第3話・学校の帰り道

 2学期になってからの文化祭や総体などといった慌ただしい行事も一通り終えて、中学生活もようやく落ち着いてきたかなという頃、少し肌寒い日が出てきたからか、ミケが遊びに来てくれる頻度が減ってきた。ただ、来た時に部屋に滞在している時間は長くなったので、寂しさと嬉しさと半々な気分だ。


 ――もっと寒くなったら、全然来なくなるのかなぁ……。


 ミケが千尋の部屋に来るのは散歩に出たついでだから、今だって雨の日には来ない。雪が降るくらい寒くなったら、全く外に出なくなってしまうかもしれない。そして、冬の間に千尋のことなんて忘れてしまうのでは?


 ――猫はどれくらいの期間が開いても覚えていられるか、飼い主さんに今度聞いてみよう。


「……千尋?」


 悶々と考え事をしている千尋の顔を、有希が心配そうに覗き込んできた。学校帰りの制服姿のまま、二人は有希の家に向かって並んで歩いていた。千尋の家からだと駅も学校も遠回りになるから、普段はあまり通らない道だ。


 今朝の読書時間用に有希から借りた小説がとても面白くて、その続きを借りに家へ寄るところだった。別に来週に学校で受け取っても良かったけど、5巻セットと聞いてしまったから、どうしてもこの週末に一気読みがしたくなったのだ。


「ごめん、考え事してた。どうしたの?」

「あ、ここ、海斗の家」


 嬉しそうに有希が指差した白壁の家の表札には、島田と書いてある。島田海斗――有希が小学生の頃から片思いしている男子だ。割と堂々と公表しているから、有希が海斗を好きなことは、同じ小学校だった子なら誰でも知っている。勿論、海斗本人も知っているはずだ。


「家、近かったんだね」

「そうなんだけど、最近は外で滅多に会わないんだよねぇ」

「あー、男子は学校から帰ったら、ずっとゲームしてるらしいね、オンラインのやつ」

「フォートナイト? うちのお兄ちゃんも、ボイスチャットでずっと喋ってるわ」


 夏休みとか毎日徹夜でやってたよ、と呆れたように有希は溜息をついた。夜中に叫んだり怒鳴ったりするのは勘弁して欲しいと本気で嘆いている。


 もう帰ってるのかな? と海斗の家を覗く有希に釣られて、千尋も白い家の方を見た。そして、その二階の出窓で日向ぼっこしている、三毛猫の存在に気付いた。


 ――ミケだ。


 丸くなって眠っているようだから、顔は見えなかった。けど、あの背中の模様は間違いなく、ミケだ。白毛が多くて、キレイな楕円形の赤毛と歪んだ黄毛。大好きなミケの模様を見間違えるはずがない。


 ――海斗の家が、ミケの本当の家?!


「海斗って兄弟いたっけ?」

「うん、小学生の妹がいるよ」

「そうなんだ……」


 男兄弟がいないのなら、今までミケを通じて手紙を送り合っていた相手は、海斗だったのか。

 千尋の心臓が一気に駆け始めた。陸上部で、隣のクラスで、小学校が一緒だった、あの島田海斗がミケの飼い主さんだったなんて、と。


 ビックリして、すぐに有希に報告しようと隣を振り向いたが、そのまま千尋は口を噤んだ。名残り惜しそうに何度も白壁の家を振り返りながら歩いている親友は、ずっと前から海斗に片思い中なのだ。


 その海斗と手紙のやり取りをしてたなんて、言い辛い……。何となく捨てられなくて、貰った手紙を大事に箱に入れて全部取ってあるなんて、言える訳がない。


 結局、有希には猫のことも海斗とのことも何も言えず、小説の続き4巻を受け取ると千尋はそのまま家に帰った。寄って行くものだと思っていた有希は残念がっていたが、この後に用事があると嘘を付いてしまった。


 はぁっと大きな溜め息をついてから、千尋はベッドに勢いよく倒れ込んだ。枕に顔を埋めて、混乱している頭を整理しようとフル稼働させる。


 有希に話せないような内容のやり取りを海斗としていた訳じゃない。やましいことがある訳じゃないのに、だったら何で有希に話せなかったんだろう?


「……別に大した手紙は送り合ってないし」


 自分で自分を納得させるように呟くと、起き上がって机の引き出しから箱を取り出した。ちょっと高めのチョコレートが入っていた空き箱の中には、これまで猫の首輪に括り付けて届けられた手紙。

 半年ほどで受け取った二十枚弱の手紙を、一枚一枚読み返してみると、これまでは見知らぬ誰かからと思っていた言葉が、隣のクラスの島田海斗の言葉として上書きされていく。


「夜更かしって、ゲームだったんじゃないの?」


 海斗がゲームしながら喋る声がうるさくて、ミケは千尋のところに逃げて来てたのかと思うと笑えてくる。顔はいいけど女子には冷たいと評判の海斗が、実は飼い猫をとても大事にしていて、見知らぬ文通相手のこともちゃんと気遣える優しい人だった。ミケを通じて、同級生の知らない一面を垣間見た気がする。


 広げた手紙を箱に戻し、また引き出しへ仕舞っていると、千尋の部屋の網戸がバリバリと音を立てた。


「ミケ!」


 急いで窓を開けると、三毛猫がするりと中に入ってくる。千尋の足に擦り寄って、顔を見上げてから「ナァー」と挨拶代わりに一鳴きする。しゃがんで猫の丸い頭を撫でながら、その赤い首輪を手繰ると、括り付けられた手紙を見つけ、千尋はいつもとは違う胸の高鳴りと鼓動を感じた。


『寒くなってきたので、最近は昼間しか外に出たがりません』


 いつも通りの他愛のない文章なのに、何故だか返事が書き辛い。必死で頭を捻って絞り出した言葉を、いつもと同じメモ帳に、いつもより少し丁寧な文字で緊張しながら書き記した。


『冬になっても、変わらず遊びに来てくれると良いのですが』


 今の関係が、少しでも長く続きますように。

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