第29話 最強幹部2人組 対 主役の2人

「そんな貧相な武器で俺の剣を防げるかよ!」


 基地の外では傭兵とマリーが、基地内では一ノ瀬組の構成員とブラックファングの冒険者たちが対峙している中、ハルとイーチノはこの悪徳組織を支えとも言える2人組の冒険者と戦っていた。


「防戦一方じゃぁ、俺には勝てねぇよ!」


 屈強な体で大剣を木の枝のように振り回す男、バーガン。それを弾くハル。


 両サイドが刈り上げられた茶色の髪には、剃り込みが刻まれ、肌は色黒で筋骨隆々。その中でも特に目立つのが、腕周りの太さ。樹齢何十年と育ってきた樹木のように太い。


 こういった筋肉系の冒険者、もとい『脳筋系冒険者』は動きが鈍く、パワーが段違いに高いというのがセオリーだ。


 しかしバーガンは違う。腕と同様丸太のように鍛えられ上げた脚が地を蹴る力を増幅させ、素早く動く力を作り出している。その結果セオリーを覆す要因となっているのだ。


 そのうえバーガンの持つ大きな鋼の剣は威力が高く、鍛え上げられた筋肉から繰り出される薙ぎがとてつもなく速い。片腕で振るもはあまりにも凶悪的な速さだ。


 彼の剣を安物の盾や剣で防げば簡単に砕け散り、鎧を貫通して体を真っ二つにするだろう。たとえ避けることに成功したとしても、鍛えられた脚から繰り出されるバネのような脚力で、すぐに距離を詰められ次の一手が飛んでくる。一度でもタイミングを見間違えれば死は免れない。


