小さな冒険

 少年士官学校に入るまでは二週間程間があり、

その間は今までの寄宿舎で過ごすことになっていた。

だけど、あまりにも暇なのでコミやフラーと打ち合わせて、

寄宿舎を抜け出すことに決めた。

行き先は首都郊外の北東にある大きな森だ。

その森は肉食獣や稀に魔物も出るって場所。

普通は立入禁止で衛兵が森の周辺を見回りしているけどさ、

大した理由もなしに森へ入る人なんていないから、

見回りも時たま通り過ぎていく程度。

俺達は見回りの隙をついて森へと入って行った。

実は俺とコミは二人共学校には内緒で実剣を持ち出してきたんだ。

剣に自信があって腕試しをしてみたく思ったから。

フラーは剣は持たないで昼飯の入ったバスケットを持ってるだけだ。

魔法の威力を高める杖は高価で子供には手に入らない。

「森っていっても凄く明るくて結構見通しが良いのね」

後ろのフラーがキョロキョロと辺りを見回しながら呟いた。

コミがそれに答える。

「もう少し奥まで行くとどうだか分かりませんが」

「呑気に話ししてるけど会話は控えたほうがいいよ。

何かが動いても物音が聞こえないだろ?」と俺が言う。

「森の入口辺りは見回りの気配がするので動物はいないでしょう。

でもその通りですね、少し緊張感を高めながら進みましょう」

そして俺たちは音を出さないように気をつけながら奥へと入っていった。

 二十分歩いた頃だろうか。

『ガサッ』と十メートル位離れた茂みで大きな音がした。

「剣を抜け!」

相手が肉食だった場合、音を立てる時は襲撃時なので俺は慌てて叫んだ。

大きな黒い影が突進してくるのを感じて、

俺は相手に向けて剣を置くように両手を前に差し出した。

相手は突進をやめバックステップで一歩下がり、

低い唸り声を上げながらこちらを睨みつけてきた。

それは黒に近い灰色の毛をした犬のようだったけど、

犬よりもかなり大きく恐ろしい形相をしていた。

唸りを上げる口についている犬歯は五センチ以上もあった。

「気をつけて! サーベルウルフだよ!」博識なフラーの言葉だ。

サーベルウルフは魔物ではなくてただの肉食獣だけど、

大きさのわりに素早く動きかなり獰猛な獣だと聞いたことがある。

普通の狼とは違って単体で行動するというのを思い出し、

「大丈夫一匹だけだ」恐怖と戦う自分に言い聞かせて気持ちを落ち着けた。

初めての冒険で初めての本格的な戦闘になった。

始めに攻撃を仕掛けたのは右隣にいたコミだった。

ターンッと勢いよく飛び込んで下段の横切りを見せた。

十二歳の腕力では大ダメージを望めないと感じて、

まず相手の足を奪う事にしたんだと思う。

俺には凄く場馴れして見えた。

コミの足払いをサーベルウルフはひょいっと軽くジャンプして避ける。

着地したらすぐにコミに襲いかかるだろう。

そのコミは大ぶりをしたのでまだバランスが崩れてる。

俺は急いで補助としてサーベルウルフに斜めから突きを入れたが、

ガキッという衝撃とともにサーベルウルフの表面で剣は止まった。

突いた場所が悪くて肋骨に止められてしまったんだ。

次の瞬間サーベルウルフは「キャンッ!」と叫んで怯んだ。

見るとサーベルウルフの額から血が流れ出していた。

「あれ~、目を狙ったのにな…」とフラーの声がした。

多分フラーの持ち魔法『風刃ふうじん』を放ったんだと思う。

風刃は鋭く固めた空気の塊を高速で飛ばす魔法だ。

「ごめんなさい、私の魔法じゃ骨を切れないわ」と言っていたけど、

彼女が初めてのダメージをサーベルウルフに与えたんだ。

そこに回り込んだコミがサーベルウルフの横っ腹を突いた。

「グッ」と唸り声を上げたサーベルウルフは一瞬動きを止めた。

