第8キャラバンの錬金術師 ~自作のアイテムで行商しながら男女と一匹で気まぐれ旅行~

日野いるか

第1話 そうだ、傷心旅行しよう。

 VRゲームが世に出て20年。

 

 20年も経てば、ゲームのほとんどはVR空間を利用したものが主流になり、今や若い世代では、VRゲームしか触れたことがない人も数多く存在するようになった。

 今年度、大学2年生になった俺もその一人である。


 俺の名は海原拓実かいばらたくみ。最近20歳を迎えた大学2年生だ。

 これといって特徴的な人生を送ってきたわけではない……と思う。強いて特徴的な点を挙げてみるとすれば、ゲームやアニメを愛好するオタクだったってことくらいか。


 とはいえ、一昔前みたいにオタクだからってぼっちになったり、いじめられたりするってことはない。ちゃんと身なりを整えて、適度な会話を心がけていれば、普通に輪の中に入れてくれる。クラスの人気者と関わる人の中にもオタク趣味の人がいるくらいだから、世の中も変わったんだろう。だから、友人関係にも困ることなくここまでやってくることが出来た。


 そんな刺激のない普通の人生を送ってきたからだろうか。今日の出来事は本当に辛かった。サークルも学部も同じ友人である日室ひむろが俺の彼女である鈴葉すずはを寝取っていることが判明したのだ。たまたま居酒屋で席を外したあと、忘れ物に気付いて取りに戻った際に偶然聞いてしまったのである。


 向こうも俺がいることに気付いて、バツが悪そうな顔をしていた。愕然とした俺はその場で日室と鈴葉を問い詰めたが、彼女の「ごめん、私やっぱり日室君の方が好きなの」という一言で、全てを悟ってしまった。ああ、俺の彼女はもう日室の物になったのだ、と。


 それを聞いた瞬間、俺の頭の中は激しい怒りと悲しみに支配されて、周りに人がいるのも忘れて「なんで」「どうして」「ひどい」と泣きながら叫んだ。


 結局我に返って恥ずかしくなった俺はそそくさと代金を置いて店を飛び出すと、そのまま家に帰ってきた。一人だけになると感情を抑えるのが難しくなって布団にくるまって思い切り泣いた。


 そして、ひとしきり泣いた俺は、違う大学に進学した幼馴染の古渡駿こわたりしゅんに電話して、今日の出来事を聞いてもらった。人に話すと頭の中が整理できて落ち着くっていうのは本当みたいで、駿に話を聞いてもらっているうちにだんだんと冷静になることができた。


「そっか~。話聞いている分にはうまくいっていると思ったんだけどなぁ」

「俺の何が悪かったんだ? 正直全然わからん」

「別に何かが悪かったってわけでもないかもしれんぞ? 女心ってのは移り替わりやすいっていうしな。単純に好みが変わっただけかもしれんし、その日室ってやつが元々の好みにより合っていただけかもしれん。ほら、アイドルファンでも好みがコロコロ変わる奴とかいるだろ?」

「そういうものか?」

「そういう女もいるって話だ。それに、単純に刺激を求めていただけかもしれん。さすがに半年以上も付き合っていたら誰だって刺激不足になるからな。それで浮気っていう刺激的な行為に走っただけかもしれんぞ」

「確かにそうかもしれないな……」

 

 そう考えると、付き合う相手が悪かったってことなのだろうか?

 しかし、まだ彼女への恋心を捨てきれない自分がいる。自分はこんなに好きだというのに、鈴葉の方は冷めきっていたっていうのか……ああ、いかん。目から汗が。


「まぁ、落ち込むのは分かるけどな。元気だせって。」

「そういわれてもなぁ。だって日室は1年の時から付き合っている親友だったんだぞ? まさかあいつに裏切られるなんて思いもしなかった。そのうえ失恋までしたら、さすがにしばらく元気出せそうにないよ」

「そうか……」


 俺はスマホを耳に当てながら、天井を仰いだ。こんなに胸が苦しいのは初めてかもしれない。まるで心臓がなくなって胸に穴がぽっかり空いたみたいだった。これが虚無感ってやつか……。何をすればこの空虚な心を埋められるだろう?


 俺はこの心を埋めてくれる何かを求めて部屋を見回した。すると一つの本に意識が向いた。その本はヨーロッパの伝統的な街や自然の風景写真を集めた本で、前に家族で旅行に行った際にお土産として購入したものだった。


「なぁ。俺、旅行に行ってみたいかも」

「いきなりどうした? 旅行?」

「そうそう。傷心旅行みたいな感じでさ。できればヨーロッパに行ってみたいけど、金の問題がなぁ」

「そういう話か……だったら、こういうのはどうだ?」


  そういって駿がスマホにリンクを送ってくる。タップしてみると、何かのサイトが表示される。これは……ゲームのホームページか?


「これは?」

「今俺がやってるMMORPG。めっちゃ有名だから聞いたことくらいあるんじゃないか?『天空の城メタトロン』っていうんだけど」

「ああ、なんか広告とかでよく見かけるな」

「このゲームなんだけど、グラフィックがとにかく綺麗でさ。現実とほとんど変わらないんじゃないかって思うくらいによくできているんだ。街並みもヨーロッパみたいだし、拓実が傷心旅行の気分を味わいたいっていうなら、ちょっとプレイしてみないか?」

「うーん……」


 大学生活というのは本当に暇が多い。真面目な奴だとそういう時間に勉強したりしているらしいが、俺みたいなちゃらんぽらんな奴はサークルの友達と遊んでいる。そして、日室がいる以上サークルには出席しづらいし、そうなってくると暇を潰す方法がないのだ。

 かといって、2回生が始まってしばらく経った今からサークルを変えるというのも結構厳しいものがある。友達関係が固まってきた8月に加入しても、友達関係が固定されている以上、友達作りは難航するだろう。

 

 結局しばらく暇である以上、この誘いは魅力的だった。大学生の貴重な時間にゲームをして過ごすということに抵抗を覚える気持ちはあるものの、まあ、友達付き合いで遊び歩いていた俺にとってはあまり大したことではないだろう。それに今は日室がトラウマすぎてリアルの友人付き合いとかやりたくない。


「どうせ暇だし、やってみようかな」

「お、いつからやる?」

「明日は1日開いているから昼間にソフトを買ってくるよ」

「おっけー。そんじゃ、俺は17時にログインするから、その時に色々教えるわ」

「助かる」


 その後、少しだけ話をしてから電話を切り、眠りについた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る