美味しい料理とゴブリン令嬢

 装備の部位をSSS級で全て埋めた。

 これで装備は完璧。さっそく力を試しにダンジョンへ向かおうと一歩踏み出した――その時。



『ぐうううぅぅ……』



 と、地響きのような音が鳴った。



「ローザ、お腹が減っていたのか」

「ち、違いますよぉ! 今のお腹の音はアビスさんでしょ! ひ、人のせいにしないで下さいっ」



 頬を赤くして否定するローザ。

 もちろん、彼女ではない。

 俺のお腹だった。


 だが、その直後には――。



『ぎゅるるるるぅぅぅ……』



 明らかに、ローザのお腹が鳴った。



「ほう、ローザ。お前も腹が減っていたんじゃないか」

「ぐ、ぐぅ! どうして、こんな時に」



 ローザは、顔を真っ赤にしてお腹を押さえる。俺なんてホームレスになってから三日間まともな食事をしていない。道端みちばたに生えている雑草とか怪しいキノコばかり食っていた。

 もちろん、腹なんて満たされない。

 最近はすっかり空腹に慣れていたけど――とはいえ、いよいよ限界を迎えていた。ちゃんとした食事をらないと、いよいよ餓死がししてしまう。



「無限とも言える初回ログインボーナスのおかげで金はある。飯くらい奢るよ」

「ご飯! 行きたいですっ」

「ああ、いいぞ。いろいろ教えて貰ったし、礼はしたい」

「さすがアビスさんです。昔から優しいですっ」



 昔からねえ、記憶にないんだけどね。しかし、それよりも今は飯だ。詳しいことは後々にして、ギルドへ向かう。


「ちょっと、ギルドの受付嬢に聞いてくる」

「え? なにを……です?」

「飯の食べ方。俺、元々は貴族だから、外の世界についてあんまり詳しくないんだよ」

「そうなのですか。というか、外食くらいしたことないのです?」


「ない。ずっと屋敷暮らしだったからなあ。不便のない生活だったし、家にいれば専属のシェフが作ってくれたから」

「納得です。これから、どんどん世間を知ってください。応援しています!」



 世間知らずなのは承知だ。

 だからこそ、今は必死に足掻あがき、生きている。


 俺は最近、お世話になっているギルドの受付嬢グレイス・ハートレイさんに話しかけた。今日も金髪が美しい。



「ご利用ありがとうございます。あら、アビスさん」

「やあ、お姉さん。突然で申し訳ないけど、飯ってどうすれば食べれる?」


「お、お金に困っているのですか? やっぱり、さっきのクエストも食べ物の為に……そんなにボロボロになってまで頑張っているだなんて、お姉さん心がジンジンしました。

 その、アビスさん。良かったら、私の家にご招待しましょうか」



 なんだか憐れみの視線を向けられ、物凄く心配される俺。確かに“インビジブル”装備のせいでボロボロの服装のままだった。いかんな、見た目が変わらないと印象が微妙だぞ。服も買わないとなあ。