俺はチャンスと思い後頭部へ向けて思い切り上段斬りを放った。

『バキッ』という音がしてサーベルウルフが倒れた。

「今の音は首の骨が折れたのかな?」と言いながら、

コミはサーベルウルフの喉を裂き止めを刺した。

「ふうぃ、俺かなり緊張してたよ」俺は大きく息を吐いて言った。

「コミさん大活躍でしたね」

「いえ、連携の起点になったのはフラーさんの魔法でしたから、

仕留めたのはズキですし、みんなよく頑張ったということですね」

そう言いつつもコミは嬉しさを堪えられずに笑顔になっている。

「もっと危ないと思ってたけれど、わりとあっさり倒せちゃいましたね」

フラーはテンションが上っているようでごきげんな口調だった。

「初めてだったのに随分と連携が上手くとれたな。

俺らってもしかしてかなりできる方なのか?」

「そうですね、幼年軍学校のトップが二人と優秀な魔法使いですからね。

こんな首都近郊の獣なんか敵じゃないでしょう」

「それとフラーって血を見ても平気なんだな。

女の子ってそういうの苦手って聞いたぞ」

幼年軍学校は寄宿制で街へ出ることは殆どないし、

学校に女子はフラーしかいなかったから色々読んだ本だけの知識だった。

「父が兵役後に養鶏をやっているの。

幼い頃から絞めて血抜きをしている所を見慣れているし、

やらされたこともあります。だから全然へっちゃらよ」

いやいや、幼い女の子にそんな事やらせる父親ってなんだよ…。

「でも、近郊にもサーベルウルフなんているんですね」

「サーベルウルフは一日に何十キロも移動するといいますし、

どこにいても意外ではないでしょう、さてもっと奥へ行きますか」

「おう、行こう」と返事をして森の中を再び歩き始める。

後々になって考えれば一歩間違えば死だったと分かるが、

その時の俺達は子供だったので深くは考えないで奥へ向かった。

フラーは十二歳ではかなりの魔力を持っていたのでまだ進めると思ったんだ。

兵役に就いてから本当の魔法の天才とはどのようなものか知ることになるが、

この頃だと魔法が使えるだけで天才だと思っていた。

 森の更に奥へと向かうと池があり、そこで昼飯を摂る事にした。

昼飯は律儀なことにフラーが三食分用意してきてくれていた。

「今日は良いメッツァ鹿が手に入ったから燻製じゃなくて揚げ物にしたの。

それをサンドイッチにしてみたのよ」

とバスケットの蓋を開きながらフラーが語った。

メッツァ鹿とはこの大陸全域の山岳地帯に住む山鹿を品種改良した動物で、

山鹿よりも広く世間で食べられている動物だ。

「メッツァ鹿は燻製くんせいしか食べたことありませんよ」

とコミが興味深そうに覗き込む。

「新鮮なお肉は焼いたり揚げたりする方が美味しいのよ」

とフラーが弁当を開きながら言った。

俺の食事は殆どが『カブの煮込みのモルタン』と言われるスープで、

燻製は保存食で幼年軍学校にはなくメッツァ鹿など食べたことがなかった。

話についていけないのが少し歯がゆかった。

フラーに差し出されメッツァ鹿のサンドイッチを手に取った。

一口食べてみると奥深い味とともに少々の獣臭さを感じたけど、

総じて今までに食べたことがないほどに旨かった。

「二人がこの学校に入ったのはやっぱり『春風騎士団』を目指す為かな?」

フラーがお茶を配りながら聞いてきた。

春風騎士団とはエルディー国軍から精鋭をスカウトして組織された部隊で、

文字通り国最強の部隊でエルディー国の看板になっている。

「ええ勿論、男なら誰もが騎士団に憧れるでしょう?」

コミは躊躇ちゅうちょなく返事をした。

そうなのか、それが普通なのかな?

