第3話 噂の英雄《ヒーロー》たち

 ドーム群地帯の1つ、『リリー・スピアーズ』はいくつもの高層ビルがそびえたつビル街が中心のドーム独立施政区である。

そして、『リリー・スピアーズ』の市街中層辺りの道路に立てば、ちょうど周囲に建つ高層ビルの景色を見渡せる高さだ。

そこの道路から見える、プリズム色が微かに混じる青空に映えるビル街の景色を向こうに、長く湾曲するようにいくつかのビルを空中道路が貫通して繋がっている光景が広がっている。

それら空中道路は人が散歩気分で歩いてもいいし、自動車などが走る交通ルールもある。

地下には昔作られた電車なんかもあるが、今は利便性の高い交通手段が多くなったとからしくて、普段はそっちを使う。

例えばドーム各所の駅を回るバスや、ドームなどでシェアされる誰でも使えるオートサイクルステーションには、スクーター等が置かれていたり。

まあ、外国製の自家用車を持つ人もいるけど、それはほとんどお金持ちの人だけだ。


それから、有名な高級住宅区がある方やいつも人で賑わっている商街区などがあるビルの方も外見がそれぞれ特徴的だったりでわかりやすい。

ビルの上層が独特なのが多かったり、たくさんの緑があったりする丘や公園みたいなのが、いわゆる超高級区で大体が西側にある。

そういう所に住むお金持ちは、ビルの上に更に白い建物や大きな公園のような庭、落ち着いたオールドスタイルのデザインのものが好きらしい。

実際、ミリアもそういう人を近くで見た事あるし、彼らはそれが当然のように思っているみたいだった。

それから、いつも賑わってる商街区などは方角が離れているけど、特徴的な外見に遠くからでもわかる派手な色のムーヴィングの広告が動いていたり。

まあ、店舗やアクティビティなどは巨大な複数のビルの中で広がっているので、外の景色から街の様子が見える事はないんだけれど。

それらは今立っているこの空中道路からも道は繋がっていて、行こうと思えばどこへでも行ける。

そんな遠い景色を、ミリアは少しぼうっと眺めていた。


さっき、主任にいろいろ言われて。

別に、彼の言っていることは間違っていない、と思う。

『あの時』、『あの瞬間』でさえ、いろいろな事を考えていた。

それでも、さっき彼に言われたことにも気づけなかった。

私はやっぱり、何にも見えていないのかもしれない。

いや、何にもじゃなくて、見えていないものが、確かにあるみたいで。


ブルーレイクに居た時、私は意固地になっていた可能性だってある。

だいぶ時間が経った今でも、想うことはいろいろある。

別に、私は法規を破ることが嫌なわけじゃない。

じゃあ何がそうさせたのかって、わからないけれど。

少なくともわかるのは、私が何かしたその先で、誰かが不幸になるのは嫌なのだ。

――――『あのとき』・・・もし連絡を入れて、もし事件が起きなかった場合、警備やリプクマに多大な損失が出るんじゃないかと思っていたり。

もしも連絡を入れないことで、ブルーレイクの人たちが危険に陥るかもしれない、と思っていたり。


それは漠然とした想像で。

状況を漠然と考えるのは良くない。

少なくとも、彼が言ってくれたのはそういうことなのかもしれない。

それは、でも。


正しい判断、というのはなんなのだろうか?