 しかしハルは『攻撃を弾くこと』に特化している人間だ。


 相手の攻撃を防ぐわけでも避けるわけでもない。弾くという第三の選択肢。


 敵の攻撃から加わる力を分散させ本来受けるダメージを無力化することができる最強の防御スキル。


 弾くタイミングを見間違えれば、すぐに体勢を崩されズタボロにされるというリスクをはらんでいるが。


 弾くという行為はどんな攻撃に対しても有効打で、今回のように防ぐこと避けることも難しいバーガンのような相手に対しては特に有効的な手段だ。


 バーガンとまともに戦うことができるのは一ノ瀬組を含めてもハルしかいないといっても過言ではない。


 イーチノがもちかけた『記憶に関する情報を得る代わりに一ノ瀬組に力を貸してもらう』という取引は正解といえる瞬間だろう。


 ハルは破壊力抜群の大剣をタイミングよく弾き攻撃を無力化していく。


 そのたびにハルの体内には魔力が溜まり続けている。このままいけば魔力が溜まり、相手を仰け反らせる一撃を繰り出すことができる。


 そんな打算を組んでいたいたときだ。バーガンは攻撃の手をやめ、一度距離を取る。


「俺の攻撃をここまで防ぎきるなんてな。ひょろがりのくせして大した男だ」


「僕だってやられに来ている訳じゃないからね。必死こいて抵抗はするよ」


「だがよ、いいのかぁ? てめぇが防戦一方の中、大事なお姫様は疲労困憊のようだぜ?」


 その言葉にバーガンの後方遠くで戦っているイーチノが意識的に視界へと入り込む。


 イーチノが相手をしているのは、フランシュという男。宿を襲っていた人物のひとりだ。


 バーガンとは対照的で細身。所持している武器も頼りない木の枝の先端に鎌のような刃が付いているものだ。


 一見イーチノなら勝てそうな相手に思えるが、彼女は苦戦を強いられているようで、膝をついて地面に血だまりを作っていた。


「イーチノッ!」


 彼は思わず大声で彼女名を呼ぶ。


「ああハル。手前は心配すんな。少しヘマを打っただけだ」


 ハルから見えるのはイーチノの背中。どのような怪我をしているかは視認できないが、床にポツポツと血のしずくが落ちているのが分かる。


 大量出血ではないものの、どこかしら怪我をしているようだ。


「フランシュはよ相手によっちゃ、俺よりも強さを発揮する男だ。モタモタしてっとお姫様はフランシュに焼き殺されっぞ!」


 彼の言うことが本当としたなら、フランシュにとってイーチノは相性のいい相手だったのだろう。


 一ノ瀬組のトップをここまで苦戦させているのだから、そうとしか言いようがない。


「バーガン! 早くおまえを倒してイーチノに加勢する!」


「できるもんならやってみなぁ! 『青蒼剣せいそうけん』!」


 大剣を地に挿し両手を添えると、刃に蒼き炎が宿る。そしてすぐさま炎の宿った武器を片手で持ち上げ構える。


 その炎は蒼色という異色を放ちながら大剣を囲うように燃えている。


 異色とはいえ炎。近くに居れば熱そうな印象を受けるが、大剣を背負うように構えているバーガンは全く動じていない。熱そうなそぶりも見せず、汗なども流していない。


 あの炎にどのような効果があるのか考えていると、バーガンはハルに目掛けて間合いを詰めた。


「ボーッとしてっと、あっという間に死ぬぜ!」


 鍛えられた脚をバネのようにして地面を蹴り上げてからの間合いの詰めるスピードは半端じゃない。


 まるで大きな岩が迫ってくるかのようだ。


 巨体がハルの目と鼻の先まで来たと同時に、炎の宿った大剣が振るわれる。


 大剣はハルの刀剣を捉えるが案の定弾かれてしまう。しかし、バーガンは怪しげな笑みを浮かべる。


「っ!? あっつ!?」


 弾いた際に蒼い炎がハルの防具へと飛び火したのだ。


 まだ小さな炎ではあるが、通常の赤い炎同様熱さを感じる。


 小火の状態。条件反射的に、手のひらで火の粉が付着した部分を叩く。


「——!?」


 しかし小さな蒼い炎は消えない。それどころか、ゆっくりと少しずつ炎が大きくなってきていた。


「その炎は消えることはねぇ。飛び火したら最後、対象を焼き尽くすまで燃え続ける」


 最悪の内容だった。


 絶対に消えることのない炎。つまりハルの人生終了へのカウントダウン。


 あと何分で死ぬのだろうか。死ぬと分かっていても現実味が沸かない。


「人間って不思議だよな。急に『お前は今日死ぬ』って言われて根拠を示されても、脳が現実を受け止められずにしばらくは何も行動できねぇんだもんな」


 バーガンが見下すような目線で口角を上げ、青年の気持ちを知ったかのような口を利く。


 この炎でどれだけの人を殺めてきたのだろう。そのたびにどれだけの助けを求める人を嘲笑ってきたのだろう。


 何人ものこの消えない炎で殺めてきたからこそ、記憶を失った青年の気持ちが分かるのだろうとハルは確信した。


 今まで苦しみ死んでいった人たちの気持ちを考えるだけで、ハルの心には怒りが宿る。

 

「僕が死ぬってことは理解できた。でも、死ぬ前におまえを殺す!」


 ハルは無理やり脳に『今日、自分は死ぬ』と理解させ何もできなくなる前に体を動かす。


「てめぇにできるのか? そんな貧相な体でよ。さっきだって俺の攻撃を防ぐことで精いっぱいだったじゃねぇか」


 バーガンは高笑いをし、さらに言葉を続ける。


「あのボロ宿屋にみかじめ料を徴収しに行ったときもそうだ。部下3人をひとりでやっちまったけどよ、俺の目からしたら雑魚同然の部下を倒したぐらいで粋がってんじゃねぇって話なんだよ」


 奥からイーチノの苦痛に満ちた悲鳴が聞こえる。


 もう時間がない。バーガンをここで倒してイーチノに加勢しなければ。炎に包まれ死ぬ前に道を示さなければ! それが今の使命だと彼は悟った。


「炎に包まれて死ぬざまを見るのも乙ってもんだが、やっぱり弱っていく相手をなぶって最後に斬首するってのが一番気持ちいいかもなぁ!」


 そんな気持ちの悪い言葉を並べ立て、再び武器を構えるバーガン。ハルの懐に向かって一気に距離を詰める。


(あともう少し、もう少し魔力が溜まればこいつに勝てるんだ!)


 焦る気持ちを抑えながら、ハルは着々と攻撃を弾いていく。しかし同時に火の粉が舞い、彼の防具に火の粉が飛び散る。


 そのたびに彼の顔に苦悶の表情が浮かぶ。


 火の粉の飛び散る場所が増えれば、炎の広がりは早くなる。それはつまり寿命が短くなるということ。バーガンが攻撃をするたびに彼の命は縮んでいくのだ。それでも青年は攻撃を弾き続ける。


(魔力が溜まった!)


 絶望の中から希望の光を見つけた瞬間だった。


 体は炎で焼かれ苦悶の表情を見せていても、目の奥にある希望の光は枯れていなかった。


 早急に、ハルは刀剣へと魔力を込める。そして、次の攻撃が来たと同時に青い光を放つ刀剣で相手の大剣を弾いた。


 刹那、大男が不格好に大きく仰け反る。ハルの思わぬ反撃に、バーガンはただただ驚くことしかできなかった。


「バーガン、おまえはやりすぎた。殺しすぎた。僕はここで死ぬかもしれないけど、それはおまえも同じ。道連れにしてやる!」


 怒りの籠った言葉で、青年はバーガンに向けて刀剣を振り上げる。瞬間、彼の瞳は赤き光を捉える。


 バーガンの胸部が赤く光って見えている。まがまがしい赤色。同時に青年はこの赤色が何を示しているのか、なんとなく理解できた。


「この赤く光っている部分目掛けて体を切り裂けば相手は確実に死ぬ!」


 どんな鎧を着ていようとも、どれだけ体を鍛え刃が通りにくい身体に鍛え上げようとも、ハルの持つこの能力の前で刀剣に切り裂かれれば確実に死ぬ。


「バーガン! 僕と相打ちになるんだ! そしておまえは地獄に落ちるんだ!」


「くっそが! この鍛えられた肉体をそんな貧相な剣で切り裂けると思うなよぉぉぉ!」


 同時に、刀剣が残像を残して振り下ろされる。


「うがぁぁぁぁ!」


 野太い悲鳴と共に、血しぶきが噴水のように飛び散る。鮮血は正面に居たハルを赤く染め上げた。


 きれいな袈裟斬り。肩から反対側の腰目掛けて大きな傷が付いた。そしてその傷はとても深く肋骨を切り裂き心臓をも引き裂いていた。


 巨大な肉体は、崩れるようにしてその場に倒れこむ。すでに息はなく、ただの屍とかしていた。


 そして同時にハルに思わぬ転機が訪れる。


「炎が……消えた!?」


 燃え広がっていた炎が消えたのだ。多少やけどは負ったものの、大きな損傷はない。


 自分を殺せば炎が消えるとバーガンが口にしなかったのは、知らなかったからだろう。だって、死んだことのない人間が、死んだ後どうなるかなんて誰も分からないのだから。


「そうだ、イーチノ!」


 ハルは自分の手当などそっちのけで、イーチノの元へ駆け寄っていった。

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