二十八話 闖入者(知り合い)

ご機嫌如何かしら?


……やっぱり返事はいらないわ、だって私忙しいんだもの。


あぁ!クボタさんのお家が見えてきたわ!やっと!やっとよ!やっと会えるわ!プチ男様……それと新人君にね!


だけど……


「うっ……」


ダメ、もう足が動かないわ。

昨日お父様に連れて行かれた社交界のせいかしら?きっとそうね、とても疲れたもの……


はぁ、あんな所もううんざり。正直前日にクボタさん達とやった食事会の方が何倍も楽しかったわ。それよりもっと楽しいのはプチ男様達と……フフフフフ


そうよ!あそこにはプチ男様と新人君がいるのよ!こんな所で挫けてなんかいられないわ!


お願い!動いて私の足!もう少しだから頑張って!私をあの丸みを帯びた艶やかなお二人の元へと運んで頂戴!


こうして、私は生まれたばかりのユニタウルスにも同類だと思われそうな足取りだったけれど、それでも確実に前進を続けてなんとかクボタさんのお家まで辿り着いたの。


それで玄関の方に回ると、クボタさんとルーが鍛錬をしているのが見えたわ。


でも挨拶する時間が惜しいと思った私は、ひとまず家の裏手に移動した……え?酷いですって?仕方ないじゃない。あの日の夜からずっと新人君の事が気になって……あ、勿論プチ男様の事もだけど。


だからお二人に会いたくて、会いたくて……本当はすぐに追いかけたかったけど社交界があるし……


とにかく仕方なかったのよ。私どうにかなりそうだったんだから……むしろ酷いのは貴方の方よ!帰り際にあんな真似して、止まれっていっても聞かないし。


ふうん、そこは素直に謝るのね。なら許してあげない事もないわ。


ええと、どこまで話したかしら……?

そうそう、裏手に移動した私はそこでお洗濯してるコルリスと、その脇にいる〝アレ〟を見つけたのよ。


私、すぐに〝アレ〟を抱きしめたわ。その時コルリスが飛び出してきた私に驚いて悲鳴を上げてたけどそんな事気にもならなかった。


その後、自身が大きな間違いを犯した事に気付いてからはよく覚えてないわ。目が覚めたらココにいたの。今思えばちゃんと確認してから抱きつくべきだったわね……いくら大きさが似ていたといっても色は全然違ったもの……


なっ!笑わないでよ!貴方は平気かもしれないけど、私はああいうぶよぶよした生き物は苦手なのよ!


え?スライム?スライムはいいのよ、スライムは。






以上が不法侵入、及び現在我が家で保護、治療中であるアートード親子のうち子供にわいせつな行為を行った犯人、ジェリアの供述である。


簡単な話プチ男とケロ太に会いにきたジェリアがそれらと誤認して子ガエルに抱きつき、不幸にもその手の魔物が苦手だったらしく勝手に気絶したのだ。


そんな彼女は騒ぎを聞きつけた俺とルーによってコルリスの寝床へと運ばれたが、その後すぐに目を覚ましたので俺が取調べている最中である。


しかし彼女がスライム好き過ぎっ娘とはいえそれのせいで神経衰弱まがいの症状まで起こすとは思わなかった……


社交界がどうのといっていたが恐らくそれは一切関係なく、ジェリアが悩まされていた謎の疲労感はあの時見せたケロ太のカエルモードが気になり過ぎたために発生したのだろう。前回の作戦、彼女には少々刺激が強かったのかも知れない。


