第15話 欺く者への追悼を (2)
「それで? 自己紹介か? 私からでいいか? 面倒なんだ」
「ええ」
「私はハリ・クォーツェ。エルフの一族で魔法使いだ。欺く娘とは数年来の付き合いだが、日常生活の大半を支えていたのは私だ」
「本当に感謝してるんです、クォーツェ様」
微笑みかけるシルリィは風に揺れるコスモスのようだった。これ以外の表現は見つからない。
「改めて自己紹介しますね。私はシルリィと申します」
「その名前は一体誰が? 影の子か?」
「ええ、そうなのです! とっても素敵でしょう?」
「そうだな、少なくとも私の名よりは素敵だ」
自虐を混めつつ、場の空気を和ますクォーツェは流石数千年生きた魔法使いとも言えるだろう。同じ言葉を違う人間が言っても、こんな空気にはならない。そんな気がした。
「それで? 影の子の自己紹介は?」
「え? ああ。どうも、デュレイと申します。見ての通りデュラハンです」
「その名前は欺く娘が付けたんだな」
「ええ、付け合いっこしたんです」
「人間らしい」
ピタッと空気が止まった。川の流れが無くなるかのように不自然なことだった。これくらい、たまにあってもおかしくないことなのに、どうしてここまで違和感を覚えるのだろう。
「だから……デュレイさんは人間じゃなくてですね……」
「いいや、人間だ。正確には元人間だな」
「……人間が、デュラハンになったんですか……?」
「本人が一番知っているだろう、な? 影の子よ」
クォーツェは多分、年齢があるから何でもわかるのよ~、とかいうものではない。能力か、魔法か、どちらにせよ確実に見ている。
「別の世界で人間でした、それが何ですか」
「ほぉら、欺く娘。あっていたじゃないか」
「……聞いてて不愉快です」
シルリィは不機嫌そうな顔をして、クォーツェを見つめる。
「影の子よ、不快だったか?」
「まぁ」
「すまんすまん、これでも私は千里眼の持ち主でな。見たいものから、探し物、過去、未来、そして前世から来世まで見ることができるんだ。これで初めての客を驚かせるのが好きでね。ただ……」
「ただ?」
「欺く娘が不機嫌になるとは思っていなかった。彼女もこちら側で笑っているものだと思ったんだがな」
「「……」」
クォーツェはからかうのが好きなようだが、からかわれすぎるとどうも不快になる。
「ま、恋仲にはそう捉えられても仕方が無いな」
「ク、クォーツェ様!」
「へっへっへ。若いもんは良いねぇ」
からかい、振り回されのお茶会は日が暮れるまで続く。いつまでも本題は泳がされたままで、それさえもクォーツェは見抜いていることだろう。
こうやって本題を出させないのは、何か策があるか、またはもっと他の別の何かが見えているか。それか、彼女が完全な味方ではなく、最高のタイミングを待っているか。
ふとクォーツェと目が合った。
見抜かれている。
「ああ、もう日が暮れたな。今日は上で泊まると良い。二人分のベッドはあるが、使うか否かはお二人次第だな。へっへっへ」
梯子を上って、上の客室を覗く。
シルリィは入浴中で客室には荷物しか置いていない。
ベッドに腰掛けて、震える指を必死に抑えていた。
「……どうして」
転生前のことを聞かれたのは、流石に驚いた。そして真実を本人の口から聞いても尚、深くを追求しない彼女らに恐怖を抱いた。
決してシルリィのことを怖がっているわけではないが、追求しないのは追求しないので心にクるものがあるのだ。
大きな反応が無いのは、転生や前世があるのが当たり前な世界だからという大きな理由があって欲しいくらいに、覚悟に見合った反応じゃなかったことがショックだった。
遊ばれている、あのエルフに。
「遊んでいるわけでは無い。それに転生や前世が当たり前という訳でもない」
梯子から頭を出しているクォーツェに驚くことは無かった。心の中にプライベートは存在しない。外の空間にも、それは言える。
「珍しくはない、という程度だ。あってもおかしくないな、くらいの感覚だ。悪かったな、大した反応じゃなくて」
「責めるつもりはないよ。こっちが期待しすぎただけだ」
「……」
「あなたの沈黙ほど怖いものは無い」
「ああ、悪い。探し物を見ていた」
探し物。頭の事か?
「結論から言おう。無い」
「頭に執着してないから良かったよ。ああでも、シルリィが悲しむかもな」
「……」
「あなたの沈黙ほ……」
「デュラハンの頭は生まれつきないものが多い。元から幽霊みたいなものだしな。ただ一つ言えるのは、影の子みたいに全てのデュラハンが人間のような感情を持っていないということだけだ」
「え?」
「本能で生きている奴らが多い。それこそ喰いたいだとか、魂を奪いたいだとか、そんなものしか持っていない奴がほとんどだ」
他のデュラハンは高度な感情を持っていないということ……か。多分これは前世が影響しているに違いないが、そう考えると少しだけ自分が特別のように思える。
「だから欺く娘が影の子を連れてきたときは驚いた。しかも恋仲だと読み取った時は、この目が遂に狂ったかと思ったんだ」
「なんか、勘違いさせてすいませんね」
「いや、珍しいパターンに出会えてよかった。欺く娘を幸せにしてやれ」
そう言い終わると、遠くの浴室から「上がりましたよー」というシルリィの声が聞こえた。
「ほれ、お前も風呂の準備をしろ」
「ああ……」
「そして深いことを考えずに二人で寝ろ。何も怖がることは無い」
半ば追い出されるような形で客室を退室せざるを得なかった。
その後は特に何も考えずに湯浴みをして、新たな柔らかい生地の服に着替える。客室に戻る頃にはシルリィが寝ていたので、もう一つのベッドで自分も寝た。
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