第47話 まずは自分の気持ちを知る
翌朝。
マリーは目を覚ますなり自室のベッドの上で頭を抱えていた。
昨晩、イーチノに気づかされたハルに対する『本当の気持ち』。『恋』などという青春のような経験をしたことがないため、これからどう向き合えばよいのか分からずにいた。
対談後、自室に戻ったマリーは恋ではない何か別の感情ではないのかと思い、ハルのことを試しに思い浮かべた。心臓がうるさくなり、顔が熱くなった。
この特定の異性を想像して心臓の鼓動が早くなるという症状は、恋以外のなにものでもないとイーチノは言っていた。
「私がハルに『恋』をしているという気持ち……、認めたくはありません。ですが、イーチノ様の言っていることはきっと当たっているのでしょう……」
他人からの言葉なんて信じない。それがマリーのセオリーだ。しかしイーチノだけは特別。彼女は卓越した人を見抜く力を持っており、見る目は確かなのだ。
加えて信頼関係がある。幼少期からの長い付き合いだ。共にした時間は親よりも長いだろう。
だからこそ彼女は人一倍、心の中を読み解かれたとも言えるのだ。
「なぜ、私はあって日も浅いあんな男に恋なんてしているのでしょうか……」
そもそもなぜ『恋』なんて気持ちを抱いてしまったのか。彼女自身も分かっていない部分だ。
「朝起きたばかりですが、すこし自分の気持ちと向き合ってみましょうか……」
ベッドから立ち上がり小窓を少し開ける。
ひんやりとした空気がマリーの体を通り抜け、頭の中が覚醒していく。物事を考えるには最適の状態だ。
頭の回転力が最適化したところで、窓際に腰かけ自問自答を始める。
「顔で選んだ……というわけではなさそうですね。イケメン顔という訳でもありませんし、そもそもタイプの顔ではありません。イーチノ様のような幼くともカッコよさがあふれ出ている顔が好みですし」
結構ひどいことを言う。本人の前で口にすれば、ひどくショックを受けるだろう。
しかし、これで1つの可能性は潰せた。顔が好みではないのであれば他の部分に惹かれたのだろう。さらなる可能性を導き出すため自問自答を続ける。
「性格……はイーチノ様の方が勝っています。彼女以上の良い性格の持ち主は見かけたことがないです。身長や体格に惹かれたということもなさそうです。思い浮かべても何の情も沸きません。身体的な特徴や内面的な特徴ではないということかもしれません」
あらゆる可能性を探るが、答えは出てこない。
可能性を探れば探るほど恋という感情は、勘違いなのではないか。と、思い込んでしまう。
改めてハルの容姿を思い浮かべる。ポッと頬が赤くなり体内の温度が上がっていくのが分かる。
顔や性格、特徴的な体格などを思い浮かべたときには感情の起伏などは感じられなかったが、ハルの全体像をぼんやりと浮かべるとなぜか鼓動が早くなり、頬が紅潮する。そして彼の笑顔や動作ひとつひとつが頭から離れなくなる。
恋愛と無縁の人生を歩んできたマリー。恋という感情を抱くとどのような感覚に陥るのか全く分からない。イーチノの言葉を疑いたくはないが、本当にこれが恋という感情なのか疑いたくもなる。なによりも心の中でもやもやして鬱陶しいのだ。
こんな面倒くさい感情はさっさと解決して捨て去りたいと思う一方、捨て去るのがもったいない正解とは思えないという気持ちも湧いてくる。
「人間の感情って、なぜこんなにも面倒くさいのでしょうか」
マリーは考え方を変える。
「私はいつから彼に恋心というものを抱いたのでしょうか」
ハルのどこに惹かれたのかではなく、いつから惹かれたのかについて考えることに。
それに関しての答えは簡単に見つかった。
「ハルに助けられてから……でしょうか」
サイコ化を発症し、もう助からないと思っていた。
しかし、ハルは命を懸けて助け出してくれた。心の奥底まで入り込んで、現実の世界まで引き戻してくれた。
誰にでもできることではないことを、彼はやってのけた。
それからだろう。ハルの容体を気にして彼のことが頭から離れなくなったのは。
「イーチノ様のアドバイス通りに動き出せば、この感情のもやもやを解決することはできるでしょうか」
昨晩、イーチノからこんなアドバイスを受けていた。
『まずは相手の気持ちを振り向かせること。今は好きという感情が相手になくとも自ら行動を起こして自分の気持ちを気づかせてやるのがいい』
いくら答えを探しても出ない恋をした理由を考えるよりも、今はハルの気持ちを知ることから始めることにした。
考えることをやめ、寝間着から普段着に着替え身支度を整える。そして、自室を後にするのだった。
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