第38話

「ラブスさん、食事の前に身体を洗いたいんですけど」


 早速、宴会場に案内しようとするラブス村長を呼び止め、俺は進言する。


 ロン村からダギア辺境伯の屋敷まで走り詰めだったし、その後も激しい戦闘が続いた。俺もそうだが、ミィミやアリエラもボロボロだ。


「なるほど。湯浴みですか。すぐにお湯を用意したいのですが、生憎とお湯は食事を作る時に使ってしまって」


 湯浴みとなれば、大量のお湯がいる。

 現代ではスイッチ1つだが、異世界では直火で温めるから、どうしても時間がかかる。

 あらかじめ水も確保しておかなければならないから、すぐには用意できない。


「ねぇ、クロノ。前みたいに温泉を掘りなさいよ。村の人も喜ぶわよ」


「掘れば出てくるかもしれないけど、確証はないな。あの時は旧火山が近かったから、すぐに出てきたけど」


 掘り過ぎれば、有毒なガスやマグマが出てくることもあるかもしれない。

 濫用は禁物だ。


「そうだ。あれを作ってみるか」


「あれって?」


 ミィミは首を傾げる。

 俺はラブス村長に許可をもらい、村の広場を借りた。

 そこに向けて魔法を放つ。


爆雷弾ナン・アーム】!


 もういっちょ!


爆雷弾ナン・アーム】!


 爆裂系魔法を周囲に被害がでないように威力を抑えて撃ち放つ。

 丸く抉れた穴が2つできあがる。

 俺はさらに魔法を使った。


 【硼鉄獄ホ・ロ・カー


 【硼鉄獄ホ・ロ・カー


 以前、魔族に使った防御魔法だ。

 いつもは自分や対象に向けて放つ魔法なのだが、今回は丸く抉れた穴の上に置く。


 さらに俺の魔法は続いた。


 【地縛陣レデューサ


 先ほど使った【硼鉄獄ホ・ロ・カー】の周りに、蛇のように土の鎖が巻き付いた。【硼鉄獄ホ・ロ・カー】が見えなくなるほど魔法を加えると、雪だるまを横倒ししたような山ができる。


 俺は魔法で焼き固め、さらに熱風を当てて乾燥させた。

 傍目からみれば、俺が大きな山を作ったように見えるだろう。

 しかし、ここからが仕上げだ。


 山の横を【硼鉄獄ホ・ロ・カー】の表面が露出するまで削った後、俺は【硼鉄獄ホ・ロ・カー】を解除する。


 すると、壁や天井がつるりとした洞が生まれた。さらに2つの穴が繋がるようにして、それぞれに【収納箱イ・ベネス】から取り出した木の扉を設置する。


「やるじゃない、クロノ。これ何? もしかして村で暮らすための家とか?」


 ミィミが無邪気に喜びながら尋ねる。


「残念ながら外れだ。ていうか、ミィミはこの村で暮らしたいのか?」


「ん? べ、別にそういうわけじゃないわよ。あたしはクロノと一緒にいれば――――って何を言わすのよ、あんた!!」


 顔を真っ赤にしながら、ミィミが反論する。

 いや、言ったのはミィミであって、俺じゃないと思うのだが……。


「ジー」


 何か視線を感じると思っていたら、アリエラが俺とミィミの方を半目で見つめていた。


「な、何よ、あんた?」


 ミィミが噛みつくのだが、アリエラはぷいっと顔を横に向ける。


「別に……」


 再び無表情になって答えた。

 ミィミも変だが、アリエラもなんかおかしい。


「ふふふ」


 意味深に笑ったのはメイシーさんだ。

 なんか俺の周りの女性陣の気持ちが全然わからない。

 これが彼方の女と書いて、彼女の語源なのか……。


 ライバルだった剣神が、自分の剣に俺に対する思いを伝えたように、転生しても女心はわかりそうにない。

 それはあのラーラ姫にも言える。


 俺って、もしかして結構鈍かったりするのだろうか。


 さて、今回のクラフト作業も大詰めだ。

 焼き固めを待っている間に作っておいた焼け石を奥の部屋に置く。

 村で使われなくなっていた長椅子を置き、ついに俺が作りたかったものが完成した。


「サウナの完成だ」


「サウナ?」


「聞いたことがない」


 ミィミもアリエラも、横で聞いていたメイシーさんも興味津々だ。


「百聞は一見にしかずだ」


 俺はみんなを奥の部屋へと呼ぶ。

 設置しておいた焼け石のおかげで、すでに外よりもずっと温かくなっていた。


「あったかい」


「気持ちのいい温かさ。ぬるま湯に浸かってるみたい」


「驚くのはまだ早いぞ」


 俺は焼け石に向かって、威力を極めて絞った水の魔法を放つ。


 ジュゥゥウウウウウウウウ!!


 キレのいい音が房内に響く。

 焼け石から大量の湯煙が噴出すると、狭い房内に広がっていった。

 一瞬にして、霧がかかったように周りが見えなくなるとともに、熱い蒸気がぐんぐん房内を温めていく。


「あつ! あつ!」


 ミィミが房内で飛び跳ねていた。


「熱いけど、でも気持ちいいかも」


 アリエラは長い耳をピクピク動かす。

 気に入ってくれたようだ。


「なるほど。湯浴みはお湯で身体を温めるのに対して、サウナは蒸気で身体を温めるものなのですね」


 メイシーさんは感心したように頷いた。


「その通り。慣れると湯浴みよりも気持ちがいいぞ。早速、入ってみてくれ」


「まずはクロノ殿が先に。クロノ殿は功労者です。一番サウナはクロノ殿がふさわしいかと」


 メイシーさんが譲ってくれる。

 他も依存はないようだ。


「それじゃあ」


 俺はお言葉に甘え、先に入らせてもらった。

 実際ちょっとワクワクしていた。

 現代世界では入ったことが1度もないからだ。

 トレンドになっていたから、ちょっと入ってみたいと思っていたのだ。


 上半身裸になり、腰に布を巻くスタイル。準備万端。いざサウナの世界へ。


 設置した木の扉を開くと、濛々と湯煙がかかる。あらかじめ水をかけておいたから、顔が熱いがちょうどいい。如何にもイメージしていたサウナという温度だ。


 木のベンチに座り、リラックスする。

 初めは熱いだけだったが、じっとりと汗が浮かんでくると、身体の螺子が少しずつ緩んでいくような感覚に陥った。


「きもちいい……」


 緩みきった表情で発した言葉もまた緩んでいた。

 流行っていると聞いた時は、ただ熱いだけと思っていたが、お風呂とは全然違う。緩んだ身体に徐々に熱が入っていくのがわかる。よくサウナに入ると、汗と一緒に疲れも抜けていくというが、どちらかと言えば熱が疲労を消してくれているような感覚がある。


 蒸気は初めこそ熱く感じるが、慣れてくると顔をパックされているかのようだ。

 ガサガサだったお肌に、みずみずしさが戻ってきた。

 女性陣はきっと喜ぶだろう。


 身体が緩みすぎて何も考えられない。

 ただ熱と蒸気に、俺は身を委ねた。


『ミィミ、早く』

『ちょ! 待ちなさいよ』


 サウナを堪能していると、何やら外が騒がしい。

 すでにのぼせ気味の頭を扉の方に向けると、誰かが入ってきた。

 いや、声からして誰かわかる。湯煙の隙間から見覚えのある耳と尻尾、さらに金髪と長い耳を見て、確信に変わった。


「ヤッホー! クロノ! 楽しんでる」


「やっほー」


 入ってきたのは、ミィミとアリエラだった。


「ちょっ! お前ら!!」


 これが別に2人が服を着たまま入ってきたなら、俺もまだ慌てない。

 しかし、2人とも胸から下にかけて薄絹で隠しているだけだった。


 生地が薄いから2人の肢体がはっきり見えるし、しかも艶々の生肌が……。


(やっば! アリエラの肌、しっっっろ! ミィミも決め細かいというか。あいつの肌ってあんな神秘的だっけか?)


 ミィミは特にそうだが軽装のため、肌を露出してる部分が多い。

 でも、これが環境のマジックというヤツだろうか。

 なんだかすごく魅力的に見えてしまった。

 考えようにも考えがまとまらない。

 いや、そもそも思考能力がサウナによって吸い取られていた。


「お前たち、なんで入ってきたんだよ」


「姉さんがお背中をお流ししろって」


「あたしは早く入りたかっただけ。でも、あんたが望むならやってやれないことはないわよ」


 せ、背中!


 いや、ここはサウナで……っていっても、2人にはわからないか。

 湯浴みと同じようにしか考えられないものなあ。


 やばい。

 このままでは完全に事案になってしまう。

 ていうか、メイシーさん、なんてことを……!


「気持ちは嬉しいが、俺は出る」


「え~。なんでよ。せめてサウナの使い方ぐらい教えなさいよ」


「お背中流す。姉さんの命令は絶対」


「あ~~。クロノ、もしかしてあたしたちに発情してたりする」


「は、はつ、発情?」


「クロノ、エッチ!」


 ぽっとアリエラが頬を赤らめる。


「ししし、仕方ないだろう。健全な男子として、その……若い娘と…………」


 しどろもどろに説明するのだが、まさしくミィミの言う通りだ。

 そして、立ち上がって外に出ようとしているのだが、その色々と立ち上がれない理由があって動けない。


 どうやら、ミィミはそれを察したらしい。


 耳のついた小悪魔は「にししし」と笑いながら、俺の前に立つ。

 そして、身体を包む自分の薄絹に手をかけた。


 嫌な予感がして顔を背けるのだが、後ろに回り込んだアリエラが俺の顔を無理矢理ミィミの方に向ける。


「ちょっ! アリエラ!!」


「お背中流す。前を向く。石鹸がかかる」


「いやいや、石鹸よりやばい」


 むしろ石鹸のせいで前が見えなくなるなら、それはそれで本望だ。


「クロノ、行くわよ」


「は、は、はああああああああ!!」


「特とご覧あれ!」


 じゃーん、とばかりにミィミはついに開帳する。


 現れたのは、胸と秘部を隠した水着姿だった。


「エルフが沐浴する時に着用するんだって……って、聞いてる? ちょっと、クロノ? ねぇ、アリエラ。クロノ、どうしたの?」


「大丈夫、問題ない。のぼせてるだけ」


「いや、それやばいじゃん! クロノ!」


 クロノォォォオオオオオオオ!!


 ミィミの悲鳴が、勝利で盛り上がるエルフの村に響き渡るのだった。

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