隊長であるということは、決断をする事が存在意義だ。


――――『どんなそしりさえ受ける。君の命を救えたことを誇りに思うために』って。

誰かが望まなくても。

誰かの命は救えたのなら、それは――――――『彼』が言っていたことなのだろうか。


――――欠伸をするような気配がして、ミリアが横を見れば、隣で・・・ケイジが大口を開けて、ちゃんと欠伸をしていた。

「ねみぃ・・」

ケイジが眠そうだ。

なんか、欠伸が伝染しそうだったので、ミリアはむずっとした顔をとりあえず前に向けていた。


さっきボスに呼び出された建物の中層から出てきてから。

遊歩道を歩いて、次の目的地に移動している最中だったのだが。

「つうか、なんで説教食らってんだ?別に俺たち悪くねぇだろ?」

って、ケイジはずっと言ってるけど。

「ちゃんとリプクマに連絡入れろ、ってことだよ」

ミリアが教えてあげても。

「なら最初からそう言えよな?」

って、まあ・・・。

「もっと楽して生きろってことさ、」

って、ガイが言ってたのは、なんか違うと思うミリアだけれど、要約するとそういうことになるんだろうか。

「連絡したらしたでめんどくせぇ事になりそうじゃんか」

「それもそうだな、ははっ」

って、ガイは笑ってた。

「ガイ、」

思わず口に出たミリアの。

「ん?」

「・・丸め込まれてるけど。」

一応伝えて、景色の方にまた顔を向けてた。

「そうだな、はは」

よくわからないけど、ガイはなんかさわやかだ。

なんとなく気が付いてリースを見れば、リースは会話に全然興味なさそうに、ぼうっとしているようなで、少し遅れて付いてきている。

そして、なんとなく足を止めたのは、ケイジが道路の端に寄り掛かって向こうをぼうっと見てたからだ。

「どうしたのケイジ?」

声を掛けても動かないケイジだったので、なんとなく他の2人、ガイもリースもそこへ呼びに行ったのか、それがいつの間にか談笑みたいになってたようだ。

遠くて話の内容が聞こえないミリアも肩を竦めつつ、その端っこで向こうの景色を眺めるのが自然だった。


この辺りの区画はリプクマの敷地であって、総合病院の施設などのように公園など一般開放されているエリアがあったり、制限のかかる研究開発エリアなどもある。

それだけ広いのではあるが、その辺のシェアリング・スクーター共有乗り物に乗れば目的地にもすぐ行ける。

なのに、なんとなく足を止めたのは、ケイジが駄々をこねるから・・・、でも、あと、ミリアも同じなのかもしれなかった。

「ほんとかー。」

ケイジがリースとお喋りしていたのも聞こえてた。

まあ、でもさすがにこのままサボるのは良くないだろう。

「そろそろ行くよー」

ミリアが彼らに声を掛ければ。

「まだいいじゃんか」

ケイジが不服そうだった。

「次のスケジュールがあるんだから、」

「どうせ時間がもうハンパだろ?急がなくてもいいじゃんか。昼メシ食っていこうぜ」

「サボんの?まったくケイジは・・。っていうか、今日も遅刻気味だったでしょ。遅刻するなっていつも言ってるよね?評価がそういうところで落ちるんだから。遅刻した理由は何なの?」

