白に包まれて

ガーランと一度別れを告げ、休養するため医務室だと言われる場所を教えてもらうが、まずはその前に【ブルー】の状態を見ておきたいと格納庫の場所を教えてもらい、扉を開けた。

その瞬間、パーソナルコンピュータの前にある椅子に腰掛けている女性が呆れた顔でこちらを向いた。立ち上がると緑の髪にすらりとスタイルの良さが目立つ。


「……あの子はあなたの?……別嬪さんなのに、ずいぶんボロボロだね。」


ところどころが油で汚れた作業着と顔をしているが、かなりの美人だ。緑の髪は短めだが、大人のお姉さんと言った顔立ちで、身長も俺並に高い。

……ん?あの子?


「あの子?なんの話をしてる?」


俺は一人で来たんだが、と話すとかなり大きなため息をつかれる。


「あのねぇ、あなたが命を託したパートナーのことを忘れたとは言わせないよ」


といいつつ、彼女が指を指す方向には俺の【ブルー】があった。


「……【ブルー】は【マシンズ】だが。」


「うわ、アンタもそういうタイプ?命を預ける相棒を、道具としか思わないタイプだ。」


「めちゃめちゃ語弊がある言い方!」


まぁいいわ、と言いながら一度パーソナルコンピュータに目を向ける女性。

すると、今度は目を輝かせながらこちらを向くことなく、コンピュータに映った【ブルー】のデータを見ながら喋り出す。


 「【ブルー】ちゃんっていうのね。失った手足は他のジャンク品でとりあえず代用するけどかなりの頑強な装甲ときれいなお肌は再現できないから次はもっと大切に扱いなさい。代わりに残留部分を再利用して作ったシールドをつけておくわ。武装については、下手に遠距離武器を搭載するよりも、腕に工業用のドリルをつけておいたわ。ドリルは浪漫よね。わかるわよ、テンションも上がるわよね。でもね、武装用じゃないから貫くというよりも殴る感じで使うといいわ。あの子にもそれが似合うと思うの。それにあの子は背中のパックを取り外して別のものを取り付けたりもできるみたいなの、お着替えが好きなのね。お洒落さんだわあ。今つけてるのもお洒落で高性能だから可愛いけど、私が他のパックも設計しておくわ。どういうのがいいかしらね。それに合わせて武器も作ってあげたいわ、大剣なんてどうかしら。あとね……」


「いや、長えし早い!」


いかん、口に出してしまった。

いろいろ言いたくなる癖は治ってないな。……いや、そんなことよりも。


「なにがよ。」


「貴方の語りがだよ。」


すると、コンピュータから目を離し、俺の方を見てドヤ顔で語る。美人のドヤ顔はかなり憎たらしい。俺が紳士じゃなければ殴ってる。


「好きなことなら早口になるのは万物共通でしょ。」


「否定しきれない主張やめろ。」


「しきれないなら、する必要ないってことなのよ。」


「俺の中の常識がしろって言うんだよ。」


「へぇ、随分お行儀のいい人ね。」


「それで生きてきたんでね」


いかん、これ以上は無駄に長くなる。

どちらにせよ、この人に任せるしか今は選択肢がない。


「……【ブルー】は奴らへの反撃のために必要だ。頼む。」


今度は『全く仕方ないなあ』といった様子で少し笑みを携えながら女性は答える。


「言われなくともこんなかわい子ちゃん、しっかり治すわよ。アンタもさっさと身体治しなさい。」


くるりと椅子を回し、コンピュータに向き直る女性。

カタカタとキーボードを打つ音が聞こえる。

それなりに古いタイプのコンピュータではあるが、複数台ある上に本体の改造っぷりを見る限り性能は段違いなのだろう。


「……俺の名前はヴィル。貴方の名前を聞きたい。」


少しだけキーボードを打つ手が止まり、こちらを向かずに答える。


「私はシエラ。ネモちゃんの双子の妹よ。ネモちゃんにこの子をよろしくってのは聞いてるの。アンタ、気に入られたのね。あの子専用機を作るためのデータをもらってるってのもあるんだろうけど」


なるほど、事前にネモから【ブルー】のことを聞いていたのか。これはありがたい。

しかし、綺麗な緑の髪とは思ったが、双子だったとは。グラマラスなところは似ているが、身長は全然違うな。


「あ、身長のこと考えたでしょ。生物学はあんまり詳しくないんだけど、二卵性ってやつらしくて。ネモちゃんには絶対言わないようにね。本人は気にしてない風を装うけどあとで荒れるんだから。」


