若い部下の考えていることが分からない上司の悲哀
その夜、第二王女アリア失踪の急報が宮廷へ、そして王宮へと届く。
間を置かず、宮廷召喚士を含む多くの兵が王女捜索へと派遣された。
しかし日の落ちた夜間の捜索は難しい。
「捜索はしておりますが……、もう外も暗くなっておりますので」
という言葉が返ってくるばかり。
ボロボロになったアリア王女の衣服が見つかったのは、それから二日後のことだ。
「ああっ。アリア……どうして、こんなっ」
アリア王女の服を胸に抱き、涙を流しているのは第一王女のプレシア殿下だ。
「東の森で見つかったとのことです。
キラーウルフによるものではないか、と」
「東の森?
どうしてアリアがそんな危険なところに⁉」
「わかりません。
なにか事故にでも遭われたのか……」
宮廷召喚士長のロゴールは、沈痛な面持ちでプレシア王女に説明を続ける。
「損傷がひどく断定はできませんが、御者と思しき死体も見つかりました」
報告では、御者はキラーウルフによって体中の肉を食いちぎられていたそうだ。
「付き人のパーラは行方不明。ですが嚙みちぎられた体の一部が見つかっておりますので恐らく……」
見つかった体の一部というのは彼女の右腕。
やはり肉は食い荒らされていた。
残っていた服の袖と、彼女が好んでつけていた腕輪から彼女のものと判断された。
キラーウルフより数倍大きなモンスターの仕業であろう、というのが調査結果だ。
そのようなモンスターは東の森で確認されたことはない。
自由派の貴族からは、事故ではなく陰謀ではと疑念の声が上がった。だが――、
「確認されていないことは存在しないこととイコールではない」
彼らの声を静めたのは、ロゴールの鶴の一声。
実際、モンスターの突然変異が大きな被害を起こした事件はいくらでもある。
宮廷召喚士長。言わばモンスターのプロに制されて反論できる貴族はいなかった。
唯一の妹であるアリア王女を失ったプレシアは、なぜ、どうして、と泣くばかり。
アリア王女失踪の報告を終えたロゴールは、後のことを侍女に託して部屋を出た。
ツカツカと靴音を鳴らして、王宮の回廊を歩く。
あの女が新たな女王で本当にいいのか、という疑問がロゴールの脳をよぎった。
(いや、そのようなことを考えてはならない)
ロゴールは頭を左右に振って、邪念を払う。
彼が率いる貴族派は、跡継ぎの能力ではなく年序を重んじることを決めている。
ルールがあれば、余計な争いは生まれない。
能力という曖昧な指標は、見る人、見る角度によって評価が異なる。
不確かな基準で選ぼうとすれば争いが起こるのは自明だ。
万が一、プレシア王女に女王としての資質が欠けていたとしても問題ない。
女王を補佐し、欠けている部分を埋めるために、官吏が存在するのだから。
厳重な警備を通り抜けて王宮から宮廷へと渡り、自身専用の執務室へ直行する。
途中、部下のひとりを捕まえると、ボルメンを名指しで執務室へ呼びつけた。
「ボルメン。これはどういうことだ?」
「はっ」
ロゴールの質問の意図を掴めないのか、ボルメンは返事をしたまま硬直している。
「なぜ、死体が無い?」
「なぜ、とは?」
なんとも鈍い男だ。
こんな男でも宮廷召喚士の中では有能な者を選出しているのだから質が悪い。
高位貴族の子弟だから、という理由だけで採用を続けている弊害だ。
同様に採用され、召喚士長という職にあるロゴールが言えた立場ではないが……。
「ボルメン。お前はなぜ首実検というものがあるか知っているか?」
首実検とは、敵の生首を見て本人確認をする作業のことだ。
討ち取った兵からすれば、自身の戦功をアピールする大事な場である。
一方、軍上層部からすれば、敵将の死を確定させることに大きな意味がある。
敵国との戦争中は、ロゴールも幾度となく敵将の生首を確認してきた。
ボルメンはまだ若いが、前回の戦争には従軍していたはずだ。
前線には……出ていないかもしれんが。
「はっ。敵の将を確かに討ち取ったという証拠を確認するためです」
「そのとおりだ。では、もう一度問おう。
なぜ、死体が無い?」
「あ……」
鈍いボルメンも、ようやく思い至ったらしい。
もしアリア王女が生きていたら、という仮定に。
「それで。少なくともお前は確認したんだろうな」
「いえ……、実は、その……」
ボルメンがモゴモゴと口ごもる。