「あれは、・・あれだ。寝坊だ。」

「おい、」

「待て、怒るな。理由だってあって・・」

「どうせどうでもいい理由でしょ」

「おい、決めつけるなよ」

「どんな理由?」

「・・・。あれだな、どんなっつわれると、あれだな、ありゃ相当やばかったからそうするしかないっつうか・・・?」

「リース知ってる?一緒にいたでしょ?」

「え?」

「聞いてる?」

「ごめん、眠い・・」

「そうだぞ、リースだって遅れてるんだぞ」

「遅くまでケイジのゲームに付き合わされて・・・」

「・・・」

ミリアのジト目がケイジをロックオンしてる。

「すらっと言うんじゃねぇよっ」

ケイジが大声出した。

「黙ってろっ。」

ミリアが強く言い返して、リースにもう一度問いかける。

「リース?詳しく」

「・・新しいの出る前に・・今のゲーム終わらせるって・・手伝わされて・・・」

「それ以上しゃべるんじゃねぇ。」

「もう既に、そんなことだろうと思ってた。」

「なんだよそのドヤ顔。つうかリース、お前なんか俺が起こさなきゃずっと部屋で寝てたろ」

「そんなわけないじゃな・・・」

とミリアが言いかけたが、眠そうな顔のリースを見てしまったのと、さりげなく顔を背けたみたいなリースなので、フォローするのはやっぱ止めといた。

もしかしたら、リースなら休日でもずっと寝て過ごすこともあるかもしれない、と思ったから。

知らないけど。

「ニヤニヤしてんじゃねぇよ、ガイ」

「ミリアのはドヤ顔じゃなくて呆れ顔だったな。」

ってちょっと可笑しそうなガイに。

「うっせ」

ケイジが悪態を吐いてた。

「そういうのでチームの評価が下がるんだよ。そういうの止めてよね。」

ミリアの不満は。

「へんっ」

よくわからない勢いだけで返された。

「なんも言い返さないのかよ」

ってガイが笑ってたけど。

ガイもいつもこんな調子だし、強く注意してるのは見た事ない。

「というかリース、眠いならケイジに付き合わなくていいんだよ?」

「・・うん。」

一応頷くリースも相変わらず眠そうだし。

「こいつはずっと寝てるしいいんだよ。」

ケイジは悪態を吐くように反抗的だ。

ミリアはため息を吐きつつ、こんなチームに、こんなにうんざりする気持ちが芽生えてくるのもまた、一週間ぐらいごとの定期だった。


「そういやぁよ、この前の事件のニュース見ててよ、」

って、ケイジが。

「見てたら『EPFが解決しました』みたいな感じになっててよ。」

「ああ、EPFが活躍したって感じにな?」

ミリアもニュースは見ているので、よく知っている。

どちらかと言うと、ケイジがニュースを見ていたことに驚きだ。

「だろ?EPFってなんだよ、って突っ込んじまった。あいつら最後らへんに来て、ちょっとやり合っただけだろ?」

まあ、ケイジの言う通りではあるんだけれど、最後の始末をしたのも彼らではあるから、別に文句を言わなくてもいいと思うけど。

「ニュースなんて見るんだね?」

「お、バカにしてんのか?」

「別に?」

「俺らの活躍が出てるかもしれないしな?」

って、ガイが言う。

なるほど。

「そういうことか・・」

ケイジが目つき悪いままガイを見てて、言い返さないで口を閉じているので図星らしい。

「まあ、世間的にはひっくるめてEPFで浸透してるからな。」

って、ガイが言ってた。

確かにその通りで、世間的にはEPFとは治安維持を仕事にする警備部のエリート、それに加えた特能力部隊といった感じの認識だ。

私たちEAUのような似たような外部の協力者、『特務協戦隊』もひっくるめてEPFと呼ぶことが多い。

ニュースを取り扱うマスメディアに至っては、細かい説明がめんどくさいからそうしてるって節も感じる。

あの事件のとき厳密に説明するなら、『特務協戦とEPFの混成部隊を含めた警備部隊』により襲撃事件は処理された。

それを全て『EPF』と呼ぶのは、とても分かりやすいとは思う、視聴者にとっては。

私たちの『EAU』なんて、なんだか名前も似てるし、関係者じゃないのなら訂正する必要も無いだろう。


――――メディアが報じるニュースでは、『EPF』の活躍を中軸に謎の過激武装集団がどこからか現れたとの報道、その憶測、他ドームへの影響を鑑みたり、正体不明の組織による陰謀論もちょっとあったようだ。

そんなニュースを見つけたら最初は私も流し見していたが、2、3日経てばもう目に留めることもなくなった。

荒唐無稽な話がちょっと面白かったけど、噂話にはもう飽きたし。

細かい情報かもしれないけど間違ってる部分があって、迅速に対応したお陰で被害が最小限だったとか、ブルーレイクの人たちが悲しみに明け暮れているとか、聞いてて胸の内で訂正せずにはいられないのも面倒になった。


