十九話 動く水晶
「マジでいた…」
UMA的扱いである『全身が水晶のようなカエル』これは実在する生物だった。目の前にいるそれとしか思えない奴が何よりの証拠である。
体は半透明で思っていたよりも大きい。プチ男と似たようなサイズだろう。
そしてこのカエルもまたプチ男に向けて威嚇をしているようだ。背中に生えた突起物が激しく伸縮している…UMAに常識が通用するとは思えないが、こいつの体の構造はどうなっているんだろうか?
バチン!
どうやら俺の頼れる相棒はゆっくり観察もさせてくれないらしい。プチ男がカエルに体当たりを繰り出し、二匹はもつれながら奥の林へと転がっていった。
「お、おい!いきなり何やってんだよ!」
俺も仕方なく草木をかき分けプチ男の元へと急いだ。
争っている二匹の姿はすぐに見つかった。カエルはプチ男と同じく伸び縮みする肉体を武器にする戦闘スタイルらしくうねうねしててイマイチ戦況が分からないが、どちらかといえばプチ男が優勢のようだ。
すると、自分が不利と察したのかカエルはプチ男を蹴り飛ばし、その反動で自らを宙に浮かせて一本の木に張り付いた。
第一ラウンド終了といった所か…そこからはまた威嚇の応酬が始まった。
「なあ…なんでお前らそんなに殺意剥き出しなんだ?」
詳しい説明が返ってこない事など充分理解している。しかしこいつらを見たらそう問わずにはいられない、プチ男は結構早くから臨戦態勢だったし、カエルも予想外に攻撃的だし…一体何が彼等をここまで突き動かしているのかが全然分からない。
…と、ここで唐突にも威嚇合戦が幕を閉じ、なんとカエルが俺の胸に飛び込んできた。
「え、え!?なんで?」
さっきの威勢はどこへやら、俺にしがみついたカエルは縮こまっている。更にプチ男まで似たような感じだ。
とにかく、この様子では両者共にこれ以上争う気はないと見える。
そう思いほっとしたのもつかの間、ようやく俺は目の前で発生していたらしい異変に気付いた。
そりゃそうだ。誰だって自分が張り付いてた木の陰からギガントトロールが出てきたら、敵だった相手だろうと飛び付きたくもなるさ。
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ」
俺はプチ男とカエルを抱えて力の限り走っていた。巨人から逃げるために。
ギガントトロールは以前戦った奴よりも小柄ではあるが俺達にとって脅威なのは全く変わりがない。
遭遇したのが雑木林の中で本当に助かった。こちらからしてみれば一直線の獣道でも巨人にとっては障害物競争をしているようなものだ。これならどうにか逃げ切れるかもしれない。
その上俺の両脇に挟み込まれている二人組は自走こそしてくれないものの意外と役に立っている。こいつらが緊張して硬くなったり柔らかくなったりする度合いで背後を振り返らずともなんとなくギガントトロールとの距離が把握できるのだ。
まあ、正直センサーなんてやらなくていいから降りてもらいたいのだが…俺がコケたら全滅するぞ。
「あの〜、クボタさん。こんな所で何やってるんですか?まあとりあえずアレから逃げてるのは分かりますが。」
不意に声をかけられ一瞬思考が停止した。別に何て答えようかと悩んで停止したワケではない。男の声なのだ。よってコルリスとジェリアが俺の叫びを聞いて助けにきたという可能性はなくなる。
俺を知っていて男性で、それもこんな所までこれるような奴は一人しかいない。自称神様だ。
「ハァ、ハァ、ハァ、何だお前か……ハァ、ハァ」
「な…!なんて嫌そうな言い方するんですか!」
当たり前だ。お前は似たような事があった時、安全圏から呑気に話しかけてただけだったじゃないか。今現れてもこれっぽっちも嬉しくない。
「どうせ前の事を思い出して『こんなやついてもしょうがない』って心の中でバカにしてるんでしょう?」
すまん、大正解だ。返事してる場合じゃないから本人にはいわないけど。
