12. エレイン V.S. ヒートスタンプ

「さて、と。確かヒートスタンプは森を抜けた荒地に生息していたはずだな」


 上機嫌で森の中をスタスタ歩いていくホムラとアグニ。一方その後を追うエレインの足取りは重い。


「わ、私一人で戦うんですか!!?」

「あ?修行も兼ねてるから当然だろ。まあ、万一の場合は助けてやるよ。アグニがな」

「僕ですか!?」


 ガハハと豪快に笑うホムラ。エレインとアグニはじっとりとそんな鬼神の後ろ姿を睨みつける。


 森は迷いの森と呼称されるほど入り組んでおり、慣れていなければ道に迷いかねないのだが、ホムラは方向が分かっているかのようにスイスイと進んでいく。


 そして間も無く森が開けた。


 エレインが48階層を冒険した時は、魔物や魔獣が住まう荒地を避けて森を抜けないように行動していた。森の木々が身を守ってくれていたのだ。そのため、荒地に足を踏み入れるのは初めてであった。

 荒地と呼ぶにふさわしく、草木の一本も生えておらず、土も乾いている。


 ブルルルル…


 どこからか獣が鼻を鳴らす音が聞こえてくる。エレインはビクビクしながらホムラの背面に隠れた。


「おっ、いるいる。見てみろあの窪地。ひぃ、ふぅ、みぃ…4匹だな。ヒートスタンプの群れがいるぞ!」


 ホムラの目は獲物を見つけたハンターのごとく鋭く光り輝いていた。口角を上げて笑みを浮かべる口元には、鋭利な犬歯を覗かせている。そしてその目がエレインに向いた。


「じゃあ今から行って仕留めてこい」

「ヒェェェェェェ!!?わっ、ひゃぁぁぁ!!?」


 ジリジリ後退りをするエレインの首根っこを掴んで、ホムラは軽々とエレインを群れの方へと放り投げた。


「えぇぇぇぇぇん!!鬼ぃぃぃ!!」

「ええ、ホムラ様は鬼神ですから」


(いや、種族の話をしてるんじゃなくて!!怖い怖い怖いぃぃっ!!)


 エレインの叫びに何言ってんの?という顔でアグニが答えたので、ついつい心の中で鋭いツッコミを入れてしまった。が、それどころではなく、大きく弧を描くように滑空するエレインは、間も無くヒートスタンプの群れの中に突っ込んでしまう。ヒートスタンプはすでにエレインを視界に捉えたようで、後ろ足で地面を蹴って臨戦態勢だ。


(ひぃぃ…考えろ考えろ…!えーっと、確かヒートスタンプは…)


 エレインは目をぐるぐる回しながらも頭をフル回転させてヒートスタンプの記憶を辿る。


 ヒートスタンプは、前が見えなくなるほど大きな鼻を持つ。最強の矛であり盾でもある彼らの鼻は硬い骨でできており、エレインのへっぽこ初級魔法では歯が立たないだろう。だが、その鼻がポイントだ。確か鼻が大きく進化した一方で、鼻に隠れる部分は耐久力が低い。つまり、奴らの弱点は…


「ふぁっ、《火球ファイアボール》!!!」

「プギィィィィィ!!!」


 瞬時に魔力を練り上げ、今放てる最大威力の火球を一番近くにいたヒートスタンプの双眸目がけて放った。目を焼かれたヒートスタンプは甲高い叫び声をあげて悶え苦しんでいる。

 思った通り、鼻で守られている目や眉間が弱点のようだ。


「ぎゃっ、あいたっ!」


 暴れるヒートスタンプの背をクッション代わりに落下し、地上へ転がり落ちたエレイン。肉厚なクッションのおかげで大きな怪我なく着地できた。まずはそのことにホッと息を吐くが、ぶるんぶるんと荒い鼻息の音が近くに聞こえることに気づき、恐る恐る顔を上げるとーーー


「めっちゃ怒ってるぅぅぅ!!きゃーーーー!!」


 目を焼かれたヒートスタンプを筆頭に、4匹が今にもエレインに突進しようと後ろ足で砂埃を巻き上げていた。


「いーーーーーやぁぁぁぁ!!!助けてぇぇぇ!!」

「ブッフォォォォォォォ!!」


 エレインが杖を強く抱きしめて回れ右をして駆け出した途端、ヒートスタンプ達も走り出した。溢れた涙が目尻に沿って流れて行く。


「オラオラ!逃げてばかりじゃ倒せねぇぞォ!さっきの攻撃は良かったじゃねぇか!しっかり弱点を狙って攻撃を仕掛けろ!」


 一応ホムラは助言をしてくれるのだが、安全な高台に避難しており、エレインを助ける気はさらさら無いようだ。両手を口元に添えて、メガホンのようにして叫んでいる。


「ひぃぃん!そんなこと言われても…」


 エレインは全力疾走しながら、チラリと後ろを見やる。鼻が効くからか、目を焼かれたヒートスタンプも真っ直ぐにエレインを追って来ている。


 懸命に逃げるエレインの眼前には、ダンジョンの壁と思われる切り立つ高い崖が迫って来ていた。


(あっ!そうだ!確かヒートスタンプは真っ直ぐに突進する習性があったはず…昔、囮になって追われた・・・・・・・・・時もこの方法でやっつけたっけ…)


 身の危険を感じているためか、エレインの頭はいつもより冴えていた。しっかり自らの経験の引き出しを開けて、対処法に行き着いた。

 エレインは、ヒートスタンプ達を崖ギリギリまで引きつけてから、キュッと靴でブレーキをかけて、左斜め後方へと進路を変えた。


「プギャッ!?」


 急には止まれないヒートスタンプ達は4匹続け様に崖へと激突した。猛スピードで突っ込んだため、ヒートスタンプ達は軽い脳震盪を起こしたのか、ふらふらと千鳥足になっている。先頭を走っていた者は特に悲惨だ。後ろから巨大な豚っ鼻にプレスされ、既に意識朦朧としていた。


「あっ、《氷の槍アイスランス》!」


 チャンスを逃さず、エレインはヒートスタンプの目に狙いを定めて一頭ずつ着実に氷の槍を打ち込んだ。威力は弱いし、スピードもゆっくりであるが、この近距離で外すわけにはいかない。

 しっかり、氷の槍で双眸を深く貫く。ヒートスタンプ達は断末魔の叫びを上げて暴れそうになったが、間も無く力尽きて地面に臥した。


「や、やったぁぁ……」


 無事、4匹全て仕留めたことを確認すると、エレインは脱力したようにヘナヘナとその場に座り込んだのだった。




「…なぁ、アグニ」

「なんでしょう?」


 エレインの戦いを高台から観察していたホムラが、不意にアグニに声をかけた。


「あいつ、泣き虫でビビりでポンコツだけどよ」

「ひどい言いようですね」

「なーんか戦闘慣れしてる感じがするよなぁ。まぁ囮にされてたらしいし、こういう窮地をいくつも乗り越えて来たんだろうな」

「ふむ、気の毒ですな」

「その割にはよォ…魔法の威力が弱すぎねぇか?」


 ホムラはエレインと手合わせした時に、何か違和感を感じていた。今回は、食料調達という名目ではあるが、客観的にエレインの戦闘を観察することで、心でもやついている違和感の正体を探ろうとしたのだ。


 エレインはパーティに捨てられたとはいえ、70階層に・・・・・到達する・・・・実力がある・・・・・はずだ。


 ホムラはある疑問を口にした。


「アイツ…レベル幾つだ?」

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