ロゴールはもう、この若い宮廷召喚士のことを信用できない。
「まさか、お前!!」
「だって、オルトロスですよ⁉
近づいたら私だってどうなるか!」
信じられないことに、ボルメンは襲撃の現場を確認していないと言うのだ。
オルトロスとキラーウルフを森に放ち、そこへ馬車が入っていくのを見届けた。
それで自分の仕事は終わったのだと、彼は本気で言っている。
ロゴールにはもう若い部下の考えが分からない。
「でも服は見つかったんです。
しかもモンスターに襲われた形跡がある」
心配しなくても絶対に死んでますよ、とボルメンは言う。
なんならちょっと逆ギレ気味だ。キレたいのはこちらだというのに。
しかしロゴールは、物事に絶対など有りえないことを知っている。
それを知っていたからこそ、宮廷召喚士長という地位まで登って来れた。
念には念を。石橋は十分に叩いたあとで命綱をつけて渡れ。
放たれたオルトロスと、アリア王女の捜索隊が遭遇しなかったことも気になる。
もしアリア王女が生きてココに現れたら……。
想像するだけで身の毛がよだつ。
ボルメンは脇が甘いが、襲撃の証拠を残すほどバカでは無い……と信じたい。
神輿を失ったことで力を失いつつある自由派。
万が一にも、奴らが息を吹き返しては面倒だ。
ロゴールはアリア王女が生きている前提で独自に彼女の捜索を始めることにした。
もちろん、迎えに行くためではないし、プレシア王女を安心させるためでもない。
今後こそ、確実にその命を奪うために。
§ § § § §
「なんてことを、ロゴールが考えている頃だ」
宿に戻ったラキスの前には、成人したばかりの少女が座っていた。
珍しいものをみるかのように、室内をキョロキョロと見回している。
本人曰く、この国の第二王女らしい。
森へはロゴールの邪魔をしに行ったはず。
なのに、なぜか王女を連れてきてしまった。
このアリアという王女が、一瞬、亡き弟と重なったのが原因だ。
なぜ王女なのに一人称が「ボク」なのか。
などと今さら考えても、連れて帰ってきてしまったものは仕方がない。
「あんな偽装工作までしたのに、ダメなのか?」
粗末な麻の服に着替えたアリアは首を傾げる。
頭に被せた布製のフードが揺れた。
肩までかかる、青と緑のメッシュが入った銀髪を隠すためのものだ。
誰が見ても明らかに貴族とわかる華美な装束は森に置いてこさせた。
そのとき、ゴブリンの弓騎兵が従える狼に適度に破かせておいた。
あの森で見つかれば、キラーウルフに襲われたように見えるはずだ。
――――――――――――――――――――
【名称】ゴブリンの
【説明】
ひたすら弓を練習させていたら名手になっていたゴブリン。
ゴブリンに伝わる秘伝の神経毒、その製法は……知らない方が良い。
「ほらっ、ここダヨ。この的を狙うんダ!!」
「わかってるッテ。ホレ!」
「イデェェーーー!! オレの尻ガ!! 穴がふえちまッタヨ!!」
【パラメータ】
レアリティ D
攻撃力 C
耐久力 E
素早さ D
コスト A
成長性 A
【スキル】
上級弓術(飛行特攻・大)
神経毒の精製
――――――――――――――――――――
【名称】ゴブリンの
【説明】
ゴブリンの弓兵がオルトロスを生贄に強化。
小型の狼を乗りこなし、素早く大地を駆けながら弓を射る。
狼に乗ったゴブリンは速い。
それはまるで疾風のようだ。
後ろには誰もついてきていない。
それでもゴブリンは走り続ける。
なぜなら気持ちがいいから。
風がとても気持ちいいから。
【パラメータ】
レアリティ C
攻撃力 C
耐久力 E
素早さ A
コスト B
成長性 D
【スキル】
上級弓術(飛行特攻・大)
神経毒の精製
初級騎乗術 《NEW!!》
電光石火 《NEW!!》
――――――――――――――――――――
「ロゴールはああ見えてバカじゃない」
「どう見えてるのか知らないけど、確かに宮廷召喚士長がバカじゃ困るな」
王宮に戻れなくても、心は王宮ということか。
アリアはいまだに王宮のことが第一だ。
「バカじゃなければ、死体を見ずに暗殺の成功を確信したりはしない」
「そういうものなのか?」
「そういうものだ」
だから、とラキスは話を続ける。
「さっさとこの国を離れないとな」
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