第45話 変化するスラム街

 肌寒い季節になりつつある今日この頃。日差しが強く、季節の変わり目を感じさせない暖かさが街を覆う。


 そのせいもあってか、通りを往来する人も普段より多い気がする。これもスラム街が良い方向へと変化している証拠だろうか。


「急にどうしたんだい。スラム街を見て回りてぇだなんて」


 そんな天気の良い日に、ハルはイーチノとマリーを案内役をお願いして外出していた。場所はスラム街の大通り。スラム街で一番大きな通りだ。ブラックファングからの呪縛から解き放たれた影響か、ハルがこの街に足を踏み入れたときよりも人通りが多いように思える。加えて往来する人の表情が以前よりも明るいように見て取れた。


 そういった変化を目に焼き付けるために、外出をしたという理由もあるが、本命は別にある。


 近々、ハルゴ村跡地へと出発する予定のハル。クエストを兼ねて記憶の手掛かりを探しに行くのだが、3日間も眠っていたがために体がなまっている。その証拠に酔っ払いの千鳥足とまではいかないが、よろよろと時折ロボットのようなギコギコとした頼りのなくぎこちない歩き方をしていた。普段どのくらい膝を上げていたのか、歩幅はどれほどだったのか3日間も歩いていないと歩き方を忘れてしまうものである。30分も歩けば滑らかに足が動くようになりいつものように動けるようになったが。


「僕、3日もの間寝てたからさ、一ノ瀬組がスラム街を統治することになってどう変わったのか全く分からないんだ。だから、どんな風に変わったのか知りたくてスラム街を見て回ろうかと思ってね」


 ブラックファングとの決着がつき、マリーとの決着もついた。その後の動きは床に伏せていたため全く知らず、イーチノから軽く状況を聞かされているだけであった。一ノ瀬組がスラム街を統治したことでどんな変化が訪れるのか、興味があり実際に自分の目で見て回ろうと、思い立ったのだ。


「そうかい。まぁ、王都のスラム街でやっていることとおんなじことをするだけさ。街ン中をパトロールして、いざこざがあれば仲介して、助けを求める声があれば手を差し伸べる。なんも珍しいことはねぇな」


 そういい、イーチノは「ハッハッハッ!」と笑って見せる。


 往来する者たちはほとんどスラム街を住処としている者たちだ。薄汚れた服を着たホームレスや行き場を失って放浪する者ばかりだが、中にはイーチノの傍を通るたびに、軽く頭を下げから通り過ぎる者もいた。その者たちは皆、何かしらの防具や武器を装備している。明らかにこの街に住居を置くものとは少し違う雰囲気をだしている。


「何人かイーチノに頭を下げてから通り過ぎる人がいるけど、どうして?」


「あぁ、うち、つまり一ノ瀬組の傘下に入った元ブラックファングの冒険者たちだな。中には一ノ瀬組のやつもいるが、まぁ細けぇことは気にすんな」


 イーチノを本当に慕っていて頭を下げているのかは不明だが、ハルの戦闘経験からすると殺気などは感じられず、純情に従っているように見えるようだ。


「イーチノ様、ゴルデリックについてのお話をお伝えしなくてよろしいのでしょうか?」


 やや斜め後方を歩くマリーがイーチノに言葉をかける。


「そういえば、そうだったな。ハル、手前には伝えなくちゃいけねぇことがある」


「ゴルデリックのこと?」


「なんだい、聞こえていたのかい。盗み聞きとは感心しないねぇ」

 

「こんなに近い距離でうち耳しても耳を塞がない限り聞こえちゃうよ」


「確かにその通りだな」と笑うイーチノ。


「そうさ、ゴルデリックのことさ。あいつとは和解して傘下に入ることになっただろう?」


「うん……まぁ……結構暴力的な和解だったけど……」


「うちらは近々、王都にある一ノ瀬組の本部へと戻らなくちゃいけねぇ。そこで代わりに統治をするリーダーが必要だと判断した」


 一ノ瀬組がファルンにやってきたのはスラム街の統治及びブラックファングの解体・排除。一時的にこの街へと足を運んだにしか過ぎないのだ。つまり、目的を果たした以上ここに残る必要はないということになる。


 加えてイーチノは一ノ瀬組のリーダーだ。長い期間、本部にリーダーが不在というのも周りの組織や冒険者グループなどに示しがつかない。なによりも本部を放っておいてはおけないだろう。


 さまざまな理由を加味してイーチノは一度本部へ戻らなくてはいけない。


 彼女の話を聞いてハルは何か分かったかのような表情を見せる。


「話が見えた。イーチノがいない間、ゴルデリックにリーダーを任せるということを話そうとしてるんじゃない?」


「そういうこった。理解が早くて助かる。まぁ、うちらも時折ゴルデリックの働きを見に来ることはあるだろうが、基本はここを第二支部としてゴルデリックにこのスラム街の治安改善を任せることにした」


