厄災令嬢は処刑され、僥倖侍女の嫁になる。
あむあむ
第一章
第1話 不幸とは、幸福だった。
人は皆、神の祝福を受け、この世に生まれ落ちると言う。
ならば私は神の呪いを受けたのだろう。
アージュ家の三女、ルナ・アルス・アージュとして生まれた瞬間から周囲には不幸が訪れた。
領地では疫病が流行し人が死に、天災により地は荒れる。
愛らしい動物は私を避け、恐ろしい魔物は襲いかかってくる。
次第に街では「厄災令嬢」と畏怖されるようになり、最初は庇ってくれていた家族も「忌子」と呼び私を幽閉した。
優しい人は言うだろう、偶然が重なっただけだと。
けれど、自分が一番理解していた。原因が自分にあるって。
愛すれば、愛するほど不幸の沼へ引き摺り込む力があるって。
だから私は城の地下室で、声を殺して生きると誓ったのだ。
しかし、状況が好転することはなかった。
街で起こるありとあらゆる不幸が私のせいにされ、暴動が発生。
アージュ家の城に火を投げ込む者まで現れ始める始末に発展してしまう。
この事態を収めるためにはどうすればいいと思う?
そんなの、一つしかないじゃない──
「これより、ルナ・アルス・アージュの処刑を開始する」
街の中央広場で、私が幼い頃から知ってる熟年の憲兵が声高らかに宣言した。
貴族とは思えないボロボロの布を着せられ、ギロチンに拘束され、街の中央広場で見せしめとして処刑される。
私は家族に殺されようとしているのだ。
「そいつをさっさと殺せ!」
「面も見たくねぇ」
「これ以上、私達に不幸を撒き散らかさないで!」
民衆は石を投げ、罵詈雑言を浴びせてくる。最低の死に様だ。
けど、これでようやくと私は幸せになれる。
死ぬ事で誰も不幸にならず、この世界から離れ、魂は解放されるのだ。
なんて幸せなことだろうか。最初から、こうしておけばよかったんだ……痛ッ。
「うくッ……」
大きめの石が額に打つかり血が流れ、視界を赤く染める。
沸き立つ民衆、私の傷と死が彼ら彼女らの幸せ。
神への祈りも告げられず、処刑の準備は淡々と進んでいった。
頭の上には鋭利な刃が一本の縄で結ばれており、目の前には長女クラリスが剣を構えている。
「ようやく、アンタを殺せる時がきたわね。どれだけ家族に迷惑を掛けたか、死んでも覚えてなさいよ」
憎悪と殺意の眼光で睨みつけられ、私は笑顔を返した。こんな真っ直ぐお姉ちゃんに見てもらったのは初めてだったから。
「ッ……気味の悪い子。二度と見たくないわ」
安心して欲しい。これが最後だから。
死体はきっと、動物の……いや、魔族の餌にでもされるのだろう。
これだけ人の憎しみを浴びたのだ、跡形も残す筈ないもんね。
天も私の死を祝福するかの如く、一変して暗黒に包まれ肌を刺すような大雨が降り注ぐ。
「さよなら、厄災令嬢」
振り上げられた剣。命を繋ぐ一本の縄。
躊躇いなく剣先は振り下ろされ、銀色の刃が私の首目掛けて落下した。
あぁ、ありがとう。私は初めて、幸せを手に入れる事が出来た。
「幸福だわ……」
最後の言葉は激しい雨音で掻き消される。
刹那、視界は真っ白に染まった。
──爆音と共に。
☆☆☆
「……ッ、あれ?」
目が開く、口が動く。
私は死んだ筈だ、ギロチンに首を刎ねられ絶命した筈だ。首は……繋がっている。
身体を包むふかふかの毛布、頭に当てられた少し濡れたタオル。
明らかに誰かが私を介抱してくれている。
まさか、あの状況から誰かが助けたの?
