第16話
再びダンジョンへと戻ってきた二人は、地下五階、ボスの部屋と繫がる扉の前に辿り着いた。
「ついに着いたぜ……」
「ほれ、最後のポーションだ」
「助かるぜ。でもいいのかよ? ボス戦中に使う分がなくなるぞ? とっておいた方がいいんじゃねぇのか?」
「お前にボスの攻撃を冷静に対処しながら的確に道具を使うだけの頭の回転と器用さがあればな」
ポーションを使用。道中で負った傷を癒し、疲労回復。万全……とはいいがたいものの、今できる最善の状態で、二人は扉を開けた。
重い扉の先は、やけに整備された空間だった。
ドーム状に石壁が囲み、壁付近には岩が規則的に並んで一周している。
中央は障害物が一切無い空間になっており、まるで闘技場のようだ。
その中央に、一体の魔物の姿があった。
体躯は二メートルを超えるほど、鎧やこん棒も金属製、大きめのサーベルも握っている二刀流。少しだけ豪華な装備のゴブリンがいた。
このダンジョンのボス。名前そのまま、ボスゴブリンだ。
「グギャアアアアォ!」
「うおぉっ!? すっげぇ迫力だな」
「しっかりやれよ」
戦闘が開始される。
田中は近づこうとするも、リーチの長い剣とこん棒による攻撃によって容易に近づけずにいた。
「グアアッ!」
「うおっ! 危ねぇ!」
重く、長い得物を片手で、しかも同時に扱い切れる筈もなく、一撃一撃の動きや隙は非常に大きいが、破壊力は抜群。もしまともに攻撃を受けてしまったら一瞬であの世に旅立ってしまうだろう。
そのせいか、田中は避けることだけに集中してしまい、幾度も攻め入るチャンスを逃していた。
「何やってんだよあいつ。まぁいい、それならこっちの仕事をするだけだ」
ジリジリと壁に追い詰めれれていく田中。そんな中、中田は岩影に隠れながらチャンスを待つ。
田中が後退するのも限界だ。両手の得物を重そうに引きずりながら、ゆっくりとボスゴブリンが迫る。
「田中、次の攻撃後、大周りで背後を取れ」
巨大なこん棒が振り上げられる。田中は駆け出し、外周を回ってボスゴブリンの背中に周った。ようやく振り下ろされるこん棒。当然そこに田中の姿はなく、土砂と土煙を巻き起こしながらめり込む。
「そらっ!」
振り向いた隙に中田はガソリンモドキを投げつける。
パリンッ! という破砕音と共に瓶が割れ、中身がボスゴブリンの身体にかかる。
「おりゃ!」
中田の投げたガソリンモドキに気を取られている隙に、田中も投げつける。前も後ろも、ボスゴブリンはガソリンまみれだ。
ボスゴブリンがサーベルを振るう。少し怒っているか?
横薙ぎで振るわれたそれはゴウゥ! という風切り音を鳴らして田中の目の前を横切った。咄嗟のバックステップで後退していなければ、今頃真っ二つになっていた事だろう。
「よし、ここだ」
中田は松明に火を灯し、地面に伸びたガソリンモドキに点火。
炎はガソリンモドキを伝い、ボスゴブリンへと到達。その身体を侵食するかの如く炎が呑み込んだ。
「グギャァアアアアア!」
「よっしゃ! そのまま燃え尽きちまえ!」
「そう簡単にはいかない。ボスゴブリンが力尽きるより、先に炎が消滅しちまう。第一、それまでに俺もお前も煙で死ぬぞ」
「マジかよ!? ならどうすんだよ!?」
「外からだけじゃなく、身体の内側からも燃やすんだよ。さっさとその剣でボスの身体掻っ捌いてきなさい」
「はぁ!? 危ねぇだろこんなに燃えてるのに!」
「その為のそのペンダントでしょーが! いいから突っ込め! 炎の中に!」
田中は仕方なく、最後のガソリンモドキを剣にかけ、剣を炎に近づける。
剣身が炎を帯びる。熱さはさほど感じず、ほんのり暖かいといった感覚だった。
燃え盛る炎が少し触れた。
「熱っ! ……ん? 熱いっちゃ熱いが平気だな。熱めに沸かした風呂みたいな感じだ」
炎の中に入ってみるが、髪や衣服も燃えず、火傷もしない。ネックレスの効果は絶大だった。
「早くしろ! いつまで経っても終わらないだろ!」
「うるせぇ! わかってんよ!」
炎の中を突っ切り、悶え苦しむボスゴブリンへ炎を纏った剣を突き立てる。
「うおおぉぉぉぉ!」
「ギャアァァァ!」
切っ先が緑色の皮膚を破り、燃え盛る剣身が体内へ深々と侵入。抜いて更に突き刺す。
次々と身体に穴が空いていき、外から内から炎がボスゴブリンを襲う。
痛みと熱さで碌に反撃もできないまま、十数分が経過し、遂にボスゴブリンは消滅した。
閉じられた二つ扉が開き、一際大きな魔石が地面に落ちる。
「はぁ……終わったーっ!」
「随分時間が掛かったな」
「おいっ! 労いの言葉の一つもねぇのかよ!」
魔石を回収し、扉の奥へと進む。そこには何らかの儀式に使う様な台座と、それを囲うように四本の柱があった。
「何だこれ?」
「転送装置らしい。これに乗れば、ダンジョンの入り口へ一瞬で戻れるんだとさ」
「おぉ、それは便利だな」
「こういうところをゲームっぽくするならもっと色々融通が利くようにしてほしかったが……」
文句を言いつつも、台座へと乗る。
すると台座と柱が光だし、強い光に包まれて二人はダンジョンの入り口へと帰還していた。
翌日
「何だよその恰好」
「魔術師だよ魔術師」
ボスの魔石を始め、全ての魔石を売り払った中田は、ローブとワンドを購入した。
流石に自分も戦えないようにならなくてはこの先厳しいと感じていたようだ。
「でもお前魔術なんて使えるのかよ?」
「これから覚える。ウーノのパーティにいた魔術師のテトラに教わる予定だ。言語のついでにな」
「はぁー、熱心だな」
「お前もだぞ。お前には剣術や体術を学んでスキルを習得してもらう」
「何だよスキルって。ゲームやラノベみたいに簡単に取れるのか?」
「現実で資格を取るようなもんだ。ウーノが教えてくれる。言葉がわからないなりに、見て身体で覚えて来い。教わるのだってタダじゃないんだ」
「かーっ! なんかもっと簡単に覚えられねぇのかよ? 言葉もスキルもさ」
「無理だろ。勉強しろ。努力しろ」
「あ~普通ならチートもらってヒロイン侍らせてる頃なのによー! そんなもんねぇし隣にいるのはこいつだし!」
「嘆いていてもしょうがないでしょーが。ほら、行くぞ」
こうして、二人の異世界での生活は始まったのでした。
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