「ズキもそうでしょう?」とコミが話をこっちに振ってきた。

「い、いや、俺は…進学直前に両親が死んでしまったから他に道がなかった。

身を寄せる場がなかったからな~。

周りの人が手間がかからないここに放り込んだのさ。

そう言われると、将来の事なんて考えたことなかったな」

「それはごめんなさい、さっき戦いに勝って調子に乗ってしまっていたわ」

「謝ることでもないだろ、いいんだよ楽しい日々なんだから」

せっかくの楽しい場をちょっと白けさせてしまった…。

 そんな感じで会話を楽しみながら昼飯を食っていたけど、

三個ずつあるサンドイッチの二個目を食い終わった時に異変が起きた。

池が音を立てて波立ち始めたんだ。

気づいた時には波は大波となり四メートル程の巨大な両生類が浮上した。

「ジャイアントルーパーだ!」とコミが叫ぶ。

超巨大なイモリと言うべき生き物なんだが、

肉食で口も大きくギザギザの小さな歯がびっしり生えていて、

子供など一飲みにしてしまう程の極めて凶暴な種である。

また、手にも鉤爪がついていて獲物を引き寄せ捕まえたものを逃さない。

ジャイアントルーパーは凶暴だけど魔物ではなく両生類になる。

じゃあ一体何が魔物なのかというと、

魔界からやってきたこの世界とは出身の違う生き物を魔物と呼ぶ。

魔物は大人しいものから凶暴な種類まで色々いるけど、

全体的にこの世界の動物より魔物の方が強い。

魔物じゃないからっていっても危険なことに変わりはないんだが…。

フラーはジャイアントルーパーの出現に頭がついていけずボーッとしていた。

ジャイアントルーパーはそんなフラーを狙っている素振りを見せたので、

コミが「危ない!」と言ってフラーを突き飛ばした。

それでフラーは危機を逃れたけど身代わりでコミの足に長い舌が絡んだ。

やっと状況を把握したフラーは咄嗟とっさに風属性魔法の詠唱を始めた。

コミは一瞬でジャイアントルーパーの口の中に下半身を取り込まれたけど、

フラーの魔法がジャイアントルーパーの目を切り裂き、

ジャイアントルーパーは痛みで大きく口を開いた。

一番呆けていた俺はやっと状況を把握して舌に向けて剣を突き刺す。

ジャイアントルーパーは激しくもだえて舌をほどき吐き出した。

そして直ぐに水の中へと逃げ込み見えなくなる。

あっという間の事だったがその一瞬でコミの左足は折られていた。

絡みついた舌は壮絶な圧力をコミに与えていたんだ。

俺はそれに気づかずに水辺でのたうち回ってるコミに、

「早くこっちへ来い、逃げるんだ」などと無責任な事を言ってた。

コミの異常に気づいたのはフラーだった。

「コミさん左足が動いていないよ」

そう言われ俺もやっと気付きコミの所へ駆け寄った。

コミを強引に立たせ肩を貸しながら水辺から森の中へと逃げた。

コミは痛い素振りを見せなかったけど明らかに左足が動かず難儀していた。

この時に頭によぎった考えは自分を嫌いになりそうなものだった。

剣の無断拝借、コミに怪我をさせた責任を先生にどう取りつくろうか。

コミが怪我をした事よりも言い訳ばかりが頭に浮かんだ。

帰りは俺とフラーでコミを肩に背負い森を移動したけど、

獣や魔物とは遭遇せずに真っ直ぐと帰れた。

もし新しい敵と出会ってたかと思うとゾッとした。

その夜はもちろんのこと次の日まで先生に説教を受けた。

説教だけで反省はしたがコミの足が後遺症を残す恐れがあると聞いて、

俺は更にどうしようもなく落ち込むばかりだった。

俺が馬鹿な冒険を切り出したために取り返しの付かない事になってしまった。

これからの言動には責任を持つとコミに謝る時に誓った。

コミは「僕も行きたかったから行ったんだ、気にしないでください」

と笑顔で返してくれたが俺の気持ちは晴れなかった。

森へは俺とコミの二人で行ったことにしたのでフラーには罰はなかった。

それだけが救いだと思った。

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