「……そもそも、ここはど──ッぅ!? ぃッ!」
起き上がり周りを見渡そうとした瞬間、全身に激痛が走り思わず声を上げてしまう。
すると、奥の方から聞き覚えのある声が返ってきた。
「あ、目が覚めましたか!? よかったぁー!」
空のように蒼く、大きな瞳。腰まで伸びた艶やかな金髪と白い肌。
太陽のように明るい声色で、唸る私の顔を覗くのは……えっと。
「そ、ソレイユ・レ・テンタクルさん……だったかしら?」
「はい! 名前を覚えて貰えてるなんて、ソル感激です!」
最近、私の世話番を任せられた新人の侍女。世話というか、地下室へ食事を持ってくるだけなのだけど、彼女の事は印象に残っていた。
他の侍女は私を恐れ、逃げるように食事を渡すけど、彼女はベラベラと私に話しかけてきたから。
もっとも、返事をしたことは一度もない。はじめての会話だ。
「貴女が私を?」
「いやぁーお声も美しい! やっとお話してくれましたね、んんッ」
「……人の質問に答えなさい」
「おっと、失礼しました。そうです、このソルが落雷によりギロチンが壊れ、パニックになった隙を突いてルナ様を救出致しました!」
そうか、あの白い光は落雷によるもの……つまり、私は死にきれなかったのか。
「大変でしたよぉ。気絶したルナ様を抱えて、民衆と憲兵を撒くのは〜」
「……そもそも、ここはどこ?」
「街から少し離れた森にある木屋です。狩人の中継場所、ですね」
「そう……余計なことをしてくれたわね……ッぅ……」
「る、ルナ様!?」
ベッドから足を下ろし立ち上がろうとするも、激痛でその場で倒れそうになった。
ソレイユはそんな私の身体を抱き抱え、狼狽する。
「ままま、まだ動けませんよ!? 落雷直撃ではないにしろ、身体のダメージは大きいんですからね!?」
「ッ……離しなさい、ソレイユ。私は行かなければならないの」
「行く!? 行くって何処へですか!?」
「街へ、皆の為に……私は、死ななければならない」
「どうして!?」
「私は厄災令嬢、死ぬことでしか幸せを与えられぬ女だからよ。不幸だわ、死ねなかったなんて」
落雷で死ねなかった? 助かった?
違う、神は私を幸福にすることを拒んだのだ。
せっかく、後少しで始めて幸せを感じることができたのに。
ソレイユは止めるだろう、でも地面を這ってでも向かってやる。
それしか私ができるこ──へ? 痛ッ、痛たたた!?
「馬鹿な事言わないで下さい! ルナ様!」
「あ゛ッ、ぢょッ──痛゛ッ!? ま、待ちなさいッ、待って……ぁああ!!」
身体を地面に寝かせ、流れるように関節技をキメられる。普通に動くのだけでも痛いのに、更に痛めつけられた。
なんだこの侍女、一体何を考えているの!?
「あ、貴女ッ、貴族のひ弱な身体に……へ、か、関節技なんてぇ!」
「田舎育ちなもので、接近戦は得意なんですよ。よし、いっちょ上がりぃ!」
「ひゃッ!? ぅ、ぅぅ……」
ソレイユは私が抵抗できないほど痛めつけると、元いたベッドに放り投げた。雑だ。
「これでもう、逃げられないでしょ」
「はぁ、はぁ……」
確かに、腕も足も痺れて動かせそうにない。というか、私を助けたのではないのか、この女は。なら何故、痛めつける必要がある。
考えられるのは、人質か。私の身柄を脅しに使いアージュ家に金を要求するとか。
どうもソレイユの頭はあまり良くなさそうだし、新人ということもあって私の価値の無さに気が付いていないのかもしれない。
なら、ちゃんと教えよう。そうすれば、すぐに解放するはずだ。
「ソレイユ……貴女、私をどうする気? 何が目的なの……? 人質にしようって魂胆なら無駄よ。私なんて疫病神以外の何者でもな──」
「身体目当てです!!」
「そう、なら話は早いわ。無駄なことは辞めて捨てるなり殺すなり好きに……ぇ?」
唯一動く頭を左に向けると、腕を組み鼻息を荒くするソレイユがそこにいた。
「ぇ、待って、今『身体目当て』って言ったの……?」
「そうですとも! ソルはダウナー系が大好きなのですから!」
「は? ちょ、ちょっと頭がこんがらがっちゃったから……す、少し整理しましょう」
「それに、パイオツでけー女も好きです! 枯れ木のように痩せ細り、病的なまでに白い肌! 全てを飲み込む黒い髪と瞳ィ! あぁ、いいね……この昂り、抑えられない!」
「聞いてない、聞いてないから」
自分の世界に入り込み、早口で語り始めたソレイユ。まるで劣情の擬人化だ。
「だから、今日からルナ様は私の嫁になるのですよ」
「嫁ですって!? 実は貴方は男性だったということ……?」
「チッチッチー、愛に性別など関係ありませーん!」
「え、でも、ってことは……?」
「ってことはぁ〜?」
……ってことは?
