二話 登録をしよう

ジェリアの先導によって辿り着いたその場所で、俺はただひたすらに立ち尽くしていた。


「クボタさ〜ん!早くきてくださいよ〜!」

「まあ初めて見たらああなる気持ちも分かるわ。とりあえず受付だけ私達で済ませちゃいましょう、コルリス」


コルリスとジェリアの呆れたような声が聞こえたが、俺は目前にある『Fランク用の闘技場』なるものから目を離すことができなかった。


Gランクの闘技場は一言でいえば市営の体育館のような印象だった。しかしここは……まるでコロッセオのような見た目をしているのだ。


円形の建造物の壁面には無数にアーチ状の穴があり、天井部は開放されているので吹きさらし状態である。


少々無骨ともいえるこの闘技場だが、俺はむしろそれが良いと思う。『戦う者とそれを見物する者、両者は目の前の戦いだけに集中すれば良いのだ。余計な物など必要ないだろう?』とでもいいたげなこの造形は、まさしく男のロマンが詰まっているようにすら感じるからだ。


ちなみに、俺は本物のコロッセオは画像等でしか見たことがない。だからここで闘技場の壁面にもう一つ穴が空くくらい見つめていても罰は当たらないだろう。それどころか現地に行く旅費も浮いて一石二鳥だ。勿論、この世界にはイタリアは存在しないだろうが。


「まだ突っ立ってるんですか……ほら、早く行きますよ!」


俺の様子を見に戻ってきたコルリスがまたもや呆れ顔を作って俺の腕を引く。


「ゴメンゴメン、すぐ行くよ」


よくよく考えてみればこの先闘技場には大会の度に来る事になるのだ。その時にまたじっくりと見物すれば良い。


そう自分に言い聞かせ、俺は入口へと歩き出した。






剣士、魔術士と違い、魔物使いは魔物の身体測定も登録時に実施されるのだが……事件はそこで起こった。


ルーが体重計に乗ってくれない。全然乗ってくれない。無理に乗せようとすると嫌がる。


女の子だからという理由は分かるが、魔物にもそんな感情あるのだろうか?


「ちょ!二人も手伝ってよ!」


「すみませんクボタさん。こればっかりはちょっと…」

「そうよねぇ……」


俺はコルリスとジェリアに助けを求めたが、女性陣は非協力的な態度を崩さないでいる。


「んむぅ〜」


そうこうしているうちにルーがぐずり始めてしまった。それを見た周囲の人々は俺を攻めるように睨み付ける。いじめているように見えるのだろう……泣きたいのはこっちだ。


「あの……一人で乗るのが難しいようでしたら、その子と貴方のお二人で体重計に乗ってもらえませんか?」


そこに助け舟を出したのは数値を記録すべく俺達を待ち続けている会場のスタッフ的な女性だった。


それを聞いた俺は彼女の目論見に気付き、ややサイコパス的な発言に驚いたものの、ひとまずは頷いてみせた。


「ルー、俺も一緒に乗るからさ!それなら良いだろう?ね?」


…………コクリ


ルーはしばらく考えるような表情をした後、首を縦に振ってくれた。


そしてようやく彼女は俺と共に目盛りの付いた大きな鉄板の上に立った。ちなみに体重計の鉄板は大型の魔物も使用するので三畳程の大きさがあり、二人乗りは容易である。


「ふむふむ…155〇〇、と。それではトロールの子、降りて頂いて結構ですよ」(〇〇とは恐らくこの世界での体重の単位なのだろう)


「辛かったねルーちゃん、もう大丈夫よ……」

「アンタ……可哀想!」


ルーはすぐさま二人の元へと駆けて行き、コルリスとジェリアは彼女を大袈裟すぎるリアクションで迎える。まるで生き別れた姉妹が再会したかのような光景だ。しかし俺は『何やってんだコイツら』としか思わなかった。


「で?どのくらいでしたか?」


俺はスタッフ的な女性に尋ねる。ルーの体重が気にならないといえば嘘になるが……そういった邪な考えを起こして聞いたのではないぞ。俺自身の体重が知りたかっただけだ。


「90〇〇ですね。」


「えっ!そんなに!?」


俺は思わず自分の腹部に手を当てていた。単位はほぼ名称が違うだけ……つまり俺の体重は約90キロとなる。


(う〜ん、そこまで贅肉は無いんだけどなぁ……)


「ん?あぁ、貴方は65〇〇ですよ。90〇〇はあの子です」


「えぇ!?」


筋肉量が多いのは分かるがルーがそんなに重かったとは意外だった。体重を知られたくなかったのもこれなら理解できる。トロールだとしてもだ。


「でもトロールとしては小さな部類ですし。あの見た目から察するに筋肉の重さでしょうから恥ずかしがる必要は全く無いと思うんですけどね」


スタッフ的な女性は微笑みを浮かべて俺と似たような意見を述べた。フォローを入れておくべきだと判断したのだろう。


「それもそうですね」


「ええ。では次にそこのスライムを……ヒィィ‼︎」


突如、スタッフお姉さんの顔が強張る。間違い無く俺の背後から放たれている殺気によるものだろう。


そして……それは俺に向けられたものだ。


鉄板が光を反射させているせいで真後ろに立っているルーが俺にも見えてしまっているのだ。これもまた間違いはないと断言できよう。


ていうか怖い、怖過ぎる。背後を取られている事よりも無表情なのが怖い。その重圧はまるで大型の魔物のようだ。


推測だが彼女はこういいたいのだろう?『聞いたのか……?私の体重を……』と。


俺はその瞬間死を覚悟したが、スタッフお姉さんの持っていた肉のお陰でルーの機嫌は一瞬にして直り、一命は取り留めた。


なんでも会場にいるスタッフは魔物が何らかの理由により手が付けられなくなった場合にそれを落ち着かせるため餌を常備しているのだそうだ。


これを聞いた俺は次からは自分もそうしよう、と心に誓った。

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