第8話 辰巳3

 悠くんから来たメールは東玉とうぎょく大学に監禁されているというという内容だった。彼が現在通っている大学だ。当然、私も捜索の為足を運んでいた場所だった。


 私が見つけられなかっただけなのか、私が訪ねた後に大学へ移されたのか……。



 鷹鳥刑事の車で大学へと近づいた所でパトカーが列を成して止まっているのに気付いた。既に捜索の段取りはできているようだった。


 車を降りて入口に到着すると数人の警官が待機していた。鷹鳥刑事が指示を出すと、彼らはその場を離れていく。


「辰巳さん。彼らが悠さんを捜索しますから、あなたは私と共に学生課で待機していて下さい。この学校の関係者には話をつけてあります」

「……やっぱり私も捜索に加わります。これじゃあただ付いて来ただけじゃないですか」


 自分だけが安全な場所にいるなんて納得できない。私は悠くんを助ける為に来たというのに。


 鷹鳥刑事が渋い顔をする。


「あなたをここに連れてくる時約束しましたよね? 私の指示に従うと」

「待機させるなんて一言も言っていなかったじゃないですか」


「わかっていると思いますが、犯人が潜伏している可能性が高い。あなたが来たことで"私も"待機することになっているんです。本来であればこの場にあなたを連れてくるだけでも異例なんですよ。その意味をよく考えて下さい」

 鷹鳥刑事が語気を強めた。穏やかな彼の姿を見ている分面食らってしまう。


 彼と出会って数日、確かに私はわがまま過ぎたかもしれない。先日の車での提案も彼なりの気遣いからだ。あの後、彼は各所に根回ししてくれたに違いない。それに、ここで彼を怒らせてしまうことで私の目的が果たせなくなるのも困る。


「すみませんでした。焦ってしまって……」


「気持ちは分かりますが、あなたの安全の為にも落ち着いて下さいね」

 鷹鳥刑事は普段の口調に戻っていた。


 彼に連れられ学生課に入ると、女性職員が対応してくれた。私は打ち合わせ用テーブルに通され、鷹鳥刑事に呼ばれるまで待機するよう指示された。




 学生課に入った後の鷹鳥刑事は忙しそうにしていた。彼に何度も連絡が入り、その都度指示を出していく。彼は想像していたより上の役職なのかも知れない。


 その様子を遠くから見ていると、先程対応してくれた女性が声をかけて来た。彼女は藤原と名乗った。三十代半ばと言ったところだろうか? 見た目は若く見えるが、そのテキパキとした仕事ぶりから中堅ほどの役職だと思われた。


「ご家族の方ですか? 警察関係の方ではないですよね」

「私は新川悠の友人です。無理を言って同行させて貰いました」


 藤原さんは何かを察した様子で声のトーンを落とした。


「あんなに良い子なのに、こんなことになるなんて……無事に見つかるといいですね」

「新川悠のことを知っているんですか?」


 知っているとは我ながら変な質問だと思う。学生課に所属している彼女が、この大学の学生を知らない筈がない。


 私が知りたいのは学生である新川悠の人となりだ。それをこの人が知っているのなら聞きたいと思った。


 質問の仕方が悪かったにも関わらず、藤原さんは上手く私の意図を汲み取ってくれた。


「えぇ。手続きの為に何度か顔を合わせるうちに彼の相談を受けるようになりました。主に進路についてですが……。まだ就活まで時間があるのに企業について熱心に調べていましたね。アルバイトも頑張っていましたし。私はもっと学生生活を楽しめばいいのにと思っていましたが」


「サークル活動はしていなかったんですか?」


「所属していませんでしたね。というよりも、極端に知り合いが少なかった印象でした。必要最低限というか。最初は人付き合いが苦手な子なのかと思いましたけど、話してみると、とても人当たりの良い子だったから不思議だったんです」


 大学にいても人を遠ざけていた……か。


 藤原さんはその後も私に付き合いながら、度々警官とやりとりしていた。私はそんな様子を見ていることしかできなかった。




 それから一時間ほど経った後、鷹鳥刑事がやってきて現状を説明してくれた。


「だめですね。大学内を隈無く捜索していますが、監禁されていたという痕跡すらありません」

「ここから少し離れた場所に球技用グラウンドがあります。そちらは調べましたか?」


 藤原さんの質問に鷹鳥刑事が答えようとした時、声をかけられた。


「お取り込み中すみません」


 藤原さんの同僚らしき男性職員が話に割って入り、封筒を渡す。


「主任宛に封筒が届いていました」

「私に? 後にしてくれないかしら」

「いえ、差し出し人も無く、切手も貼っていない封筒だったので事件に関係があるかと……」


 藤原さんは怪訝そうな顔をすると、恐る恐る封筒を開けた。


 彼女が中に入っていた手紙を読むと、徐々にその表情が曇っていく。そして、ひとしきり目を通した彼女は私達に手紙と封筒を差し出してきた。


 ゆっくりと手紙を開く。ざっと文章全体を見渡すが、誰が書いた物なのかは全く記されていない。心臓の鼓動が早くなっていく。次はその内容に意識を向ける。そこには東玉大学に新川悠はいないこと、辰巳ひなたが訪ねて来た際に同封したメモと学生証を渡すようにと書かれていた。



 封筒から中身を取り出す。手紙に書いてあったメモと学生証だ。


 メモには数字が書かれており、どうやら電話番号だと思われた。


 次に学生証を見る。


 名前は新川悠となっていた。やはり悠くんの学生証だ。しかし、写真を見た瞬間、息が止まった。


「藤原さん。あなたの知っている新川悠はこの写真の男性ですか?」


 自分でも声が震えているのがわかった。恐怖なのか、怒りなのか自分でも判別できない感情が私の中をかき乱した。


「彼の写真じゃないですか」

藤原さんはきょとんとした顔をして言う。


「確かに間違いないですか? 同姓同名の学生がいる可能性はないですか?」


「いいえ。うちの大学に新川悠は一人だけです。それに、登録住所もそちらの刑事さんに確認頂いています」

彼女は不思議そうに鷹鳥刑事に目を向けた。


「ええ。私も確認済です。この大学にいる新川悠はただ一人、被害者の彼だけです」

鷹鳥刑事も捕捉する。二人とも何を言っているのか分からないという顔をしている。



「この人は、私の知っている新川悠ではありません!」



 声が裏返りながらも、なんとか自分の意思を伝える。


 私は長い間、彼と直接会っていない。でも、彼の顔は確かに記憶している。


 青年期に移る時体格は成長するだろう。だけどこれほどまでに人の顔が変わるなんて考えられない。それに、なんだか引っかかる。この人物をどこかで見たことがあるような……。


 私は二人を直視できず目を逸らす。視線のその先には先程のメモがあった。数字の羅列。電話番号。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る