第三王子、一世一代の大博打


 森の少し奥の方。

 ラキス、アリア、アークの三人は、他の守護者と共に前線に立っていた。


「よしよし。偉いぞ」


 アリアが上機嫌にドライアドの頭を撫でている。


 木の精霊による植物操作。

 膝下まで伸びて絡みつく草によって、敵は動きを封じ込めるのが役目。


 そこを守護者の手斧とゴブリンの毒矢が、遠距離からじっくり狙い撃つ。


 その敵は、

 侵入者、と呼ぶには人数が多く、

 侵略者、と呼ぶには規模が小さい。


 彼らは夜の闇にまぎれて森へ踏み込んできた。


「やはり敵はルシガーでしょうか」

「ああ。おそらくな」


 最初に敵に気づいたのは、ゴブリンの斥候スカウトだった。


 暗闇に紛れ、音もなく忍んでいたようだが、

 斥候の研ぎ澄まされた鼻は誤魔化せない。


 鍛え上げられた戦士が放つ汗の匂い。

 その身を包む鎧兜、そして剣の匂い。

 角灯から漂う火と油の匂い。

 

 時おり度胸試しに入ってくる輩とは違う、すえたいくさの匂い。


 相手が組織的に武装した集団であることはすぐに分かった。


 ラキスはすぐさまゴブリンを送り出し、敵の人数、構成を詳細に報告させた。


「剣士、槍兵、弓兵、……召喚士もいる」

「それはそれは。まさにフルコースですね」

「規模は一個小隊、といったところだ」

「一個小隊、ですか。さすがにもう少し……」


 アークもやはり少ないと感じているようだ。

 敵地を制圧するには、せめて倍は欲しいところ。


「小隊って?」


 ドライアドを後ろから抱きしめつつ、アリアが首を傾げていた。


「五人一組の班、それが二組で分隊。

 分隊が五つ集まったものが小隊だ」

「五で、十で……。えー! 五十人もいるの⁉」


 驚きの声をあげるアリアに訂正を入れる。


「斧と毒矢で、残りはざっと四十五くらいだ」

「思ったより減ってないんだけど」

「相手が帝国軍ならプロの兵士ですから。

 ほら、もう毒矢も対策されちゃいました」


 小隊を囲むように風の防護壁が作られている。

 放たれた矢は、風の壁に阻まれていた。


 シャフトはぐにゃりと曲がり、矢尻はあらぬ方向を向いて床に落ちる。


 あの風が止まない限り、矢が彼らに届くことは無いだろう。


 そして相手が軍ということであれば、魔剤くらいは用意してあると見るべきだ。


「……妙だな」


 敵は角灯ランタンを掲げて行軍していた。


 こちらは闇に隠れ、敵は光で丸見え。

 狙ってくれ、と言わんばかりだ。


 ただのマヌケかと思えば、手斧への対策も、毒矢への対策もそつがない。


 戦術とは学問のようなもの。

 戦術レベルに一貫性が無いときは、どこかに作為、ワナが仕掛けられている。


「あっ! アイツらまた火を!!」


 隣でアークが身を乗り出している。


 故郷の森が焼かれ、横で見ていても明らかに怒りのボルテージが上昇していた。


「……やはり妙だ」

「どうしたの?」

「奴らはなぜ火を点けてまわる?」


 角灯でさえ目印になったのだ。

 周囲を燃せば、炎によって姿は照らし出され、余計に不利になるばかりだ。


「森を焼けばこっちが嫌がるから、だろ?

 ボク達も同じようなことをしたじゃない」


 アリアの言う通り、ラキスは守護者たちに襲われたとき森を火矢で燃すと脅した。


「俺のときは脅しだ。脅しというのは本気で実行しないからになる」


 さらった人質は殺してしまったら価値を失う。

 森を焼いてしまえば、そこに残るのは恨みだけ。


 憎悪ヘイトで敵の士気が上がってしまうのは戦場の常識のはず。


 ラキスが火矢を飛ばしたのはパフォーマンス。

 あくまで消火が可能な範囲だから意味があった。


 だからラキスは、火矢を放つのと同時に『対話』を求めた。

 

