9話 槍兵の急襲

響く轟音に、あたりに走る衝撃波は私の視界をゆがませ、同時に飛び散る火花が光り輝く部屋をさらに明るく輝かせる。


「ふむ……止めるか。小生の槍を止めるとはなかなかの御仁」


「転生者!?」


どこに潜んでいたのかまったく私には認知することはできず、突然現れた男に私は声を上げる。


槍を手に持った全身を龍の鱗のような鎧で包んだ男は、楽し気に笑い口元を吊り上げる。


「新しく召喚された転生者か? 貴様は」


余裕の表情のまま問いかけるナイトさん、しかし槍使いは首を振ることで否定する。


「否、新参者ではない。小生はさるお方の命でこの遺跡に参った。名を蜻蛉切と申す」


そうこの世界では聞いたことのないような特殊な名を名乗る。


「遺跡の調査? 私たち以外にいったい誰が……」


私はふと、そう転生者に対し疑問をぶつけるも。


「これから死ぬものにその答えは不要であろう?」


返答の代わりに放たれる尋常ではない殺気と同時に、目前より槍兵が消える。


「ひっ……」


「先ずは一匹!」


聞こえた音は真横からであり、視線だけを動かすと、そこにはいつの間に横に現れたのか、槍兵のまるで針葉樹の


葉のような形状の槍の穂先が迫る。


死んだ……。


体は動かず、目線で追えただけでも頑張ったほうだと思いたい……まさに神速の一撃に、私は本日二度目の死を再度覚悟する。


だが。


「淑女を先に狙うとは、恥知らずな槍使いがいたもんだ」


その一撃でさえも間に割って入ったナイトさんの大楯により防がれ、またも迷宮内を振動させる。


「ほう、完全に不意を突いたのだがな、これも止めるか」


驚いたような表情でナイトさんを見る槍兵。


「この程度ならいくらでもな」


「ほざいたな」


ナイトさんの挑発に、転生者は後ろに飛び、間合いを開けた。


激高して槍を振るわず間合いをあけたところから、戦い慣れをしているのは明らかだ。


「どうするマスター、あちらはやる気満々のようだが」


「どうするって……」


動きを見ればわかる。


この転生者は先ほど私を追い回していた転生者よりもはるかに強い。


ナイトさんもそのことを理解しているのだろう、盾を構えて殺気をたぎらせる。


だがその表情はいたって冷静であり、口元に浮かぶ微笑には余裕すら見て取れる。


「……勝てるの?」


なぜそんなことを聞いたのかはわからない。


ここで彼が勝てると答えたとしても、そんなの一かけらの保証にもならないというのに。


しかし。


「……それがお前の理想なら」


もはや負けるなどと想像すらしていない、傲慢な笑み。


その姿に、私は自分が馬鹿らしくなる。


どうせ彼が負ければ私は死ぬのだ。おびえていたってしょうがないじゃないか。


「わかりましたナイトさん……私を守りなさい!」


「イエス・マイマスター!!」


怒声をあげるナイトさん。


それを合図に、転生者は槍を構え全力でナイトさんへと走る。


「先の言葉……体現して見せよ!!」


一喝と同時に放たれる雷のごとき閃光を放つ一突き。


その一撃をナイトさんは黒色の盾で真正面から受け止める。


びりびりと空気が震え、空間に亀裂が入るほどの轟音が響き渡る……。


「重いな」


ナイトさんは称賛の言葉を蜻蛉切に送るが。


「続けて三つ……」


「!?」


槍は振るわれていないというのに、盾を穿つ音が三つ続けて響き渡る。


「我が槍は一振りにして一撃にあらず……拡散する斬撃は初めてか?」


口元を緩め転生者は凶悪な笑みをナイトさんに向けて間合いを開ける。


それに対しナイトさんはにんまりと笑うと。


「何、驚くほどのことでもないだろう……槍兵四人を相手するのと、何も変わらないからな」


「ほざけ!」


その挑発から、ナイトさんの盾に槍が雨のように注がれる。


走る槍は無数……。


その一撃は一突きにして四。


拡散する槍の描く線は変幻自在に軌道を変えるも、まるで光に群がる蟲のように一点心臓に向かい収束する。


「甘い!!」


しかし、縦横無尽、変幻自在の乱撃でさえも、ナイトさんは怒号とともにすべてを盾で叩き落す。


拡散する槍をいなし、一点に収束する線のことごとくをナイトさんはていねいに叩き落していく。


驚くべきは、互いのその攻防に魔術の痕跡がかけらも見当たらないこと。


神話の世界、今は亡き英雄たちの戦いの再現にも似た異常な戦い。


その戦いを彼らは、魔法の力を借りず……ただ己の身体能力のみで披露しているのだ。


「すごい……これが、転生者」


もはや傍観者にはそんな陳腐な感想しか許されない。


動きも技も……何もかもが人の領域を超えており、槍を叩き落した後に遅れて轟 音と衝撃があたりに走る。


もはや音の速度などはとうに凌駕したそんな戦いに私は巻き込まれ。


この世界はそんな出鱈目なものに侵略をされているのだと再認識をする。


「っはあぁっ!」


そしてそんな感想を終えるころには、彼らの打ち合いは百を超える。


一区切りといわんばかりにナイトさんは大きく槍を弾き飛ばし、蜻蛉切はよろけながら数歩後ずさる。


その表情は苛立たし気で、穂先をナイトさんに向けると。


「貴様! なぜ剣を抜かぬ、その腰のものはただの飾りか!」


そう吠えた。


しかし、それに対しナイトさんは鼻で相手を笑う。


「我が主の命令は~私を守れ~だからな。何、必要とあらば剣を抜き迎撃をするが……その程度の槍撃……守るだけならば片腕でこと足りる」


一つ、二つ、ナイトさんの挑発に転生者の額に青筋が浮かぶ。


「小生の槍程度、いなすことはわけない……と?」


勝負は互角ではなく、ナイトさんは私に力を見せつけるために盾のみで敵の攻撃を防ぎ切った。


~守れ~という命令の通りに。


「ナイトさん」


「ふふん!」


にやりとこちらを見て口元を緩ませる表情が小生意気で癪に障ったが。


しかし彼の言うとおり、大口をたたくだけの実力者であることは確かなようだ。


「そうか」


「!」


だが……その挑発は間違いであった。


「ならばその認識は改めてもらおうか、ナイト=サン」


何もない部屋の中、一陣の風が吹き、同時に転生者の構えが変わる。


それはまるで、地に伏せる虎のよう。


見たことも聞いたことすらもない槍の構えだが、目的だけははっきりとわかる。


深く深く体を沈めるような体勢。


あれは……跳躍のための姿勢であると、私は直感で感じ取る。


「ナイトさ……うっ……」


魔法を操る存在である私でさえも、吐き気を催し眩暈を起こすほどに濃度の高い魔力が転生者からは漏れだし、同


時にその手に握られた槍が異常なまでに発光する。


「神業か」

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