「もういいでしょ?プチ男様か新人君を連れてきてくれないかしら?」


そう思いかけていた俺だったが、やたらと図々しい侵入者の発言を聞いてすんでの所で考えを改めた。やっぱり俺は悪くない。


「今日は全員で練習するって決めてるからそれはできないな。代わりにこの子はどうだい?慣れると結構カワイイよ」


俺は足元にいた子ガエルを抱き上げた。コイツはあの一件で俺達が気に入ったらしく、常に誰かの側にいるのだ。


「い……嫌よ!」


「こんなにカワイイのに……まあいいや、じゃあ俺は練習に戻るからね。ジェリアちゃんは元気になるまでそこで休んでて良いよ」


「ちょ!ちょっと!コレ置いてかないでよ!」


「その子、誰かの側を離れようとしないから危なっかしくてさ、見といてあげてよ」


「いや本当に……い、イヤー!」


俺は飛び掛かった子ガエルと叫ぶジェリアを尻目に、そっと扉を閉じた。どうやらまたやり過ぎてしまった……かも知れない。


しかし彼女がここまで怯えるのは珍しく、その反応がまた見たくなってしまったのだ。それに子ガエルはジェリアの抱擁を好意的に受け止めたらしく、なんとなくだが仲良くなりたそうに見えたので二人きりにさせてもらった。どうか許してくれ、でも悪いとは思っていない。






俺、ルー、プチ男、ケロ太の4名はトレーニングに勤しみ、気付けば約3時間もの時が経過していた。


皆技術の向上がはっきりと見て取れる。ついでにいうと俺も7割くらいの力を出したルーの攻撃を喰らっても1.5メートルくらいしか吹っ飛ばされないようになった。やはり俺も『魔物(仮)』だから成長しているのだろうか?


「クボタさ〜ん!ご飯にしましょ〜!」


「すぐ行くよ!よし、じゃあ今日はここまでにしようか!」


コルリスの声を聞き、俺は皆に向けて練習の終わりを告げる。


これで最終調整は終わりだ。後は明日の決勝戦に向けて身体を休めるとしよう。


……あ!ジェリアの事を完全に忘れていた。また気絶してたらどうしよう。メシの前に様子を見に行くとするか。


「遅かったじゃない、待ちくたびれたわよ」


コルリスの寝床に我が物顔で寝そべっていたジェリアは、意外にも穏やかな雰囲気をその身に纏っていた。


「あぁ、おまたせ。さっきはその……悪かったね。その代わりってワケじゃないけど食事が終わったらプチ男とケロ太に頼んでここにしばらくいてもらうからさ、でも明日早いからあんまりいじくり回しちゃダメだよ?」


「ええ、お願いするわ……それと、私も食べて良い?」


「勿論だよ、コルリスも喜ぶだろうし。そうだジェリアちゃん!明日の試合良かったら見に来てくれないかな?詳しくはいえないけど……とりあえず、見て欲しいんだ」


「フフ、分かりやすいわね……なんでもないわ。どの道観戦させてもらう予定だったから勿論行くわよ。頑張りなさいね」


あれ?何か今のジェリアちゃん凄い優しいというか、穏やかだな?さっきとは大違いだ。


そう思った俺が先程からひっきりなしに動かされている彼女の手元を覗き込んでみると、そこには何と、子ガエルがいた。


「え!?ジェリアちゃん!?」


「コレ……なかなか……イイわね」


ジェリアが子ガエルの顔のお肉をぷにぷにと摘んでいる。しかも坊やはされるがまま、放置していた間に随分と仲良くなったものだ。


「……でしょ?最高だよね!」


こうしてジェリアと俺はコルリスがなかなか戻って来ない俺を呼びにくるまでの間、子ガエルの顔肉を堪能した。






食事の時も、コルリスと部屋で談笑している時も、プチ男とケロ太を連れてきた俺が会話に加わった時も、あまつさえケロ太がカエルモードになった時ですらも、彼女と子ガエルは共にいた。


何かの合間にぷにぷにと肉を摘む彼女の横顔は、少なくとも当分の間再び曇るような事はないだろう。そう確信できる横顔だった。


最後に余談ではあるが、俺はこの時自分が最適解を選択したのだと知った。ジェリアが心に平穏を取り戻し、過度に興奮する事もなくカエルモードのケロ太やプチ男と触れ合えているのは子ガエルの存在が大きいというのは明白なのだから。


あともう一ついいたい事があるとすれば、今日は平和すぎたなぁ……とかそれくらいだ。


まあ決勝前日、もとい『嵐の前の静けさ』という胃の痛みを気にしながら過ごすはずのものを謳歌できたのだから文句はない。

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