 人にせよ、森にせよ、質を取った取引とはそういうものだ。


「あっ、わかった!」と、アリアが得意げな顔。

 ラキスが「なんだ?」と訊くと、意気揚々と話し出した。


「きっと、ゴブリン対策だ」

「ゴブリン対策?」

「ゴブリンって小さいから、隠れるのが得意だろ?」

「そうだな」

「弓兵はいつも、木の上から獲物を狙ってるよね」

「そうだ」

「じゃあ、木が焼けて無くなったら――」

「隠れるところがなくなる、か」


 狙撃ポイントを潰すため。

 理屈はわかるが、行軍する先の木々を全て燃やしていくつもりなのだろうか。


 あまりにも非現実的。

 ラキスはどうにも違和感を拭えない。


 火はすぐに消えるわけではない。

 燃え上がる森が、彼ら自身の行軍を阻むことに気づかないとは思えない。


「あとねぇ、こっちを怒らせるため」

「確かにひとり、冷静さを欠いてるヤツがいるな」


 ふたりは、「絶対許さない」と表情で語っているアークを見て頷いた。



   §   §   §   §   §



 漆黒に包まれていた森が赤く光っている。

 木々が燃えるニオイ、立ち上る煙。


 部下に指示を出す小隊長の声は、森の入り口に立つルシガーの元まで届いていた。


 さっき別れた兵たちは皆、あの場所にいる。


「もうはじまったのか」


 当初想定よりも会敵が早い。

 ゴブリンの悪夢は相変わらず索敵の精度が高い。


 全て予定通りとはいかなかったようだが、

 彼らは立派に役目を果たしてくれている。


 一個小隊とはいえ、秘密裏に他国へ軍を送り込んでいるのだ。


 これはルシガーにとっても命懸けの作戦である。

 失敗すれば、全ての責を負って処断されることになるだろう。


 いかに第三王子とは言えど、ここまで無茶をすれば罪から逃れることは出来ない。


 良くて流刑、悪ければ斬首。

 嫌な想像をしてしまい、背筋が寒くなってくる。

 ブンブンと首を振って気を取り直す。


「俺も、俺がやるべきことをやるだけだ」


 ルシガーは空を見上げた。


 相変わらず厚い雲が星空を覆っている。

 空からの光は、一筋も地上に届かない。


 深い黒からは、全てを包み込んで無へ還してしまいそうな負の神秘性を感じる。


 ルシガーは闇の中で「サモン」と静かに唱えた。


 背にたずさえた大きな翼。

 二足の脚には鋭い鉤爪。

 空を自由に飛べるように体は比較的細い。


 以前に召喚した赤竜の十倍はあろうかというサイズの飛竜ワイバーン


 通常は緑色の鱗を持つ種だが、

 この飛竜の鱗の色が黒いのは、希少種の証。


 これだけのモンスターを召喚するには、魔力も大量に消費する。


 このまま召喚を維持していたら、五分と経たずに魔力はカラッポになるだろう。


 ルシガーは腰に下げた革袋から液体の入った瓶を取り出すと、一息にあおった。


 身体の内側から魔力が溢れだすのがわかる。

 今回はちゃんと持ってきた。これが魔剤の効果。


「いくぞ、ワイバーン」


 ひらり、と身体を浮かせたルシガーは、

 ワイバーンの背に乗り、手綱をはめる。


 翼をバサリと一往復。

 地面に風が起こり、砂埃が巻き上がった。


 漆黒の飛竜はそのまま翼を羽ばたかせると、

 瞬く間に空高く舞い上がる。


 木よりも高く。

 山よりも高く。


 その姿は夜の闇の中へと溶け込んでいく。

 闇夜を選んだのはこのためだ。


 結局、大いなる力が眠る場所は掴めていない。

 もう少し調査の時間を取れていれば、とも思うが後悔など時間の無駄である。


 後悔している時間があるなら、その間に別の解決策を考えた方が良い。


 大いなる力は、大型のモンスターだということはアタリがついている。


 ならば、隠れられる場所は限られる。

 空からこの禁足地を探せば、怪しい場所はすぐに見つかるはずだ。


 ルシガーはこれより一世一代の大博打に出る。


 さいの目が自分に利すれば、世界の覇者に。

 賽の目が自分を見限れば、世界との別れ。


 これほど賭け甲斐のあるギャンブルが他にあるだろうか。


 少なくとも、ルシガーは知らない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る