四話 登録をしよう その3

魔力測定を終えた俺とプチ男は最後となる『力』測定の順番待ちをしていた。


コルリスとジェリアは全ての種目をやり終えたらしく、近くで何故か今日の献立について楽しそうに話している。またアイツは我が家の晩ごはんに突撃しようとしているのか、たまにはそっちで高級食材をふんだんに使用した料理でも振る舞ってくれていいんだぞ?


「それでは次の方〜」


ようやく俺達の番がきた。二人のせいで俺まで夕食の事に頭を占領されてしまい、胃袋が物欲しげな声を上げている。こうなればさっさと終わらせて帰るとしよう。






目の前にはサンドバッグに似た何かがある。それを見た俺は一瞬にして測定方法を理解し、同時にゲームセンターやトレーニングジムでこれにそっくりな物をしこたま殴りつけていたかつての日々を思い出した。そして久しぶりに殴ってみたくなった。


俺達の測定をしてくれるはずのスタッフ的なお姉さんは会場のどこかでトラブルがあったらしく、現在離席している……やるなら今しかない。


その上、プチ男は不動を決め込んでいるのだ。もしかするとコイツはこれを見たのが初めてでやり方がよく分からないのかもしれない。ならばそれを教えるのは親代わりである俺の役目であろう。


「プチ男、こうやるんだぞ」


そう言って俺はやや強めの右ストレートをサンドバッグ的な物へと打ち込んだ。うん、相変わらず実に良い感触である。


すると、サンドバッグの上部にあった計測機器のような物に数字が浮かび上がってきた。


なになに……408、か。多分悪くない数値だと思われる。


と、そこへお姉さんが戻って来てしまった。ヤバいヤバい!数字よ、早く消えてくれ!


「すみません、お待たせしちゃって。あら?」


結論からいうと、間に合わなかった。


「あっ!あのっ、すみませんでした!僕がちょっとやってみたくなってしまって、勝手にといいますか一足先にといいますか……」


「貴方が?またまたご冗談を。それにしてもこの子、かなり鍛えてるみたいですね。Fランクになりたてのプチスライムがここまでの数値を出すのは初めて見ましたよ!」


「えっ?」


お姉さんは俺の言葉を全く信じてはいないようだ。プチスライムとしてはかなりのハイスコア……全然程度が分からない。


とにかく、これ以上この会話を続けるのは危険だ。いつ地雷を踏んでもおかしくない。


そう感じた俺はとりあえずお姉さんに合わせる事に徹し、何とか地雷原から無傷で生還を果たした。


……かのように思えていたんだ、この時はまだ、な。






ここはFランクの闘技場。

先程までは人々で賑わっていたこの場所だが、今は登録も終わり、閑散としている。


そこにいるのは会場の後片付けを行う数人の者達を除けば……一匹のプチスライムだけだった。


彼……一匹のプチスライムは『力』測定の際に使用されたサンドバッグに似た測定具の前に立っている。


すると突然、彼はその身が引きちぎれんばかりに肉体を大きく引き伸ばす。


そして、それは限界に達し……


バチン‼︎


と大きな音を立てて体を縮ませた彼はその反動を利用して剛速球となり、サンドバッグへと向かっていった。


〝バチィン‼︎〟


ファストボールはサンドバッグに直撃し、再び大きな破裂音が闘技場に木霊する。それを聞いた場内の人間は突然の事に驚くばかりで、音の発信源はおろか小さな彼の存在にすら気付く者はいなかった。


その時、彼の元へと歩み寄る一人の人物がいた。


「こんな所にいたのか……って、もしかしてお前、それやりたかったのか?それは、悪かった。とりあえず今は逃げよう。なんかスタッフさん達凄い慌ててるし……お前なんかしてない、よな?」


そういうとその人物はすぐさま彼を鷲掴みにし、会場を出ようとする。


ぷるぷるぷる。ぷるぷるぷる。


彼は抵抗した。主人の元を抜け出してやっと思いで文字通り渾身の力を込めた一撃をこの無抵抗な肉塊へと叩き付けたのだ。主人のようにそれの上部に出た数値を眺め、誇らしげにする時間くらい与えてくれても良いではないか、とでもいいたげな様子で。


「おい暴れるなってプチ男!早くしないと晩飯なくなっちゃうぞ?」


ぷるぷるぷる、ぷるぷるぷる……


彼の抵抗も虚しく一人と一匹の影は心地良さげな音を響かせながら小さくなり、やがては消えてしまった。


『500』と彼の繰り出した一撃への感想を述べる、サンドバッグを置き去りにして……

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