ウチの嫁が創作物(フィクション)より2次元(アニメ)な件

蓮龍

第1話 日常

ガションガション…

ガリガリガリガリ…

ピピピピピピ…

ストレス以外の何者でも無いような騒音に囲まれた職場の一角。

終業20分前。

立ったまま使う製造現場特有の机の上、本日の業務日誌をまとめる私の前で、耳障りな音に負けないよう、意図的に大きな声で話しかけてくる部下の話題に私の心情はどこかくすぐったい。


「で、結構彼女がそこらへんしっかりしてくれてるんで助かるんですよー」


4年目になる部下の清水が、先日同棲を開始した彼女との日常報告、もとい

全開惚気を惜しげもなく振り撒くものだから、アラフォーの私には随分むず痒いというか。

甘酸っぱいまでは言わないが、なんというか…

そう!若者特有の一種の「キラキラ」が直視できない歳になってしまったんだなぁと、どこか寂しくもなる。


「同い年だっけ?高校で付き合ってそれからずっと。式は来年って言ったか?」


「再来年ですねー。コロナが今より落ち着いてくれるのを期待してるってのが建前ですけど、やっぱりしっかりお互いのこと考えたらそれぐらい時間かけた方がいいってなったんで」


20代前半でこんなにも結婚に対しちゃんとした考えを持ってるものか、と感心しつつも、さっきまでピンクオーラを身に纏い、口元緩めて垂れ流してたエピソードはやっぱり年相応か、とも思ってみる。


「いいんじゃない?時間は有限だけど、どんなに使ったって中身が伴わなければ価値なんか無いだろ。必要と思った時間を必要と思ったことに費やす。いいねー、若いねー」


何を言っても皮肉っぽくなるのも歳のせい?

もっとスマートにまとめたいのだけれど、一回り以上違う歳の差と立場上の上司と部下の関係性からか、ここ数年は若い社員とのやりとりもなんだか腫れ物に触るような感覚だ。


「いやいや、そんなこと言いますけど鈴木さん若いですよ!」


「いいよいいよ、フォローしなくて」


「そーゆーんじゃなくて!だってうちの親父が鈴木さんと同い年の時そんなんじゃなかったですから!俺が小学校の時とか」


そんなんてお前…


「ロン毛に顎ひげ、色までついてるし」


「これは若いんじゃなくて若作り。お前らみたいな歳離れた奴らにナメられないように無理してんの。で、たまたまここの会社がそーゆーのに寛容なだけ。お前の親父さんが勤めてるとこは知らないけど、こんな俺なんか行ったら会社の門潜らせてもらえんよきっと」


若作りでナメられないように

若作りで距離を取られないように

そんな建前をスラスラと並べるが、実際のところは全然違う。

小遣い性でやりくりするには散髪代はケチりたい。

小さな頃から天敵だったこの天然パーマは中途半端に切れば収集がつかず、毎日朝のセットが必須となり面倒この上ない。

いっそ刈り上げろと坊主にした高校時代。鏡越しに見えた後頭部の絶壁具合に「頭の形終わってるやん!」と自身の不細工な頭に絶望。

極め付けに、伸びてくるや否やすぐさまウネウネしだすこの髪のせいで、どんだけ小さいコテで巻いたんだよ!ってぐらいに誰がみても「昭和のヤンキー」感が否めない。そりゃあだ名が「パンチ君」になるわけだ…。いや、悪口かあれは…。

だから伸ばす、放置して伸ばす。で、結ぶ。

はい、終わり。

安い!早い!まとまる!

散らからないこの頭は私自身の理を追求した結論なのだ!

