無くどちらにも、属していない。

 セトの海沿いの一帯はただ、岩山が多く、木々が少なく成る。

 農地も、痩せている。


 ザハクもイシカアも、信頼出来ない国としての評判が有る。もっともそれは、小国として様々なゴチャゴチャを潜り抜けていかねばならなかった中で培われて来た物でもあって、仕方ない話ではある。


 そして大河は、港町クー・カザルを擁する二角湾に、湾名の由来たる角の片割れを形作りつつ、流れ込んでいる。

 これだけ様々な国々が行き来する流れでありつつ、クー・カザルの港と直接は繋がっていないというのも、興味深い。


 ともあれ、東を帝国ガルランティア、西をシャディエド、及び大王国メリシアに挟まれつつ、銀龍川流域は常に、政治、力、思惑が錯綜していた。

 「死者の国」「大混沌領域」の存在も無論、影響を与えて来る。

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