「でも今回は助ける事ができると思いますよ!ついてきて下さい!」
「ハァ、ハァ……マジ?」
「マジです!」
そういうと自称神様は速度を上げ、まるで信号のようにチカチカと瞬いて俺の誘導を開始した。
しかし、木々の間をひょいひょいとすり抜けて進むのでどうにも走りづらい。絶対コイツ俺が二足歩行だって事を考慮してないだろ…
センサー達も硬くなってきた。ギガントトロールに距離を縮められてしまっている。
「ここまでくれば大丈夫ですよ!クボタさん早く早く!」
「…よし」
俺は自称神様のいる辺り目掛けてカエルとプチ男をぶん投げ、自由になった両腕を千切れんばかりに振りながら走ってなんとか皆のいる場所へとたどり着いた。
…ところがそこは木々の生えていない、林の中にあるただの空き地だった。これではギガントトロールが動きやすくなってしまう。
しかもそのギガントトロールは引き返そうとする気配もなく、普通に神様のいう安全地帯へと踏み込もうとしている。
「お前まさか…裏切ったのか…?」
「僕って本当に信用ないんですね…まあ見てて下さいよ」
そんな事いわれなくてもカムラ地方最強の生物が手の届く距離にまで迫っているのだ。見たくなくても目が離せるワケがない。
「もし死んだら覚えとけよ…」
「クボタさんは一応、もう死んでますよ」
クソッ!この野郎飛べるからって余裕かましやがって!
そして、とうとうギガントトロールが目の前で仁王立ちとなり、疲れ果てた俺は座りこんでいるにも関わらず矢面には立たされているという言葉にするとよく分からなくなる構図が完成してしまった。
本当に助かるんだろうな………………
………………攻撃がこない。俺は限界まで仰け反り、沈黙する緑の壁を見上げた。
ギガントトロールは俺達の頭上の先に視線を向け、『マズい…』とでもいいたげな表情をしている。マズいモノを食べた顔じゃなくて何かマズそうな…得体の知れない何かを見つけたような顔だ。
彼はしばらくそうしていた後、何と仕留める寸前まで追い詰めた獲物を放り出して雑木林へと戻って行ってしまった。
「これは…どういう事なの?」
「クボタさん、アレが見えますか?」
こいつに指はないが、何となく後方を指されている気がしたので俺は後ろを振り返った。
するとそこには天辺が龍の顔のような形をしている、奇妙で大きな岩があった。
「アレはカムラ地方最果ての目印であり、この地方の守り神が岩になった姿とされている物です。そしてこの辺りは魔力に満ち溢れていて魔物にとっても神聖な場所…ここで暴れるような魔物はまずいないでしょう」
「凄い岩なんだな。もしかして君がここにいたのって…」
「そうです。僕はここに用があったんです。でもクボタさん、たまたまとはいえ僕と出会えて本当に良かったですねぇ」
「まあね、助かったよ…さっきは酷い事いって悪かったね」
「大丈夫ですよ…あの、良ければ帰り道も案内しましょうか?変な道を通っちゃうとまた魔物に見つかるかも知れませんし」
「う〜ん、そうだね、頼むよ」
「分かりました!…ところでそのスライム、新しく仲間にしたんですか?」
「え?どれ?」
妙な事をいう奴だ。俺が抱えていたのはUMAガエルであってスライムでは…あれ?
カエルの様子がおかしい。恐怖から解放され疲労を覚えたのか地面にへたりこんでいるそれは、何だか形が崩れている気がする。
そしてそのまま見ているとカエルは段々と丸みを帯び始め…
プチスライムと瓜二つの姿となった。
「ほらね。にしてもクボタさん、スライム好きですねぇ〜」
「ち、違…ええぇ!?」
その後、自称神様の案内でジェリア班と合流できた俺は元UMAガエルであるスライムを二人に見せたのだが…ジェリアのみ多少興奮していたものの、これがお目当てのモノだとは全く信じてもらえず、こいつは俺が預かる事となった。
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