 一度は敵対している仲。やや信頼性に欠ける部分はあるが、ゴルデリックの殺意のないこれからもイーチノのために働くという態度を鑑みてそのように決めたようだ。


 この決定に、異論はないがハルは少し気になることを聞く。


「ゴルデリックの下についていた悪徳冒険者たちはどうなったの? もし彼らを一ノ瀬組の傘下として招き入れるなら相当なリスクがあると思うんだけど」


 一ノ瀬組の構成員らが相手にした下っ端の冒険者たち。数はそれほど多くはないが、この街に来ている一ノ瀬組の構成員よりかは数が多い。


 数が多いと統制しきれず傘下に入れるには反逆のリスクなども考えられるからだ。しかしイーチノは気軽な声音で返事をする。


「悪徳冒険者たちの一部は、ブラックファングの敗北、そしてマリーのサイコ化事件に及び腰になって保身のためにこの街を出ていった。あの『フランシュ』って男もな。もちろん残っている奴もいるが、そいつらはゴルデリックに忠誠を誓っている奴らばかりだ。ゴルデリックが下手を打たない限り暴れたりすることはねぇだろう」

 

 ゴルデリックはその場限りのウソではなく、一ノ瀬組の傘下に入ることを了承していた。イーチノは人を見抜く天才であるがため、彼女の鍛え上げられた目から見る相手のしぐさや動作で信頼に足る人物だと判断したのだ。


「それに、奴さんにはまだ成し遂げていない目標もあるだろうしな」


 ゴルデリックの目標。それは、故郷を襲った王都の『聖騎士団長』を狩ること。野望とも言えるだろう。彼がその目標を成し遂げるうえで一ノ瀬組から間接的に支援を受けさせることを約束したのだ。


「目標の手助けを間接的に支援してやりゃ、ゴルデリックや奴さんに忠誠を誓う冒険者たちは跳ねっ返らねぇだろうよ」


 適当に言っているわけではなく、過去の経験からそう仮定したのである。幼いながらにして誰よりも土壇場を乗り越えてきたため、似たような場面に遭遇してきて嫌えられてきた。それゆえ人を見る目は確かなものだ。


 ある程度、話に落ちが付いたところで、ハルは改めて周りを見回す。


 一ノ瀬組がこのスラム街を統治してからまだ3日しかたっていないのにも関わらず、どこか活気が感じられる雰囲気になっている。


 特にハルが気になったのは、片手にハンマーを持ちボロボロになった家屋に板を打ち付けてる人たちだ。その者たちの中にはゴルデリックに忠誠を誓っている冒険者や、街のホームレスたちも挙って何かしらの手伝いをしている。


「いろんな人が家屋を修理しているんだね」


「そうだな。一ノ瀬組の人間はもちろん、ゴルデリック傘下の冒険者、そしてホームレスが協力して家屋を直している。スラム街にはホームレスが多くいる。そいつらに住居と仕事を与えるために修理しているのさ」


 一ノ瀬組が統治して最初に始めたのはホームレスの住居の確保と仕事の斡旋だ。


 スラム街には多くの問題が存在しているがその中のひとつにホームレスの増加がある。


 ホームレスが増加するとその街や地区の治安が比例して悪くなる傾向がある。ホームレスに関する事件が後を絶たないからだ。


 治安が悪い場所には人は寄り付かない。そうなるといつまでたってもこの地区は活性化しない。その問題を解決すべくにホームレスに住居を与え、他の地区と同様人間らしい生活を送れるようにし治安の改善に努めたのだ。


 住居と真っ当な仕事さえ斡旋してあげれば、自然と人が寄り付く良い地区へと改善するだろうとイーチノは考えたのだ。


「確かにここスラム街には、修理さえすれば住めそうな家が結構立ち並んでいるもんね」


「こんなにも質のいい建物が揃ってんだ。使わない手はないだろうよ」


「そうですね。イーチノ様、誰も目を付けないようなところにメスを入れる技量、流石です」


 甘やかす様にイーチノをこれでもかとほめたたえるマリー。


 このふたりの光景を見てハルはマリーを命がけで救えてよかったと思い、口角が自然と上がった。


 その後、日が暮れる直前まで街を練り歩きイーチノやマリーの説明を受けながら、スラム街の現状を把握していった。




 一通り説明を終え、宿屋へと帰路につく3人。


 そこで、ハルはふとマリーにこんな質問を投げかける。


「イーチノが街を離れるときにマリーも一緒について行くんだよね?」


「——えっ、あぁ……はい。そう……するつもりです」


 何となく歯切れの悪い返しに違和感を覚えるが、ハルはニコっと笑ってふたりに視線を向ける。


「なんか、ふたりって『ふたりでひとり』って感じだよね。イーチノとマリーって。どちらかが欠けたらまるで体を半分失うような感じに見えるよ」


 その言葉を聞いた途端、マリーは少し哀し気な表情で瞳を伏せる。


「なんだい、そいつはうちとマリーの相性が抜群だって言いたいのかい?」


「まぁ、そうとも言えるかな。イーチノがいるからこそマリーが存在する。マリーが存在するからイーチノが存在するみたいな感じかな。だから、あのときもしマリーがこの世からいなくなっていたら、イーチノはどうしていただろうって思っちゃうよ」


 傍から見ても分かる、ふたりの相性の良さ。

 

 どちらかひとりではなくふたりが存在して初めて力を発揮するようなそんな存在だ。


「確かに……イーチノ様と私は……相性が良いかもしれませんね……」


 最後まで歯切れの悪いまま、3人は宿の中へと姿を消した。

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