 ――いや、それよりお姉さんの家に招待してもらえる? それは是非ぜひともお邪魔したいところ。


 だが、また今度にしよう。

 食べて直ぐに実力を試しに行きたいし。



「大丈夫だよ、お姉さん。おすすめの飲食店を教えてくれ」

「そうですか……少し残念ですが、分かりました。では『ギルド食堂』はいかがでしょうか。ここから徒歩で直ぐですし、たくさんのメニューがあります」


「ギルド食堂か。分かった、行ってみるよ」



 手を振って別れ、ローザを連れてギルド食堂を目指した。



 ▼△▼△▼△



 本日のギルド食堂には、五つメニューがあった。

 日によって変わるようで、今日は――。



①グリンブルスティカレー

【1,000ベル】


 イノシシ系モンスター『グリンブルスティ』の肉を使ったカレー。野菜も高級食材をふんだんに使っているので大回復する。五分間、全ステータス補正 +5。



②ケイオス帝国特製オムライス

【600ベル】


 シャーマンシェフのおすすめ。

 食べると体力を回復。

 五分間、自然回復速度 +30%。



③ドラゴンのからあげ定食

【980ベル】


 ランチ価格。

 期間限定メニュー。

 農地を荒らすタイラントドラゴンの肉。


 体力を中回復。

 十分間、クリティカル率 +10。



④スティックサラダセット

【500ベル】


 辺境の地で採れた新鮮な野菜を使っている。キュウリ、ダイコン、ニンジン、セロリ、ジャガイモのセット。ソースは味噌みそ


 体力を小回復。



⑤半熟卵のペペロンチーノ

【600ベル】


 半熟卵付き。

 シンプルで美味しい。


 体力を小回復。




「おぉ、美味そうなのばかりじゃん」

「どれにするか悩みますね、アビスさん」


 よっぽど腹が減っているのか、ローザはお腹を押さえて落ち着かない様子だった。という俺も、さっさと飯にありつきたかった。



 俺は『グリンブルスティカレー』にして、ローザは『ケイオス帝国特製オムライス』にした。合わせてもたったの1,600ベル! 今となっては安すぎる。



 テーブルにつき、しばらくすると運ばれてきた。



「カレーの良い匂い! しかも、野菜もたっぷり」

「わぁ、アビスさんのカレー凄いですねえ!」



 ローザのオムライスも出てきた。

 黄色くてケチャップ文字があった。



 なになに……『聖剣』……?



 どういう意味なんだか。

 料理人の遊び心なのだろうか。別に危害があるわけじゃないし、ローザも喜んでいた。


「ローザのオムライスもめちゃくちゃ美味そうだな。卵がトロトロしてるし」

「はいっ、こうスプーンですくい上げると――わぁ!」



 なんという見事な半熟。

 絶対、美味いよなあ。


 俺もカレーをいただいた。……うまっ! 口内に広がる絶妙な甘辛なスパイス。野菜が上手く絡み合って、踊り合っていた。まるで舞踏会だ。なんという完璧な融合。


 うまい、うますぎる。


 久しぶりに、まともな料理を口に運び、どんどんスプーンが進んだ。



 気づけば、俺もローザも完食。



「――ふぅ、食った食った」

「アビスさん……これは幸せ過ぎです。ギルド食堂しゅごい……」



 満腹となって恍惚こうこつとなるローザ。その気持ちは分かる。俺なんて今まで雑草と謎キノコだからな、空腹がさらなる最高のスパイスとなって、涙が出そうになった。


 お金を支払い――外へ出た。


 まだ時間はある、腹もふくれてまともに動けるようになった。装備の試し打ちにでも行くかぁ……と、歩き出した時だった。



「あらあら、そこのズタボロの男。もしかして、アビス?」

「ん?」



 振り向くと、そこにはかつての恋人レイラが立っていた。優雅なドレスに身を包み、ゴブリンのような邪悪な目つきで俺を見下す。



「うわぁ~、可哀想に。そんなホームレスのような格好になってしまって……あぁ、そっか。あなたの財産は、私が全て奪ったからね。もうお金も家も、何もかも失っちゃったもんね。あはははは!」



 俺は、ローザを連れて素通りしていく。こんな最低女を相手にするだけ時間の無駄だ。時間は有限なのだ。効率よく使っていかないと、もったいない。



「行くぞ、ローザ」

「で、でもぉ」



 少しおびえるローザの手を俺は引っ張った。すると、レイラがそれに対して何故か憤慨ふんがいした。なぜ怒る?



「ど、どういうことなの、アビス! その銀髪の女の子とどういう関係なの!」

「あ? お前に関係ねぇだろ。俺を捨てたクセに、奪ったくせに……もういいだろ。俺に二度と関わるな! このゴブリン女」


「ゴ、ゴブリン女……ですって!? アビス……お前、ホームレスの分際でよくも私を侮辱ぶじょくしたな。もういいわ、お前のような生意気なガキには、これで分からせてやる」



 指を鳴らすレイラ。

 すると物陰から筋肉ムキムキのゴロツキが六人も現れた。……しまった、囲まれた! 


 ――なんてな。

 昔の俺なら装備もなにもない雑魚だったけど、今は違うのだ。“無限初回ログインボーナス”が俺を最強にした。


 今こそ反撃の時だ。

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