「私と……厄災令嬢を嫁にしたくて、命の危険を冒してまで私を救った……ってことなの?」
「その通りでーす! むしろ、侍女に就職したのも、ルナ様とラッキースケベする為です!」
「……本物の馬鹿なのね……」
何を考えているのか全く理解できない。
けど、その真っ直ぐで熱い瞳から嘘を感じることはなかった。
本気で、その馬鹿の為に、私をギロチンから救出したのだろう。
思わずため息が漏れてしまうわ。
「あのね、貴女の目的は一応分かったわ……けれど、理解できていないのね」
「ん、理解ですか?」
「そう、私が何故、皆から恐れられているか。私の周りには不幸が襲う、誰も幸せになることはなく、無限の苦しみを味わうことになるのよ?」
「…………」
「勿論、自分も例外じゃないわ。不幸な事故、唐突な落雷……せっかく死ねると思ったのに、そんな願いすら神は許してくれないの」
ソレイユは黙り込み、俯いた。
やっと彼女の頭でも理解できたらしい。
「分かってくれたみたいね。なら、私を街に連れて行ってくれない? 貴女のせいで、動けないから……安心して、誰も貴女を責めたりしないわ。むしろ讃えられるはずよ。だって、私をこんなにも痛めつけたのだから」
「……」
「私も、貴女の事は恨んでない。どうせ死ぬ身体だもの、何されたって構わないわ」
「──ッ!」
「寧ろ感謝しているの。人に憎しみ以外の感情をぶつけられるの久しぶりだったから。でも、私に好意を向けるのはやめておきなさい。貴女も不幸にはなりたくないでしょ?」
「……ルナ様は、世界の理を理解されていないのですね」
「理?」
「今、『何されたって構わない』……そう、いいましたよね?」
「言ったけど……わッ!?」
ガバッ。ソレイユは私に覆い被さるようにベッドへ手を付けた。陰で隠れ、暗くなった顔に若干の恐怖を覚える。
「そ、ソレイユ……?」
「世界に存在する幸福と不幸の天秤は、どちらか一方に偏ることなど、決してありません。バランスが崩れれば、必ず世界は崩壊するからです。この意味がわかりますか?」
言わんとしていることは理解できる。
だが、現に私は不幸の中心地にいるのだ。
そんな綺麗事で済ませれる事象ではない。
「誰かが幸せな時は、誰かが不幸な時、貴女はそう言いたいのでしょう?」
「はぁ、もっと分かりやすく言いましょうか……ルナ様は『死ねず不幸だ』と言った、けれどソルは『生きていて幸福だ』と言いましょう」
「……私の不幸は貴女の幸福だと?」
「ソルさえいれば、ルナ様は厄災令嬢ではなくなるのです。では、もーーーっと分かりやすく言いましょう」
「もっと……? ──っ、まさか貴女!?」
ソレイユは瞳を瞑った。
その行為は、これから起こりうることを容易に想像させる。
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