第3話 元おじさん、就職する。
「私にとってあの人は、ヒーローなんですよ。」
随分と斜め上の回答が来た。
「ヒーローって?」
「心が追い詰められていた私に、とある言葉を授けてくれたんです。」
ああ、凄く覚えている。何せ昨日のことだからな。
「その言葉のお陰で、私はまた頑張ろうと思えたんです。」
俺は、その時の彼女の変化を見逃さなかった。
あの表情は、人生に絶望した人の顔だ……。人生50年も生きていれば、何度も見る表情だ。
「なぁ篠山さん。あんた、これからどうするつもりだ?」
……お嬢ちゃんが、こうなってしまったのは俺のせいだ。俺に責任がある以上、放っておけない。
「篠山さんは、ライムライトって映画を観たことある?」
「……いえ。」
俺はお嬢ちゃんに、またも覚えている数少ないセリフを伝えた。
「『何も失われていない。少々変わるだけだ。』
君の恩人も、そう思っているんじゃないか?」
そうえば、ライムライトのストーリーも、自殺しようとするバレリーナを止めるってストーリーだっけか。
そして、この言葉を聞いてか、篠山さんは少しずつ、涙を流した。
「志田さん……私ね……嬉しかったんだ。VTuberになるために上京してきて、念願のVTuberになれたけど、失敗ばっかりで……。」
VTuberが何なのかは分からないが、彼女は相当追い詰められていたのだろう。
通りかかる人達が、こちらをチラ見してくるが、今の俺には関係ない。
「……なのに、私の……目の前で……」
目の前で人が死んだんだ。そりゃ、辛いよな。
でもなお嬢ちゃん、コケても許される若いうちに、立ち直り方を学ぶものだよ。
「……あの、志田さん……もし、良かった……私のマネージャーに……なってくれませんか?」
え? 俺、VTuberとか一切知らないよ? 中身ただの機械音痴のおっさんだよ? 絶対後悔するよ?
「え、いや、あの〜え〜っと……。」
「お願いします! 私、今のままだと不安で不安で!」
……いやまぁ、こうなったのは俺のせいだし......。
どうせまた次の就職先を探さないとだし......。
「志田さん……。」
……はぁ、仕方ない。
「わかったよ……。なるよ、マネージャー。」
そう言った途端、急に笑顔になる篠山さん。
「ほんと?! 」
ほんとも何も、お嬢ちゃんが一人で生きていけるようになるまではサポートしよう。
「……志田さん、私、もう少し頑張ってみます。」
考え直してくれたようで良かった。
でも、マネージャーなんて勝手に決めていいのか?
「志田さん、この後、時間ありますか? 事務所に紹介したいので……。」
まさか、この年齢になって就活することなんてなるなんてな。しかし問題ない。営業課30年の大ベテランの力、魅せてやるよ。
「それじゃあ、早速事務所に行きましょうか。」
俺と篠山さんは、アリストレアVに向かった。
相変わらず凄いビルだな。今まで営業でいくつもの会社に訪ねたが、ここまでデカい建物は初めてだ。
「志田さん? どうしたの?」
おっと、あまりに凄すぎて固まってしまった。
「志田さん、こっちです。」
俺は篠山さんに案内されるがままエレベーターに乗り、ビルの上階まで上がって行った。
「ここが社長室です。頑張ってください、志田さん。」
え、待っていきなり社長室なの?
しかしもうここまで来てしまったのだ。あとは面接をクリアするしかない。
俺は自分の50年間を信じてその扉にノックをした。
「失礼します。」
社長室の中は、思っていたのとは違った。
部屋の広さはごく普通で、中に入るとアニメや漫画のポスターが沢山貼ってあり、部屋の真ん中に机と三枚のモニターがあった。
「ん? 誰だ?」
奥から女性の声がした。
そして奥から歩いてきたのは、上下スウェットで、カチューシャで前髪を全てあげて、メガネをかけた女性だ。
「社長、この人が志田さんです。」
「ああ、さっき受付の子から連絡があったよ。君が志田 恭一郎くんだね。」
いや早速名前間違えてるがな……。
それに多分、この人俺より歳下だよね。
「社長、志田 響也さんです。」
「ん? あ〜そうだっけ。」
なんだ、ものすごく不安だ……。
「まぁまぁ、私は荒川 香苗。このアリストレアVの社長をしている。よろしくな、恭平くん。 」
「いやだから響也です。」
というか、こんなに緩くていいの? ここ、会社だよね。
「京太郎くん、私は社員の気持ちを第一に考えているんだ。私が信じた彼女が信じたのなら、私も信じるしかないよ。」
この人、適当なのかしっかりしているのか……。
というか、俺の面接これで終了? 俺の30年の積み重ね一切必要なかったじゃん。
「期待しているよ、響也君。」
「いやだから俺の名前は……あってるな。」
やっぱりこの人、よく分からんな。
とりあえず、俺はアリストレアVに再就職した。
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