11. ダンジョンのお食事事情

「つ、疲れたぁぁ…」


 魔力が回復してから再び特訓を受けたエレインは、再び魔力が底を尽きるまで魔法を使い続けた。


 魔力の流れを意識することで、より自らの魔力量を感じ、前回よりも効率的に魔力を消費することができた。

 同じ《火球ファイアボール》でも、注ぎ込む魔力の量によって多少威力の増減が出来るようになった。


「何だよ、思ったより飲み込み早いじゃねぇか。鍛えがいがあるぜ」


 ホムラは、エレインの魔法をひらりひらりとかわしながら、楽しそうに笑っていた。


 結局この日、70階層のボスの間にやってきた挑戦者は一組だけだった。エレインが魔力切れで裏でダウンしている間にやって来たらしいのだが、ホムラはあっという間に壊滅させてしまったようだ。

 魔力が回復したエレインがボスの間に戻った時、ちょうどホムラが魔法陣に冒険者を投げ入れているところだった。


「えっ!?何してるんですかっ!?」


 思わず叫んだエレインであったが、そばに居たアグニに不殺の信条や、返り討ちにした冒険者は魔法陣から地上に帰すと言う話を聞き、口をあんぐりと開けた。

 70階層の階層主、つまりホムラは、挑戦者もフィールドも何もかもを破壊し尽くす『破壊魔神』と呼ばれているのは、冒険者の間では有名な話だ。

 確かに戦闘狂で暴力的なところは相違ないが、残虐ではなくむしろ世話好きな一面があるということを、一日しか一緒に過ごしていなくても、エレインには感じ取れた。


「さて、と。もうそろそろ日が暮れるな。おチビは休んで魔力を回復させとけ。日が落ちたら出かけるぞ」

「出かける…ってダンジョンから出るんですか!?」

「いや、俺らはダンジョンから出れねえよ。だが、ダンジョン内ならどこへでも行ける…100階層以外はな」

「100階層…」


 このダンジョンの最上階と言われる100階層。階層主のホムラでさえその全貌を知らないとなると、やはり何かとんでもないものが待ち構えているのだろうか。


「はいはい、休憩しますよ〜っと」


 冒険者として、エレインが100階層に思いを馳せていると、アグニがエレインの両足首を掴んで、ダンジョンの裏へと連れて行ってくれた。そこで日が暮れるまで横になり魔力の回復をする。

 ダンジョン内には、魔力の元となる《魔素》が満ちており、心なしか魔力の回復が早いように感じる。


 エレインは、この後どこに連れて行かれるんだろう…と少し不安な気持ちになりつつも、目を閉じて回復に専念した。



◇◇◇


「よーっし、日が暮れたみてぇだし、そろそろ出発すっか」


 頭をボリボリ掻きながら、ホムラがボスの間から戻ってきた。

 エレインは、あらかた魔力が回復していたため、まったりとソファの背に沈み込んでいた。本当にこの空間には何でもあって羨ましい。

 そんなエレインに、こいつ馴染みすぎでは?と、アグニがじっとりした目を向けていた。


 エレインは、荷物を整理してすっかり軽くなったリュックを背負ってホムラに着いていく。


「その…どうやって他の階層に行くんですか?」


 エレインが気になっていたことを尋ねると、飄々とホムラが答える。


「お前ら冒険者が言う《転移門ポータル》みたいなもんだな。転移のための魔法陣があっからそこから目的の階に移動する」

「この部屋の隅にありますよ。行きたい階層を強く念じれば、その階層に転移ができます。」

「そういうこった。今回は48階層に行くぞ」

「48階層…ひゃわっ!?」


 そう言ったホムラは、むんずとエレインの手首を掴むと、部屋の隅でぼんやり光を放っている魔法陣に飛び乗った。エレインも引っ張られるようにして魔法陣に降り立つ。


 次の瞬間、景色が反転したかと思うと、目の前に鬱蒼とした森が広がっていた。


「わ…本当に48階層…」


 以前アレク達と冒険した深い森を前に、エレインは懐かしさに、ほうっと息を吐いた。


 48階層は密林のフィールドになっている。コンパスも効かない迷いの森だが、食用の植物や薬草が自生しているため、食料調達や薬草の補充のために重宝される階層でもあった。

 実際、エレインも材料集めに奔走したことは記憶に新しい。アレク達は手伝わずに休息を取っていたが。


 懐かしい思い出があっという間に残念な思い出に変わってしまったエレインは、小さくため息をついた。気を取り直してホムラに問う。


「えっと…48階層で食料探しですか?」

「おっ、勘がいいじゃねえか。流石は70階層まで冒険して来ただけあるな。そう、俺たちは自給自足で生きてっからな。食材を調達しに来たってわけだ」


 エレインの言葉をホムラが素直に褒めたので、少し嬉しい気持ちになる。


「じ、じゃあ!早速探しましょうか!私、前のパーティで散々食料探しさせられてたので結構薬草とか果物探すの得意ですよ!」


 意気揚々とするエレインだが、ホムラとアグニは憐れみの視線を向けてくる。


「……マジでろくでもねぇパーティだな。使いっ走りもいいとこじゃねぇか」

「ええ…僕も何だか可哀想になってきましたよ」


 ホムラとアグニは顔を見合わせて苦笑いした。そして、改めてエレインに顔を向けると、ホムラはにたりと笑った。


「ま、果物やら薬草もあるにこしたことはねぇが、今日の獲物は別にいる」

「え??」


 48階層に他に食用になるものがあっただろうか?


 首を傾けるエレインだが、次のホムラの言葉に顔を青ざめさせた。


「ヒートスタンプがいるだろ。ここ48階層にはな」

「ひひひひヒートスタンプ!?」


 ヒートスタンプとは、群れで行動する魔獣である。豚によく似た四足歩行の魔物で、猪突猛進という言葉さながらに突進してくるのが特徴だ。巨大な豚っ鼻をスタンプのように押し付けてくる姿から名付けられたと言われている。

 冒険者を管理する組織である《ギルド》が付ける討伐ランクでは、その凶暴性からCランクに分類されている。

 Aランクほど危険度が高く、1階層で出てくるような低レベルなモンスターはFランクに分類されている。


 頭の中でぐるぐるとそんな知識を絞り出すエレインだ。


「ああ、なかなか美味いだなコレが」


 一方のホムラはじゅるりと口元の涎を拭い、更にエレインを困惑させることを言い放った。


「ってことで、お前一人でヒートスタンプを倒せ。できなきゃ俺たちともども夕飯抜きだから死ぬ気でやれ」

「そ、そんなぁぁぁ!!」


 エレインの悲痛な叫びが、48階層の深い森の奥に吸い込まれていった。

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