第16話 悪役には嫌いなものがあるようです

 ──『戦場のスラヴァ』データベースNo.26 


 『エーテル計画』は、第二次ヴラス帝国がまだヴラス帝国と呼ばれていた10年前に立ち上がったプロジェクトである。

 

 1.『竜の遺骸』が産む莫大な破壊力をエネルギーに変換し、これまでエネルギー源として利用してきた魔石よりはるかに高効率な『エーテル』を生み出す。


 2.計画で使用される『竜の遺骸』は特殊な魔石で建造された堅牢な隔離設備『竜の檻』で保管されるため、汚染物質が外部に漏れる心配はない。


 3.老朽化した『竜の遺骸』をリサイクルし、平和利用する理想的な計画である。


 早速多くの資金と人員が投入され、最初の『竜の檻』がスラヴァ自治国リビチョブに建造された。

 

 スラヴァ自治国。

 

 すなわち、当時ヴラス帝国に支配下されていたスラヴァ王国領内にである。





 計画は破滅的な結果を生んだ。


 内部で起動した『竜の遺骸』、通称『ヒューマンジー』と呼ばれた個体は暴走し、『竜の檻』を破壊。


 遺骸は周囲の生物を取り込んで朽ちた肉体を復活させんとし、その過程で大量の汚染物質が周辺地域にばら撒かれた。


 事態が収拾を見たのは96時間後。


 スラヴァ自治国側の技術者チームを率いていたヴーク・クリスが自らの命を犠牲に発動した地属性魔法、『石の棺』で『竜の遺骸』を封印。


 なんとかスラヴァ自治区全土の汚染を防いだものの、大量の犠牲者が出たリビチョブは放棄せざるを得なくなった。


 その後、ほどなくして経済の行き詰まりによりヴラス帝国は崩壊し、第二次ヴラス帝国として再編。  

 スラヴァ自治国も独立してスラヴァ王国となった。


 だが、リビチョブの件はヴラス帝国崩壊に伴う混乱によってうやむやにされ、事故の原因が突き止められぬまま調査は打ち切り。 


 死傷者の数も両国で食い違っており、関連死などの正確な統計は未だ出ていない。




 『竜の遺骸』が放つ汚染物質『腐素』に汚染された『腐染獣ふせんじゅう』が闊歩する『リビチョブ隔離地域』。


 誕生したばかりの第二次ヴラス帝国とスラヴァ王国の対立。


 この2つを残して『エーテル計画』は破綻した。




 ヴーク・クリスの娘、ミラ・クリスにはヴラス帝国から勲章といくばくかの報奨金が送られる。

 

 だが、以前に母親を亡くし孤児となっていた彼女はそれを受け取らず、人間の家庭に養女として引き取られた。



 ****


   

 「なんでこのタイミングで『腐染獣』の群れが襲ってきてるんだよ……!」


 想定外の事態に俺は呻いた。


 『腐染獣』はリビチョブ周辺に住んでいた家畜や野生動物が『腐素』で凶暴化したモンスターである。


 『竜の遺骸』ほどではないが、『腐素』をばら撒きながら周囲の生物を襲う危険な存在。

 ゲーム中でもボスキャラとして現れる強敵だ。

 だが、ゲーム通りならこのタイミングで戦闘する機会はなかったはず。




 ……いや、ゲーム通りの展開はすでに壊れてるんだったな。

 

 俺はペトロ・オレクシー主人公だった男をぶん殴って病院送りにし、ゲーム序盤で最強武器を入手した。

 そして、いずれ訪れる破滅の未来を回避するために全力で動いている。


 歪みが生じた分、どこかで帳尻を合わせてるってことか?



 

「……シェルターに避難してください、レゼンさん。私が時間を稼ぎます」


 凛とした声。


 目の覚めたミラが自らの足で立ち上がった。

 はだけていた服を整え、呼吸を整えている。


「どういうことだ?ミラも避難するんだ!」

「警戒網が突破され、すでに学生寮目前まで接近しています。先生や警備の方が迎撃に出るでしょうが、恐らく間に合いません。誰かが時間を稼がなければ犠牲が出ます」


 いつの間にか、幸せそうな少女から、勇敢な戦士の表情に変わっていた。


「攻撃アビリティを持ってないのにどうするつもりだ?無謀すぎる」

「ユニークスキル『大狼の加護』で狼に変異します。『腐染獣』は人間よりも動物を優先して襲うと聞いたことがありますし、引き付けながら逃げれば時間稼ぎになるでしょう」


 ミラの体が青いオーラで満ちていく。


 獣人は魔法が不得手な代わりに、固有の動物に変身して身体能力を強化する。

 だが、ミラの『大狼の加護』は戦闘向きじゃない。


 彼女を言った通り時間稼ぎにしかならないだろう。


「こんな事をしても、ミラのお父上は喜ばないぞ」

「……ご存じなんですね。流石です。ペトロさんは気づいていませんでした。でも、行かせてください」


 体のオーラが輝きを増し、狼の体毛が徐々に増えていく。


「お父さんがみんなを助けるためにいなくなった日、ミラは誓ったんです。お父さんみたいに、誰かが目の前で悲しんだり、傷ついたりするのを助けられる人になりたいって……そのためなら、ミラはどうなってもいいんです」


 窓際に立ったミラがにっこりとほほ笑んだ。




 あぁ。

 ゲームと同じだ。


 自分の痛みには鈍感なのに、他人の痛みには人一倍、いや、三倍は敏感だ。

 今回もたびたび熱でうなされていた俺をずっと、時には徹夜で看病してくれた。


 ゲームでも理想に燃える主人公のことを気づかい、どんな時も守ってくれる。


 ──ミラ、は……隊長さんのこと、が……好き、でした……


 そして、『キーウィ防衛戦』で主人公を命がけで守り、生きていれば、最期に思いを伝えるのだ。

 それが自分の役割だと言わんばかりに。


 全く。


 15歳の女の子に重い決意を背負わせやがってクソ制作者が。


 創造主ならもっと楽しい世界を作ってやれよ。

 誰も争わずに平和で生きられる世界をよ。


「……嫌だ」

「え?」  

「俺は……」






 今まさに飛び出そうとしたミラ・クリスを抱きしめる。

 

「バッドエンドは、趣味じゃない」

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