これは母性本能の誤作動です!!!!

夜摘

1.ショタコンではない女、運命の出会いをする

それはまるで小さな王子様。

きらきらと輝くあどけない丸い瞳に、長いまつげ。

まだ高くて女の子みたいな可愛い声色と

少しだけ背伸びしたような、何処かぎこちない言葉遣い。

すべすべの柔らかい手のひらが、私に躊躇いがちに触れる。

上目遣いの彼がおずおずと私の名前を呼んだ時、

私の中で何かが壊れていく音がした。




私の名前は佐々木亜衣。

某チェーン店であるファミレスで働くアラサー女子。

好きな物はマンガとゲームとイラストを書くこと。

彼氏はなし。ずっとなし。

これは私の好みが同年代の女子達と少しばかり違っていることが原因の一つになっていると思う。

私は年上が好きなのだ。

それも、1つや2つ、3つや4つというレベルではない。

少なくとも50…60歳は越えているくらいの歳の男性が好きなのだ。

そして、それは"自分の実の父親"よりも年上ということになる。

私がいくら好き好きオーラを放とうとも、相手にされない。

せいぜい娘や孫のような感覚で、優しくあしらわれてしまうばかりなのである。

けれど、ある時気がついてしまった。

そもそも私が好きな理想のイケオジは、年下の小娘なんかにうつつを抜かすような男ではない。私は手の届かないイケオジが好きで、結局のところ私の好みのタイプは『私に振り向かないイケオジ』だったのだ…!

これは完全に不毛としか言いようがないのだが、

それでも、それに気がついてから私の気持ちは格段に楽になった。

だって、私は別に相手を振り向かせようとか考えて悩まなくて良くなったからだ。

ただ恋をしていれば良い。

好き… ステキ… 結婚して…みたいに、ただ無責任に焦がれていれば良かった。

これは凄く幸せで、とにかく楽だった。

そんな風に私は私の性癖と折り合いをつけてしまったものだから、

両親から注がれる「早く彼氏を作れ」「結婚しろ」コールも耳の右から左へ聞き流し、ステキなおじさま俳優たちを眺め、勝手に愛でるだけで幸せだった。


しかし、そんな私の穏やかで幸せな暮らしはある日突然終わりを告げた。


その日、私は友人の結婚式に出席する為、久々に実家のある地元へと帰郷していた。

そして、次の日の友人の挙式に備え、家でのんびりと過ごしているところだった。

ふと家の前の車道に、見慣れない男の子がぽつんと佇んでいるのが見えた。


田舎の車道なんて大して車も通らないとは言え、

さすがに小さな男の子が一人でいるなんて危ないし、周囲に親の姿も見えない。

万が一事故にでもあってしまったら困るし、迷子かも知れない…、

見てしまったからには放っておくことも出来ず、

私は、あまり気乗りはしなかったけれど、

家の前の通りにいる男の子の所へと向かうことにしたのだった。


「こ、こんにちは」

「…あ、……こんにちは」


少し緊張しながら声をかけると、

男の子は驚いたようにこちらを見て、そう返してくれた。

窓から見た時は分からなかったけれど、この子相当可愛いぞ…?

髪はつやつやで、きれいな天使の輪が出来ているし、

大きな瞳はキラキラ輝いている。

小学生低学年くらいだろうか?

顔も手足もちっちゃくて…


「…?」


思わずじっと見つめてしまった。

男の子が不思議そうな顔で私を見上げているのに気がついて慌ててしまう。


「あ、ご、ごめんね…。

 あのね、きみ一人?お母さんは一緒じゃないの?」

「…お婆ちゃんが、ここで待ってなさいって…」

「え?こんなところで?」


いくらド田舎の車通りの少ない道だからって、

こんな幼い子供一人置いていくのはあまりにも無責任だ。

私は、その場に居ない彼の"お婆ちゃん"に思わずムっとしてしまう。

そしてそれが顔に出てしまっていたのだろう。

男の子は不安そうに私を見上げていた。


「えっと…、お姉ちゃん、心配してくれたの…?」

「う、うん。道路は危ないから…。大丈夫かなって…」

「ぼく、飛び出したりしないから大丈夫だよ」

「そっか。お利口なんだね」

「えへへ」


そんな風に少しだけその子とお喋りをする。

彼の保護者が戻ってくるまで一緒にお喋りをするくらいなら、

この子が本当の変質者に狙われるのを牽制する意味で、やってもいいだろう。

私だって幼い子供を犯罪者から守らなければ…と思うくらいの倫理観はあるのだ。


「きみ、お名前は?」

「えっと、ぼくはひなただよ」

「ひなたくんね。私は亜衣だよ」

「あいちゃん?」

「そう。よろしくね」


少し緊張気味の、それでも好奇心の隠せないソワソワした態度で私を見つめるひなた君が可愛らしくて、思わず笑みが零れてしまう。

「ちゃん」付けで呼ばれたのなんて何年ぶりだろう?と、

くすぐったい気がしてしまう。


「お婆ちゃん迎えに来るまで、一緒にお話して待ってよっか」


ひなた君はパッと表情を明るくして笑った。

やっぱり一人だと不安だったのかもしれない。


それからひなた君は、学校の友達と遊んでいるカードゲームの話だとか、

好きな昆虫や怪獣の話だとか、漫画やテレビの話だとかをしてくれた。

私が興味を持って相槌を打ったり質問を差し込む度、

何処か得意げな顔をしてどんどん話し続ける彼の姿は本当に微笑ましかった。


その後、腕に下げたエコバックに野菜を沢山に詰め込んだお婆さんが、

ひなたくんを迎えに来て、彼は家に帰って行った。

誘拐犯だと間違えられなかったことに心からホッとしたし、

ひなたくんも可愛らしくてとても良い子だったので、

私も心に少しばかりの潤いを得たような気がした。

これが所謂"若さ"のエネルギーってやつなのかもしれない…。

恐るべし…ショタ少年…。

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