第21話 深紅の革鎧

 本当は酒だけ飲んですぐに旅立つつもりだったが、ロッシーがマーヤのために装備を作ってくれるという事で、マーヤはしばらくドワーフの集落に滞在している。


 ロッシーが火山竜の素材をもって鍛冶場にこもってから早数週間、マーヤは集落のドワーフたちとすっかり打ち解けていた。


 とくにやることも無いマーヤは、宿屋で目覚めるとすぐに酒場に向かう。


 滞在している間に、少しでも多くドワーフの火酒を飲んでおこうという魂胆だ。


 すっかり行きなれた酒場のドアを開けると、立派な髭を蓄えた店主が迎えてくれる。


「おはようさんマーヤ。全く、酒好きのドワーフでも朝から酒場に入り浸るやつは稀だぞ?」


「おはよう!わざわざ朝から店を開けてもらって悪いね……旅立つ前にしっかり酒を味わいたくてな」


 雑談をしながら席に着くマーヤ。店主は火酒の入った瓶とガラス製のコップをマーヤの前に置く。


 マーヤは嬉しそうに表情を綻ばせ、店主に礼を言うと、さっそく瓶から酒をコップに注ぐ。


「何か喰うかい?」


 店主の問いに、マーヤは間髪入れず「お任せで!適当に頼むよ」と返答。店主はやれやれと肩をすくめると厨房へと引っ込んでいった。


 しばらくこの酒場に通っているが(小さな集落で、酒場はここしかない)、店主の作る料理はどれもうまい。


 朝の涼しい時間帯。客はマーヤだけ。店内はいやに静かだ。


 夕方になれば仕事を終えた炭鉱夫たちがこぞって酒場にやってくる。


 それはそれで騒がしくて好きなのだが、この静かな朝の時間が、たまらなく贅沢に感じられた。


 酒が並々注がれたコップに口をつける。


 すっかり口に馴染んだ火酒の香り。強烈な酒精で目が覚めてくる。


 チビチビと酒を飲んでいると、店主が料理を持ってやってきた。


 深皿に盛られたその料理は、ドワーフの伝統料理らしい(名前は忘れてしまった)。


 たっぷりの豆とトカゲの肉をスパイスで和え、弱火でじっくりと火を通したもの。


「うまそうだな!これ、なんて料理だっけ?」


 店主が料理名を告げるが、共通の大陸言語ではなく、ドワーフ特有の言語なのだろう。うまく聞き取れなかった。


 そんなマーヤに気が付いたのか、今度は大陸言語での呼び名を紹介してくれる。


「タージーだ……確か大陸言語ではそう発音したはず……まあ、名前はどうでもいい、たんとあがりな」


 備え付けのスプーンで均等に切り分けられたトカゲの肉と、豆をすくって一緒に口に運ぶ。


 強めに効かせたスパイスと塩の味。しっかり噛みしめると、やさしい豆の風味とトカゲのうま味が口内に広がる。


 すかさず火酒を一口。


 口の油を、爽やかな酒が洗い流す。


 どちらもドワーフが作ったものだからか、非常に相性の良い組み合わせだ。


 マーヤが深くうなずきながら食事を楽しんでいると、酒場の扉が勢いよく開かれた。


「ここにいたか!探したぞマーヤ!」


 やってきたのはロッシー。


 しばらく鍛冶場にこもっていたためか、体は薄汚れ、目がギラギラと血走っている。背には大きな袋を背負っていた。


「”探した”ってことは、できたのかい?」


 マーヤが尋ねると、ロッシーはマーヤの隣にどっかりと腰を下ろし、背負っていた袋を机の上に置いた。


「見てみろ!ワシの最高傑作だ」


 言われるがまま、袋の口を開ける。


 中に入っていたものを見て、マーヤは息をのんだ。


 それは美しい革鎧だった。


 アタタカの全身を覆っていた体毛は綺麗に除去されている。


 戦っているときは、その体毛で気が付かなかったが、アタタカの皮膚は綺麗な深紅だった。


 丁寧に鞣された深紅の革鎧。溶岩にも耐えるアタタカの素材で作られたソレは、見た目の美しさのみならず、耐久性も折り紙付きだろう。


 その隣にはアタタカの爪で作られた短刀が一振り。柄の部分には、革鎧と同じ色のルビーがはめ込まれていた。


 武具というより芸術品のようにも見えるその美しさ。マーヤは恐る恐るといった風にロッシーに問いかけた。


「……これ、本当にもらっていいのか?」


「ガハハハッ!何を気にしている?こいつを仕留めたのはアンタだろう!遠慮なくもらってやってくれ」


 そう言ってロッシーは店主に酒を注文すると、マーヤと一緒に酒盛りを始める。


 しばらく他愛のない話をしたあと、ロッシーはマーヤに向かって深々と頭を下げた。


「ありがとうマーヤ。火山竜アタタカの討伐は……ドワーフにとっては、アンタが思っている以上に意味のあることなんだ。感謝してもしきれない……アンタはすぐに旅立つだろうが、何かあれば俺たちを頼ってくれ。ワシらはいつでもアンタを歓迎する」


「……あぁ、そうさせてもらうよ。うまい酒もあることだしな」


 そして二人は、酒の入ったコップを静かに鳴らして乾杯したのだった




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