「俺らEPFじゃねぇし」

って、ケイジはまだそこが不満みたいだ。

「EAUはそんなに目立ちたくないって聞いたから、Win-Winな状況なんじゃねぇかな。」

「負け惜しみだろ」

「本心だろよ」

つっかかるケイジと、肩を竦めるようなガイみたいだ。

まあ、そんなどうでもいいことを話してても仕方ないので、ミリアは2人に声を掛ける。

「じゃあ、私たちはトレーニングホールに向かおう」

「今からか?」

「もちろん、予定通り。」

「めんどくさくね?」

ケイジは言うことがブレないから、そろそろ気持ちよい。

「途中からでも行く。早く慣れないと、」

そこのステーションに並べて停めてあったリプクマ印の付いたフリーのスクーターたち、その中から適当に3輪スクーターのハンドルを取ったミリアだ。

「そんな変わるもんか?」

「『特能力者』1人入るだけで戦術全体が変わる。」

興味なさそうなケイジへ、そう言っといたミリアだ。

スクーターのいくつかの箇所に光が灯る、ポケットのIDカードに反応して起動したのを認めつつ、ガイが2人乗りのミリアの後ろに乗ってきた。

「EAUも手探りだ、って指導官が口走るくらいだからなぁ。」

ってガイが漏らしてた。

「だろ?」

ケイジのそれは、何がなのかはわからないけど。

「その辺は心配していないけど、」

「まあな。」

そう、ガイも。

「問題は私たちで、圧倒的に特能戦闘に経験が無いから。」

ミリアはスクーターを運転しながら、ステーションから出しながら、あの時の光景がふっと少し頭をかすめる。

あの、イレギュラーな状況、完全に特能力者による甚大な被害が出た事を。

それに、事件だけだったらリリー・スピアーズ市街内でも恒常的に起きている。

「ふーん」

ケイジはミリアの表情を見下ろしていたが。

「あんなんになるのは稀だろ。歩いてたら自撮り写真にばっちり写っちまってネットに乗せられて、有名人になって、フォロワーが凄いことになっちまうようなもんだろ。」

何の話だかよくわからない。

「それは、『おおごと』ね。」

「お前らはこのあと定期健診だっけ。」

ガイがそう、横から。

「ああ。」

「病院の方へはバス出てるでしょ。」

「こっちのが気持ちいいからな」

って言って、スクーターに跨るケイジ達みたいだ。

風に当たるのがケイジは好きそうだし、というかリースはケイジの後ろに乗る気満々のようで、後ろについてる。

たぶん運転がめんどくさいんだろう。

仕事が一緒になって長いとは言えないけど、そろそろ彼らの性格はわかってきている、と思う。


「終わったらちゃんと来いよ」

「その前に昼飯になりそうだし。」

ケイジはサボる気満々だ、ぜったい。

「一緒に食うか?」

「遠くね?」

「いいじゃんか」

「まあいいけどよ。って、おいリース、なんで眠そうなんだよ。」

ケイジの背中に勝手に寄り掛かっているリースみたいだ。

「お説教されてたから?」

ミリアが予想してみる。

「夜更かししたのが大元の原因だろ」

ガイのが当たりだろう。

「俺だって眠いぞ」

「リースが本格的に寝る気だな」

「2輪じゃなくて、この3輪にしたら?」

「やだね。」

「振り落とさないでよ」

「バスで行けよ」

「バスは寝過ごすだろ?」

「ケイジじゃあるまいし」

「なんだよ。」

「終わったら連絡くれ」

「ああ。ゆっくり行ってやるか。」

「サボる気?」

ミリアの探りにケイジは目を逸らしている。

「そういや、新しいゲームって買ったのか?」

「ん、あれか。まだ売ってなかった」

「おい。」

「来週だった。めっちゃ面白そうなんだけどな、」

「どんなゲームなんだ?」

「対戦、『グッデイ・マター:レジェンズ』」

「聞いたことある」

そういえば、一番文句が言いたいだろうリースは、もうケイジの背中に寄り掛かったまま、寝てるのか聞いてないみたいだった。

「昼飯は何喰う?」

「『カモキッチン』行きたい」

「あそこ前も行かなかったか?」

「限定の『スパフィッシュ・クロシュ』が終わりそう」

「はまってんな。期間限定メニューにはまる奴も珍しいだろ」

「限定だから今の内に食べないと」

「それもそうだな」

って、ガイが納得してた。

「期間限定なんてウケ狙いのばっかだろ?」

「はぁ、これだからケイジは・・」

「なんだおまえ、」

ミリアは、やれやれ、とわかってないなぁと言いたげな雰囲気を醸しながらも、適当に、スクーターのアクセルを回して道路の方に進路を向けるのだった。



なにか言いたげだったケイジを置いて走る、全身に感じる風は柔らかくて気持ちいいけど、少し砂が混じって埃っぽい。

スクーターに乗ってケイジ達も追いついてきたけれど、すぐ道が途中で分かれて、目線を合わせながら。

「俺は、チーズバーガーを食う!」

何かの宣言をしたケイジが、そのままあっちへ走って行った。

意味がよくわからなかったけど、とりあえず一緒に昼食へ行くんでよろしくってことなんだろう、きっと。

そんな事を考えつつ、違う方の景色へミリアはガイと一緒に向かっていた。

ちなみに、ケイジとリースが用があるのは、検査の施設がある病院のある区画の方だ。

この辺の道路はリプクマの私有地であり、スクーターの静かな駆動音はほぼ聞こえず道の上を滑っていくようだ。

広い敷地内だけど、たまにすれ違う人や、向こうから来るスクーターや車の人たちものんびりしている気がする。

白い大きな建物が多いこの辺の景色は綺麗で、プリズム色が混じる日光も気持ちよくて、嫌いじゃない。

同じスクーターに乗ってるガイも、なんだか気分は良さげに景色へ目を細めてる。

ふと、自動的に減速を始めたスクーターに気づき、顔を前に向ければ信号機に反応したみたいだ。

ミリアは足先を伸ばして、空へ向かって伸びをするけど、それも気持ちいい。

そうしてると自動的にスクーターは信号機の前で停止した。

セミオート運転をフルオートに切り替えて、ストレッチでもしてようかと思いながら、数少ない信号待ちの間も少し、――――・・・また遠くの白い、リリー・スピアーズの景色に目をやるのだった。


「なんか聞かないか?」

ガイにそう言われて。

ミリアは、フロント・コンソールの中からエンターテイメントのパネルを指で触れて。



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