俺の考えてることがよくぞわかったもんだ。

……まぁ、胸をみてたことに気づかれなくて済んだのは助かったが。


「そういうの気づくわよ。」


……。

少しだけ居心地が悪くなり、逃げるように医務室へと向かった俺なのだった。

すこし離れた場所にある医務室には特に誰もおらず、なんの音も聞こえない。

管理しているものはしっかりとした医療者なのだろう、綺麗にしてあるベッドを借りようと汚れた服を脱ぎ去り、タオルを借りて体を拭く。

身体の痛みが作業を遅らせるが、汚いまま寝るよかましだ。自慢の髪を洗えないのは残念だが、贅沢は言えない。

目を瞑り、落ち着いてくると身体の痛みがさらに強調されてくる。このまま眠るのは難しいか。


「入るわよ」


女性の声だ。声質からしてネモだろう。疲労も重なり、相手をするのが面倒と考え、寝たふりをする。


「……こいつ、よくもまぁ来たばっかのところで堂々と寝れるわよね。ほんとに軍人かしら。」


残念、訓練生だ。


「グレイグ先生は……まだ起きてらっしゃらないのね。もうお昼だってのに、いつもそう。」


グレイグ……この医務室担当の先生か。

能力はあっても人間性に問題があるのか。


「……ま、なんどか助けてもらってるから文句は言えないけど。」


左手をさすりながら、つぶやく。


「怪我でもしたのか」


「……は?」


つい、声に出して聞いてしまった。

だって気になるじゃん、仕方ないじゃん。


「……趣味悪いわね、起きてたの。」


「えへへ」


「キモイわよ。」


心底嫌そうな目をこちらに向けながら、丸椅子に座る。


「……義手なのよ、これ。」


言いながら、肘のあたりまで袖を捲る。

すこし、驚いてしまった。


「……すまん」


「気にしないで、急に見せられて驚かない人の方が怖いわよ。……意外と便利なのよ。熱さ感じないし。」


工業に使用するための義手なのだろう。

女性には似合わない、無骨な金属が主張をしている。


「……工業用の【マシンズ】なんてね、古いのが多いから不調じゃない時の方が珍しいのよ。それを子供の時から毎日のように使ってたらこうなることはわかってたのにね。」


ネモが左手を動かす。

金属が擦れる音が微かに聞こえる。


「妹には会った?あの子はこれを見て、アタシの為に【マシンズ】の整備士になったのよ。……まぁ、そこからのめり込んで行ったのは才能と性癖もあるんでしょうけど。」


聴きながら体を起こす。


「随分とお話ししてくれるんだな。」


一拍置いて、すこし不満げな顔をしながらネモは俺を睨む。


「聴きたくなきゃそう言いなさいよ。」


「いーや?好かれてないと思ってたもんでな。」


揶揄ってるような振りをしちゃいるが、これは本心。

さっきまでの態度から、あまり歓迎されてないと思っていたのだ。


「こんな状況でアンタみたいにヘラヘラしてる奴はあんまり好きじゃないわよ。ただ、命預けあうんだから何も知らないじゃいられないでしょ。だから、とりあえず信用はすることにしたの。」


深く息を吐きながら、ネモは目を伏せる。

好かれてはいなくとも、信頼はしてもらえてるみたいだな。

確かに、人類以外から襲われてる状況で明確な証拠もなく疑うのはむしろ気苦労のが増えるか。


「そうだな……俺はもとより、【ブルー】もかなりの【マシンズ】だ。俺もお前たちを信頼してデータを渡すことは正しいのか、正直迷っていた……。でも、今はこうすることが正解かなと……ヘラヘラしてるって言った?今。」


聞き逃せない。俺はヘラヘラなんてしちゃいない。


「そもそも男のくせにそんななっがい髪してるあたり嫌いよ」


「おい、差別だぞお前!手入れとか結構頑張ってんだぞ!」


「へぇ、育ちはいいのね」


この姉妹は、俺に嫌味を言わないと気が済まんのか?

またもや掛け合いになると予想した俺は、寝転んで毛布をかぶる。


「あら、お早い白旗ね」


勝ったと思ったのか、随分楽しそうにこちらを煽る。

いい、無視だ。そろそろ本当にしんどい。と、言ってたら医務室の扉がゆっくりと開いた。

黒髪をオールバックにし、なんかいろいろ疲れてそうな顔をした男が入ってきた。


「おいおい、怪我人になにしてんだ嬢ちゃん。」


「グレイグ先生……。ノックぐらいしたらどうです。」


「俺の仕事場だよ。」


タイミング悪いわねと言わんばかりの顔してグレイグと呼ばれた男をじっとり睨みつけるネモ。

グレイグはそれをいつものこととスルーしつつ、こちらに近づいてくる。


「あんたがヴィルだな。ここで医療関係を任されてるグレイグだ。あんたの身体、随分酷使したみたいだからな。医者の立場からして当分は寝ててもらうぞ。」


「それはアブゾーヴとやらに言ってやってくれ。」


寝たまま返答をする。

グレイグは綺麗にした白衣の胸ポケットに刺した何本かのペンから一本を取り出し、立ったまま机で何か書き始める。


「軽口を叩けるんならすぐにでも動けるなぁ。俺の見立てが間違ってたようだな。問題ないっててめえの顔面に貼っといてやるからすぐ出てけ。」


「いや、ごめんなさい!すいません!休ませて!」


グレイグから紙を貼り付けられそうになり、布団をかぶって抵抗する。

そうしていると、ネモが立ち上がり扉へと向かう。


「アンタら楽しそうね。そろそろ作業の時間だから行かせてもらうけど、ちゃんとゆっくり休むのよ。ヴィル。」


声しか聞こえなかったので、呼び捨てかよ!というツッコミは出来なかった。


「じゃ、俺もサボりに行こうかな」


「いや、お前は働けよ医者。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る