新入り 2 カモにされてる、かもね

 しかしこの強い小千万さんにもやたら弱いことがありまして、まるでか弱い高齢者が悪徳商法にでも引っかかるように呉服屋さんに騙され、いえ、まるめこまれ、いえ、計られ、あ~っと早い話が買わされて、カモになってしまっているんです。


 そうそう、彼も入会した時にはその呉服屋で、皆と揃いの着物を買ったんですよ、安いポリエステル製の、確か薄紫のでしたっけ。ですからわれら落研のユニフォームは購入済なんですけれど、気の毒ったらありません。ああ、その時が今日の、彼の運のつきというものだったのでしょうねぇ。 そうか、そうして「涙(なだ)そうそう和装物語」が始まったのでありましたか。



 それからというもの、働くことをいとわない彼はシルバー人材センターで懸命に働き、呉服屋さんにのせられては、何着と着物を買い続けているのでございます。よくこぼしていますよぉ、本当に。 その様子をビデオテープで再生しますとこうなります、では。

 「都築さん、この頃では噺が相当うまくなられたったって聞いてますよ」

 「いやぁ、それほどのもんじゃぁありませんよ」

  

 最初はこんな会話から始まって、ほんのちょいと反物を見せて貰っていただけのことが、騙され、いえ、まるめこまれ。いや、あっそうそう、広原さんの知り合いですから、きっと広原さんが呉服屋さんをそそのかしたんでしょう、カモにねぎを背負わせて隣町まで強制連行した広原さんのせいで、この悲劇が始まったと、仲間内ではもっぱらの噂でして。



 その手口があっぱれなんだ、とカモがしきりと鳴いて言うのです。

まず数点の反物のうち一反を手前から向こう側へスルスルスルーっと転がし、「どうです」と一言。続いて二反目をスルスルスルーーっと転がし「これなんかも」と。そして三反目も又しかりで「いかがですか」と甘く囁くような声に、ニッコリの微笑みも忘れません。


 そしていよいよ四反目にかかると、ちょいと今までよりも値のはるものをスルスルスルーーっとどこまでも転がし。さぁこれがまたアアタ(あなた、の意です)、素人目にも素晴らしい、ときたもんだ。

 

 「どうです、これ位のもの、師匠には宜しいんじゃないですか」

 「いや、師匠だなんて。そりゃぁあたしにだって、いいのはわかりますよ。でもおあしが、ねぇ」

 「そんなことは二の次ですよ。これでしょう、やっぱり。これほんと高いんですよ。四十万からするものなんで・・」

 「ひゃぁー四十万!? と、とてもとても、あたしには」

 「だったらお安くしときますよ。どうです、十八万で」

 「四十万が十八万にぃ? 随分まけてくれるんだねぇ」

 「はい、広ちゃんの紹介ですもの、ねぇあなた」


 と、ここで奥さんまでもが加勢して、カモ猟に精をだすのであります。

 「よし、今まで働いてきた自分への褒美だ。買おう、買ってやろうじゃねぇか」

 「それはどうもありがとうございます。ところで、おび・の・方・は・・・」

 「えっ、帯?」

 「そうですよ、これ位のものにはそれ相応のものを、ねぇ。あっいけません、いけません、それはあなた、ちゃっちいですよ、やっぱりこれ位は欲しいですねぇ」


 「そうねぇ。 ねぇあなた、これがいいんじゃありません、これ勉強して差し上げたら」

 お~っと女猟師が狙いを定めて打ち込んだぁ。ズッドーーンッ!!

 「じゃ、これ十四万を大勉強で七万に」

 「ねぇ、女将さん。あたし、残りの人生を落語にかけているからいいんだけどさ、何しろわずかなバイト代からの支払いだから分割でお願いした」

 「ええ、もう、わかっておりますよ」

 「無理ない額でたの・・」

 「ある時にはもっと払ってもいいん・・」

 「どうぞどうぞ、遠慮なく、広ちゃんにも言われてますから大丈夫」

 「支払いは来月からでおね・・」

 「まぁ、そんなかたいことを・・」



 そんな具合で後日も「めおと猟師」の追撃がとどめを刺しに。

 「小千万さん、ところで雪駄はありますか。いえね、そんな安物じゃぁなくって。あの着物に似合うような。うちにいいのが入りましたから今夜にでも」

 「ところで、あの着物に、羽織はどうしましょうか、ねえええ・え・え」

 と、次から次へとお買い物の罠、いえお誘いが。 カモ曰く、「この夫婦の絶妙なる話術はあの『大介・花子」に匹敵する也」と。  恐るべし名コンビ!



 そう言えば今まで何着か披露された着物がありましたが、そうですか、そんな災難があったのですか餌食さん、いえ小千万さん。 えっ、あった、ではなく今も継続中で最新作は真夏用の絽の着物ですって。 そうですかぁ、やっと分割が終わる頃になると次のはどうかと進められて、まだまだカモから人間に戻れないと?いいじゃぁないですか、童話ならいつかは美しい白鳥に変身するではありませんか、その日を夢見て・・あ、そうか、あれはカモではなくってアヒルでしたっけ。


 でも、悪徳呉服屋にかもられた、なんて言いながら、小千万さんったら。本当は結構それなりに楽しんでいるのではありませんか、旦那ぁ。「正解!」でしょ?かも、ねっ。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る