第11話 フェナカイトの魂 (2)
「怖くないのか?」
「怖くない。死ぬ方がもっと怖い、でも死にたい」
「人間って無駄なほどに矛盾するねー。楽しいことは嫌いかい?」
「嫌いじゃない」
「生きることは嫌いかい?」
「わからない」
「死ぬことは嫌いかい?」
「嫌い」
しばらく悩む仕草をして、何かを閃いたように目を輝かせた。
「俺についてきたら楽しい毎日だよ。死に怯えることが無いように不死身にしてあげるし、力にも不自由しないようにする。お腹いっぱいにご飯は食べれる、毎日遊べるだけの金もやる。その代わり要求はただ一つ、俺についてこい」
一瞬何を言われたか理解できずにいた。
不死身? 力? ご飯? 遊び? 金? 地位以外の何もかもが手に入る?
「……そんなうまい話、こんな世界にある訳無いだろ」
「敬語が外れてるぜ、レアル」
「怪しい奴に使う敬語なんて無いよ」
「へぇ……そうか」
アンガスが含み気味に発言したその直後、身体がどっと重くなり息が思うようにできなくなる。指一本も動かすことが許されていないようで、気味が悪い。
『跪け』
「これでも神だっつってんだろゴミ。ほら、早く」
勝手に身体が動き、土下座のような姿勢になる。
「そうそう。身分をよくわかっているね」
アンガスはレアルの髪を掴み、無理やり顔を上げさせる。レアルの目には涙が溜まっていた。
「どうせここで生死を選ばせても死ぬだけだし、不老不死にしてやるよ。金は俺の奴隷になって仕事をちゃんとこなしたらやるよ。ま、力は弱めにしとくけどな」
アンガスが袋から四角いものを出した。
最初に視界を失った。目が抉り取られたんじゃないかと思うくらいに、激痛が走る。最期に見たのは気持ちの悪い細長い触手のような何かが、自分の目に向かって一直線に伸びてきたことだけだ。
視界の無いまま、次はゴキッ……と鳴ってならない音がして、腕が身体から離れた。明らかに身体が軽くなったのだ。
ふと気づいたのが、痛覚がもう既に死んでいるということだ。腕が取れても痛みが無い。苦痛であるはずなのに、物理的な痛みが無いことから脳が混乱し余計に恐怖を生む。
突然音が無くなった。多分、耳の機能を奪われたんだと思う。
鼻を触られたと思ったら、鋭いナニカが抉っていった。
無理やり口を開けられ、ナニカが入ってきたと思ったら舌が無くなった。
髪がプツプツと抜けるような感覚がした。
足首のあたりで切断されたような気がした。
感覚さえも無くなった。
もう何が無くなったかもわからない。五感が完全に無くなってしまった僕はもう人間とは言えなかった。人の形さえもしていないだろう。
これが不老不死? 人でなしこそが不老不死ってか。心底腹が立つが、無力な肉塊となった僕にできることはなかった。
僕は運が悪かった。
暗闇、無音、無感覚。あるのはただ無駄な心だけ。
死にたい。でも殺されたくない。身体は生きる。身体は死んだ。誰にも求められていない。生きる目的も無い。救済者はいない。英雄はいない。美徳なんてない。生きていない。人でない。意気地なし。
家族の思い出もいつしか虚無に消え去った。自分の名前さえ忘れそうになる。孤独だった。
次第に「奴隷になってもいい、一人は嫌だ」と思うようになった。叫ぶ真似をしてみた。自分の声も聞こえなければ、誰かの返事も無い。
殺されたい。いっそのこと心、意識さえも取っ払いたい。
なのに、ひとのあたたかさをもとめてしまうんだ。
おかしい。もう一人は寂しくないと思ったはずなのにい。
無いはずの口が緩んで母音が伸びる。脳がとろけているみたいで気持ちが悪い。
何者にもなれない僕はもう、人でなしですらない。
身体に大きな衝撃が走った。
目が合った。
目があるのに使い方を忘れている。自分の意思で脳に命令をして目を開くと、そこはぐちゃぐちゃにされる前にいた、森の中にぽっかり空いた平原だった。
「四百九十三年経った、思ったより早かったな」
忌々しい声がした、と一瞬だけ感じた。改めて聞いてみると忌々しいなんて一切思わず、アンガスの全てが素晴らしいと思うようになっていた。声も、顔も、身体も、佇まいも、行動も、何もかもが素晴らしく、正しいものだと思っているようだ。
自分は洗脳されているな、と即座に考え付くことはできたが、何故か抵抗する気になれなかった。無駄だと感じた。
もしかしたら洗脳じゃ無いかもしれない。ただ与えられた恐怖をもう二度と感じたくなくて、無理やり脳がそう思うことで心を平穏に保とうとしているのかもしれない。
何せ魔法も、神も、洗脳も、心理学も、何も詳しくない。権力にしがみついた子供にわかることなど、一つもない。
「僕はぁ……不老不死ぃ?」
「早い分副作用で口が歪んだな。まぁこれぐらいはいいか。ああ、そうだ。不老不死だ」
「そぉですか」
「レアル、君は俺の奴隷だ。俺の娯楽についてこい。それが命令だ」
「わかりぃました」
アンガスと話すと思考力を奪われるように感じられる。一切の思考を許されないというか、ただ命令に従えと言われているような、そんな感じだ。
今となっては、そんなことどうでもいいのだが。
「そうだ、思い出した。苗字は喋るな、面倒だ。お前はレアル、流れ者のレアルだ。覚えておけ」
「はぁい」
「ついでに俺のことはご主人様と呼べ」
「ご主人様ぁ。わかりました」
「すっかり堕ちたな。まぁ不老不死なんて都合の良い話は無い。断っても了承を得ても、お前は結局俺の人形になる以外の選択肢は無かったんだよ。でく人形」
僕は運が良かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます