第36話

本日2回目の投稿となっております。

第35話を読んでないと言う方は、先にそちらの方を読んでくださいね。


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◆◇◆◇ 800年前 ◆◇◆◇



 剣神と呼ばれたアドゥラは、病床にあった。

 ライバルであった賢者が転生魔法を実行して、200年。平和な世界で彼女は一転して、エルフの病気対策に尽力していた。


 しかし、そんな彼女も病気には勝てなかった。

 アドゥラの年齢はこの時、350歳。

 エルフの平均寿命は300歳前後と言われている。

 いつ天寿を全うしてもおかしくなかった。

 年々衰弱していく身体は、病気の抵抗力を失い、実に10の病魔に冒され、生きているのが不思議なほどだった。


 美しく剣を振るっていた剣はやせ細っていたが、その美貌は年老いてもまだ色あせてはいない。


 だが、彼女を崇める者はいても、知己として訪れる者はおらず、病魔を患っているため病床を見舞う者にも制限がかかっていた。


 そんな彼女の慰みは、ともに旅し、戦った愛剣であった。


「ねぇ、私のお願いを聞いてくれる」


 鞘から剣を抜き、美しく、己とは違い今も色あせない相棒を見ながら、アドゥラは問いかけた。


「私はもうすぐ死ぬ。でも、あなたはこの先もずっと……ずっと先の未来でも生き続ける。そしてあなたはいつか転生したあいつと出会うかもしれない。その時、もしあいつが困っていたら」




 あいつを……。賢者を助けてやってほしい。




 剣は「いいのか?」と問い返すようにギラリと光った。

 アドゥラはそんな愛剣を見ながら、微笑む。


「あいつは、とてもお節介なヤツだから。きっと転生しても無茶してると思うんだ。だから――――頼む」


 アドゥラは頭を下げる。

 愛剣は主人の姿を見ながら、いつも通り鋭利な光を湛えていた。



 ◆◇◆◇◆



 俺は【収納箱イ・ベネス】を開く。

 剣神アドゥラの打ち込みに堪えた我が愛剣を抜き放とうと構えた。

 これなら状況を打開できる。


(その代わり、俺の命がどうなるかわからないけどな)


 俺はいよいよ【収納箱イ・ベネス】に手を突っ込んだ。

 だが、その手は寸前のところで押さえ付けられてしまった。


「ダメよ!」


 横を見ると、ミィミが俺を睨んでいた。


「ミィミ……」


「あんたの考えていることはわかる。あたしはミルグの記憶を受け継ぐけど、ミルグじゃなくてもあんたが何をしようとしているかわかる。だって、あなたは昔のあたしみたいな顔をしているから」


「昔のミィミ……」


「自分の命を安く思わないで。あんたはあたしのご主人様なんだから。あんたの命は、もうあたしの命でもあるんだから!!」


「ミィミ……」


 まさかミィミがそんなことを言うなんて。

 予想外過ぎて、思わず黙ってしまった。


 だが、脅威はすぐそこまで迫っている。


 黒い奔流がダギア辺境伯の屋敷に振り下ろされようとしていた。


「ミィミ、離せ!! これじゃあ、全滅する!!」


「いや! あんただけを失うなら! あたしは全滅したっていい!!」


 ミィミは俺の手を押さえ、半泣きになりながら訴える。


「あたしを1人にしないでよ、クロノ!!」


「お前――――」


 その瞬間、黒い奔流が俺たちの目の前にまで迫る。


 俺たちは闇に呑まれた……。









「え……」


 死んだ、と思った。

 しかし、目を開けた時、俺の前に広がっていたのは、死後の世界じゃない。


 見えたのは一振りの剣。


 それが黒い奔流から俺たちを守っていたのだ。


「姉さん、あれは……」


「まさか……」


 同じく目撃したアリエラとメイシーさんが声を上げる。


「アドゥラの……剣……」


 剣神と謳われたアドゥラが持つ剣だ。

 これはアドゥラから直接聞いた話だが、初めは単なるなまくらな剣だったらしい。

 だが、その剣はアドゥラの打ち込みに耐えに耐え続け、百年……。

 ついに剣神と肩を並べるほどの神器に成長したのだという。


 俺が元いた世界では、八百万神やおよろずのかみというのがいて、物に神様が宿ると言われた。


 まさしくアドゥラの剣に神が宿ったと言えるだろう。


 ギィン!!


 強い音が耳をつんざく。


 ついに剣神の剣が、黒い奔流を弾いたのだ。

 剣はそのまま俺たちの前に留まる。

 夢ではない。

 まるで俺たちを守るようにして、鶴の羽根のような刀身を晒していた。


「お前――――」


 声をかけた時、俺はあることに気付き、同時に息を呑んだ。


 アドゥラの剣を見た時、視界の端っこにアイコンが浮かんでいた。

 即ち、『おもいだす』と……。


 俺は直感的に気付く。

 何故、エルフの村に刺さっていた剣がここにあるのか。

 何故、俺たちを守ってくれたのか。


「お前……。思い出したいヽヽヽヽヽヽんだなヽヽヽ。自分の剣としての役目を……。戦場に戻る覚悟を……」


 俺の問いかけに答えるように、剣は閃く。


「わかった。存分に思い出せ。お前の名と、お前の力を……」



 『おもいだす』!



 俺はアイコンを押した。

 瞬間、周りが黄金色に光る。

 同時に剣の記憶が俺の中になだれ込んできた。


 アドゥラの思いとともに……。


「お前に、そんな甲斐性なところがあったとはな。何百回と戦っているのに知らなかったよ」


 俺はアドゥラの剣を握る。


「ありがとう、アドゥラ。今度はライバルとしてではなく、仲間としてお前の愛剣と一緒に連れていく。いいだろ、アドゥラ」


 今まで制限してきた力を解放するようにアドゥラから魔力が溢れてくる。

 それまで空になっていた俺の魔力は、一気に最大量まで上がり、なお俺に注ぎ続けた。


 おかげで逆に意識が刈られそうだ。

 これがアドゥラの剣。

 まさに神をも殺す剣だ。


「ミィミ……。ありがとな」


 ミィミの言う通りだ。

 俺はとんだ過ちを犯すところだった。


 今も涙を溜めたままのミィミの頭を撫でる。


「な、何よ。き、気持ち悪いわね」


「ふふ……」


「さっさとやっつけて来て! お腹が空いたわ」


「ああ。任せろ」


 剣を肩に持ち、俺は戦場へと向かおうとしたが、ふと足を止めた。


「そうだ。アリエラ」


「え? 何?」


「これはお前が持つべき剣だと思う。けど、今はちょっと借りるぞ」


「……よくわからない。だけど、クロノ」


「ん?」


「必ず帰ってきて」


 アリエラはまた笑った。

 まさに天使のようだ。


「戦乙女と、剣の神様に祝福されているんだ。必ず勝つよ」


 俺は黒騎士の方へと向かって歩いて行く。

 剣神の剣を前にしておののいているかと思ったが、黒騎士は会った時と代わらないまま、佇んでいた。


 フルフェイスの兜のおかげで表情がわからない。そもそも感情を感じない。

 まるで死人と相対しているようだった。


 黒騎士は再び剣を掲げた。

 ぐるりと刀身が回転を始めると、黒い奔流が立ち上る。

 禍々しい光はついに立ちこめた雲を貫いた。

 どうやら今までのは加減をしていたらしい。


「問答無用か。俺としては、なんであんたが帝国に肩入れするか聞きたかったところだがな。まあ、いい」


 決着を着けよう。


 俺もまた剣を掲げる。

 立ちこめた雲がゴロゴロと唸ると、青い霹靂が轟音を伴って落ちてくる。

 剣はその力を吸い尽くし、自ら発光を始めた。

 光は巨大な稲妻となって、辺りを白く照らす。


「行くぞ……」


 俺たちは同時に振り下ろした。



 神を殺す神宿りし剣ミストルティン!!



 まさしく光と闇が激しくぶつかり合う。

 最終末戦争ラグナレクを思わせるような光景に、目撃者すべてが息を呑んだ。


「そんなものか、黒騎士」


「……っ」


「あんたが背負ってるものは、そんなものかと聞いている!!」


 ミストルティンには1000年分の想いが込められている。

 戦友の魂が、エルフの未来を憂う気持ちが、そしてより強くなりたいという欲が詰まっている。


「その程度では、神を殺せないぞ!!」


 ミストルティンは唸りを上げる。


 引き分けかと思ったが、力の均衡はあっさりと覆される。

 勝ったのは、光だった。

 闇を食い破り、塗りつぶし、そして光の柱は黒騎士を覆い尽くす。


 末期の悲鳴はない。


 ただゆっくりと黒騎士が光に呑まれていくのを俺は見ていた。


 顔を上げ、振り下ろした先を見つめる。

 地面は抉れ、森に一直線の道が生まれていた。


 これが剣神アドゥラの剣の力。

 その恐ろしさに振るった俺ですら、戦慄する。

 だが、裏返せば頼もしい仲間といえた。


「ありがとう、アドゥラ。そしてよろしくな、ミストルティン」


 俺が話しかけると、ミストルティンがギラリと光るのだった。

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