8話 ナイト=サン

「さてと、今更だがお前が俺のマスターでいいんだよな?」


「は、はえ? ま、マスター?」


いったい何が起こったのか理解が追い付かない。


それもそうだろう、遺跡からとつぜん転生者が召喚されて追いかけられて……奴隷にされかけたところを、謎の騎士がワンパンで私を助けてくれ、おまけにそいつが私のことをマスターと呼び始めた。


そろそろ私の理解の許容量が限界を迎えようとしている……。


「なんだ、はっきりとしない返事だな。お前が俺を召喚したのだろう?召喚士よ」


「召喚……あ、本当だ!?」


私はそう言われ、はっとしてローブをはだけさせ肩を見ると、確かにそこには召喚の契約を結んだ証の文様が、肩

にしっかりと浮き出ていた。


「なんだ、やっぱりマスターでいいんじゃないか……よもや召喚主をのしてしまったのではと冷やっとしたぞ」


あきれたような表情で騎士はそういい、肩をすくめるが。


召喚の儀式もした覚えもなければ、特別な契約を交わした記憶すらない。


「えと……あなたはいったい?」


「お前の願いに応じ形を成した最強にして至高の騎士(ナイト)だ、誇るがいいマスター、この俺が来たからにはもはやこの世界の栄光は約束された! ちなみに名前はない。好きに呼ぶといい」


「名前がないって、ナイトさん、それどういう……」


「呼称の設定を受け付けた、なるほど夜の太陽night sunか、随分と詩的な名前を付けるじゃないか。

気に入った、俺は今日からナイト=サンだ! 変更はできないのであしからず!!」


どうしよう、話がかみ合わない。


局長も局長で話のかみ合わない人だったが、この人はそれに輪をかけて話を聞いてくれない。


「えと、そもそも召喚に応じって……あなたはどこから来たんですか? そもそも私、異世界からの召喚は専門外で……」


「ふむ、語れば長くなるが、それよりも……どこかに転生者の召喚陣があるんじゃないか?」


「え?なんで……」


それを知っているの? と聞こうとすると、ナイトさんは肩をすくめ。


「俺は生まれつき敏感肌でな、巨大な魔力の乱れを感じる」


「魔力の乱れって……もしかしてまだ、転生者が出てくるかもしれないってことですか!」


「まぁ、可能性はあるな、門を開けて閉じてない……放っておけばまだ神様とやらが転生者を送り込んでくるぞ」


「そんな!?」


私は絶望する……助かったと思ったのに、さらに転生者に遭遇するかもしれないという事実。


私は目の前が真っ暗になり、その場に崩れかけるが。


「何をうろたえているマスター……言ったはずだぞ、この至高の騎士の主になったからには、お前の栄光は約束されていると」


「どこからその自信が出てくるんですか……という疑問はこの際飲み込みますが」


「飲み込めてないぞマスター」


「シャラップです! とにかく今は藁でもなんにでもすがりたい気持ちです、あなたにはこの状況をどうにかできるんですかナイトさん!」


「愚問だなマスター……至高の騎士に不可能はない。お前はただこう命ずればいい、現状を打開しろ……とな。もちろんお前が私を騎士と認めてくれればの話だが」


「完全な脅しじゃないですか! あぁもう……わかりましたよ、背に腹は代えられません。 もうこの際、主だろうが女王陛下だろうがなんでもなってやりますよ! 我が騎士ナイト=サンよ! 現状を打開して!」


「ふふっふはーっははは! しかと請け負った! さあ行くぞマスター!」


「えっ!? ちょっ、私も行くんですか!?」


「当然だろう! お前がいかに幸運に恵まれた召喚士であるかを見せてやる!」


高らかに、そして心底楽しそうにナイトさんは笑うと、大楯を背中に担ぐと私を肩に乗せるように抱き上げ、壁へと走る。


「ちょっ!そっち壁!」


「知っているさ、だが近道だ!」


私の悲鳴も聞かず、迷宮の壁に向かいナイトさんは剣を抜くでもなく、拳を振り上げると。


そのまま振り抜き、壁を破壊する。


「えええぇ!?」


アッガスさんの大剣の一撃でも破壊できなかった迷宮の壁が、その騎士の拳により音を立てて崩れ落ちる。


「行くぞマスター!」


「む、無茶苦茶だこの人おおぉ!」


壁を破壊する音に紛れて、私の悲鳴は迷宮内に木霊するのであった。

                    ◆


「とぅわ!」


通算二十五回目の壁やぶりをナイトさんは披露すると同時に、私の顔にむせ返るほどの血の匂いと、あふれ出る魔力が浴びせられ、私は顔をゆがませる。


「うっ」


「ふむ、なるほど随分とまた大掛かりな召喚陣だ……新たな転生者が来なかったのは奇跡だな。ちょうど過疎期につながったか?」


赤く照らされ光に包まれた空間。


転生者が召喚された召喚の間が、こにはそのまま残されており、陣のすぐ近くには二人の両断された冒険者と、少し離れた場所に。


「アッガスさん」


大剣を持ったまま倒れるアッガスさんの姿があった。


「知り合いか?」


「転生者に、殺されてしまったんです……アッガスさんたちは、私を守るために」


私はあの時の状況を思い出しうつむく。 


何かできることはなかったのか……後悔だけが私の中で渦巻いていく。


短かったがとてもよくしてくれた……あの笑顔が私の胸を締め付け……。


「なるほどな、では蘇生をしよう」


「へ?」


ナイトさんのそんな問いかけに、私は素っ頓狂な声をあげてしまう。


「仲間なのだろう? ここに打ち捨てていくのはお勧めしないな……嫌いなやつで助けたくないなら無理にとは言わないが」


「た、助けられるんですか?」


「もちろんだ。しかしここまできれいに両断されているとなると……歩くのにひと月ぐらいはかかるだろうが……そこは攻めるな、彼らはレベルが低すぎる」


「レベル? いや、た、助けられるなら何でもいいです! お願いします助けてください!」


嘘かもしれない……もしかしたら彼の妄言かもしれない。


だけど、私はすがるようにナイトさんにそう懇願をすると。


「了解だマスター、だが蘇生は落ち着いてからでもできる。先に済ませなければならないこともあるしな」


「陣の破壊……ですか?」


「それもあるが……まずはお前の命を守らねば」


「えっ?」


瞬間、ナイトさんは大楯を構え、背後から走った槍の一撃を受け止める。

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