第26話 二重詠唱
テオとマーヤは息をひそめて、木の陰からそっと対象物を確認する。
かなり広い範囲でブルータル・ビーが目撃されていることから、巨大な巣、もしくは複数の巣がこの近辺にあると予想されていた。
しかし、それでも予想外と言わざるを得ない。
今二人の視線の先にあるのは、見上げるほどの大きさがあるブルータル・ビーの超巨大な巣。
大きすぎてその全貌を見ることはできない。
テオはブルータル・ビーの兵隊蜂に悟られないように小声で話す。
「……これは予想外ですね。こんな大きさの巣は噂でも聞いたことが無い」
テオの言葉にマーヤも頷く。
「そりゃあそうだろうさ。気配が殺せるアタシたちならともかく、一般人がこの近辺に近づけばすぐに先兵の蜂が迎撃に向かうだろうからな……誰もこんな近くまで近寄れねえよ」
チラリと巣に視線を送るマーヤ。そしてテオに尋ねる。
「ここからいけるかい?」
「魔術の祖たる地・水・風・火の四大精霊の中で、基本的に攻撃魔術というものは火の精霊の力を使います。それが使えないとなると……手はありますが、私自身もやったことがない手法ですね」
原理的に可能ではある……しかしそれはテオ自身も試したことが無い、まさに机上の空論というべき手段。
しかし、マーヤは満足そうにうなずいた。
「何事にも初めてってのはあるもんさ。アンタにとっちゃあ、それが今ってことだろう?」
「……やれやれ、失敗しても知りませんよ?」
そんな話をしていると、ブゥゥウゥンという大きな羽音が聞こえた。
バッと振り返ると、巣からどんどん出てくるブルータル・ビーたち。どうやら何らかのタイミングで二人の存在がバレたらしく、まっすぐ二人に向かって飛んでくる。
その数およそ数百。
その一匹一匹が一撃で相手を行動不能にさせる痺れ毒を持つ蜂の群れ。
二人はサッとアイコンタクトを取ると、すぐに行動を始める。
「”天真爛漫なる風の精霊シルフィよ”」
「”踊れ、舞台は整った”」
「”ストーム”」
風の中級魔術”ストーム”
この魔術自体に殺傷能力は無いが、強力な風が瞬間的に吹き荒れ、”空を飛ぶものの移動を制限することができる”
空を飛ぶブルータル・ビーが突風に吹かれ、術者の狙い通り一か所にまとめられる。
「今ですマーヤ!」
テオの合図とともに走り出すマーヤ。
愛用のバトルアックスを構え、一か所に固まっているブルータル・ビーに向かって連撃を浴びせる。
バラバラにされて、力なく地に落ちるブルータル・ビーの死骸。
しかし安堵はしていられない。
すでに第二陣が巣から飛び立つ準備を始めていた。
「いけるか?」
マーヤの問いに、テオは頷く。
ずっと考えていた。
魔術とは、地・水・風・火の四大精霊と交信し、超上の力を扱う技術。
火を起こし
風を吹かせ
地を動かし
水で押し流す
魔術の研究とは、その四属性をどう効果的に扱うかの研究に過ぎない。
……本当にそうだろうか?
自分の傾倒する魔術の深淵が、そんなにも不自由なもので良いのだろうか?
所詮人間なんて非力な種族。精霊にできない領域に、魔術師は踏み込むことができない……。
ならば、複数の精霊と交信し、一つの術をなすことは可能だろうか?
テオはニヤリとほほ笑む。
ここから先はテオも知らない未知の領域。世界最高の魔術師である彼が知らないという事は、即ち前人未踏の高み。
ゆっくりと息を吸い込み、詠唱を始める。
「”天真爛漫なる風の精霊シルフィよ”」
「”可憐にして妖艶なる乙女、ウィンディーネ”」
「”踊れ、舞台は整った”」
「”流麗なるその姿をお見せください”」
風と水の二重詠唱。
そして魔術は完成する。
「”フリーズ”」
前方に展開されるは極冷の突風。
触るものすべてを凍てつかせる死の風。
それは見上げるほど巨大なブルータル・ビーの巣を丸ごと飲み込んで……。
「風と水を融合させた氷結属性の二重魔術……魔力の消費が激しいですね、フラフラです。改良の余地がありますね」
すべてを凍り付かせたテオが、疲れ切った顔でつぶやく。
そんな彼の背中を、マーヤはその大きな手で嬉しそうにたたいた。
「すげぇじゃねえかテオ!こんな魔法見たことねえ……今なら一人で魔王を倒せるんじゃねえか?」
「そんなわけないでしょう……ですが、ありがとうございます。やはり新たな魔術の完成は嬉しいものですね」
凍ってじゃりじゃりと音を立てる地面を進んで、二人は巣の前にやってきた。
マーヤはその巨大な巣に手を当てて、表情を綻ばせる。
「さて、飯の時間だな!!」
◇
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