あと、髭はまぁアレだな

肌弱いから毎日剃ると痛いから…ってか面倒だし…


「気にしすぎですよ絶対。つーかそもそも見た目怖いからナメたりしないです」


「好きでこんな顔してねーって。てかちゃんと笑うじゃん俺!」


「目が怖いんすよ」


「このパッチリ二重のどこが怖いんよ!」


「うわっ!目、デカっ!ぎゃははは!」


この野郎…。

まぁこんなやり取りができるのは清水とこれまで時間をかけて関係を築いてきたからか。


満足なんて全くしてなくて、一丁前にストレスとプレッシャーを常に背負う中間管理職な立場にいつの間にかなっていたという感覚だ。

職場に全てを求めるほど子供じゃ無い。

社会に理想を抱くほど世間知らずじゃいられない。

どこの世界を覗いても変わらないであろう、ありふれた日常に小さな不満とそこそこの諦めをトッピングすることで私の現実(リアル)は構築されている。

これ以上を求めるものでも無いのかもしれない。そんな風に思えるようになったのは果たして良いことなのか。近頃はそれも考えるのを辞めた。


キーンコーンカーンコーン…


学校のそれと変わらない、終業を告げるチャイムが鳴り響く。

終礼にて部下15人に安全運転での帰宅を促し、最後にPCの引き継ぎ入力を保存してログアウト。

夜勤の監督者のロッカーに付箋でメモを一つ貼り付ければ、本日の業務は終了。

帰り支度を済ませ、派遣社員のブラジル人に陽気に挨拶をして自身の車に乗り込む。

セルを回すと気持ち良く吹けるエンジン音。このまま帰路につき今日も昨日も変わらない、日常がまた終わっていく。

山を下り、川を越え、片道40分のドライブは平日の中で出勤・退勤の2回だけ訪れる1人の時間。

1人がいいとか、1人になりたいとか、そうじゃなくて。結婚してからは特に感じるようになった1人の時間のその価値。

なんというか、仮初の自由を満喫するわけじゃないんだが、この時間は大切にしたいと思うようになった。


自由


結婚した殆どの人間が一番身近にあるのに手が届かないのがこれではないだろうか。


お金は勿論大切だ。

ただ、自由は替えがきかないんだ。


お金がなくても自由な時間があるなら、それでいい。

寝ることだって仕事の一部のような感覚。

好きなように寝れるなら、それだって今の私には喉から手が出るほど欲したいものだ。


五階建ての築20年を越えたマンションという名前のアパートにスルリとハンドルを切り、小さな駐車スペースにバックで侵入。

住み始めて3年、慣れたものだ。


「…ふぅー」


電子タバコの水蒸気を意味ありげにわざと大きく吐き出す。


「もう一仕事、頑張るか」


エンジンを止めて車を降り、小さなエントランスからエレベーターに乗り込んだ。

郵便受けのチェックは当然行った。今日は宅配ピザのチラシが入っているだけだった。


ピピピピ…

簡易的な安いタイプのオートロックに数字入力し

ガチャリ

無駄に重たい玄関を開けるとすぐさま


「あ、パパかえってきたよ!ただいまー!!」


「おかえり、だろ。おかえり。ったく。ただいま」


今年で4歳になる娘の声に少し口元が緩み、ついでソファーからこちらに目をやる嫁にもう一度


「ただいま、遅くなった」


そう告げた。


眼鏡の向こうでぎゅっと細めた目、明らかに一歩も部屋から出ませんでしたって感じの部屋着の嫁がスッと立ち上がり、パタパタとスリッパの音を立ててこちらに早足で向かってくるや否や


「…うー、おかえりー。…疲れたよー」


言いながら抱きついてきた。


「あー、俺汚いから…。うん、お疲れ様ね」


「うん、りゅーたんもお疲れ」


ちゅっ


娘と息子(1才)が視線を送る中、お帰りのチュー


知り合って13年

結婚して7年


うちの嫁さんは初めて出会ったあの時から、ずっと変わらない。

「りゅーたん」なんて、外では決して呼ばないでください!的な相性で呼んでくる嫁さん。

スリスリと手を触っているから、多分手を繋ぎたいのだろう。手を握ってソファーに促し座らせる。


「手、洗ってくるから」


「うん、早く行って。くさい」


甘々からの手のひら返し。ツンデレのテンプレかよ。


「髪も湿ってるなぁ、やっぱり蒸れるわ」


「エアコンつけてあるからすぐ乾くと思うよ」


「あー、まぁすぐ風呂だしいいか」


「お風呂までに乾くよ、脱臭にしてあるし!」


…脱臭?


「…だっしゅ?え、なんて?」


手を洗い終えて聞き返すと、一人で「あれ?あれ?」みたいな感じで笑い出した嫁。


「あは、あは!脱臭じゃない!脱水!!…あれ!?」


あ、ダメだ、これツボに入ってる。

自分で言いながら過呼吸みたいにヒーヒー笑いだした。


「まって!出るから!言えるから!脱はあってるよね!?」


いや、知らんがな。

でも、エアコンの件と「乾く」というワードで、私にはもう検討はついてる。いや、解答だもう。


「…あ、うん。ちゃんと着いてるよ。…除湿」


エアコンのリモコンを持って、そう言いながら嫁の方を向くと


「違うの!分かってたの!もう正解だよ、ねぇ!」


と、過呼吸が加速していく。

涙を浮かべながらヒーヒー笑って、とりあえず治るまで黙っていると


「…また嫁が言い間違いしたって、会社でネタにするんだろ」


っと、ジッと睨んできた。


「しないよ、てかこの手の話は会社でしつくしたから新鮮味がない」


言いながらニヤッと笑って嫁の頭を撫でてみる。


「むー!!絶対言うなよ!…もうやだぁ!」


と、両手で顔を隠す嫁。

言わないさ、会社のやつには言うもんか。約束だ。



だからまぁ


ここで晒しておくことにするよ。



帰宅してものの数分でこの有様。

ざっと見てもツンデレおバカドジっ子幼馴染だと?属性のハッピーセットでもこんなについてこないだろう。軽くこれだけの属性を瞬時に出してくるなんて。


なぁ嫁よ


お前は本当に3次元なのか?!



仕事が終わってももう一仕事。

嫁の相手は大変なのです。

あー、しんどい、大変。




好きだわぁ

いないわぁ他にこんな奴


こんな毎日が当たり前な我が家で、幸せ疲労が増大していく。


「またバカだなぁって思ったでしょ!」


「うん、めっちゃ思ってる。こんなやつの相手ができるのは俺だけだなぁって思ってる」


「ばかぁ!!」



かく言う私も「大概」なんです。


仕事が終わると始まる「生活」と言う名のある種の非日常。

登場人物はクセしかなくて、案外私もノリノリで。


手に入るわけがない、自由なんて。それこそ漫画やアニメじゃないんだから。そうそう望みなんか叶うわけない。でも仕方ない、どーしようもない。

こんな日々は2次元よりアニメしてる。ぶっとんだヒロインを受け止めれるの私だけ。


我が家に帰れば始まる異次元生活


ウチの嫁が創作物(フィクション)より2次元(アニメ)な件


主役の座は私以外には務まらないのだから。




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