第60話『金』
「そんでここはどこなんだ?」
京也の問いは責める意味でなく、純粋にどこなのかを知りたがっていた。
実はルゥナは、どこか行先を間違えたようで少し焦っていた。
「う〜ん。なんか失敗したみたい。へへへ」
かぐやはゆったりとした気持ちでいた。
「まあ仕方ないですわ。ルゥナさんも間違いがあるんですね」
リムルは見覚えがあるのか、首を傾げている。
「なんか以前もきたような……」
アリッサも同様にきたことがあるような様子だ。
「私も来たことがあるような、気がするぞ」
ティルクは過去の記憶からなのか、思い起す物があるみたいだ。
「うむ。どこか懐かしいのう。闇の魔境にひどく似ておる」
レイナは、戸惑いつつぼんやりしている。
「えーと、あたいはこのまま斥候として調査する?」
――少し時は遡る。
俺たちは、朝の鐘が3回鳴り終えてしばらくした後、全員揃ったので出発した。
問題もなく丘につき、入り口がありそうな場所をルゥナが探し当てて、日本語を使うものではないのでルゥナが挑戦したところ、暗号は解けた。
ところがもう一つ追加で暗号があり、二重に施錠されていたのでルゥナが再び挑戦した結果、入り口が開き中にいると、今の場所に繋がったのである。
別に失敗などでもない訳で、単に暗号というか組み合わせで着地場所が変わるようだ。
そんで目の前の惨事がある。
背丈が単に二メートル級になって、人型の体型になっているだけなのか、体型以外は鶏その物だ。
目を剥き出すかのようにして俺たちを見遣る。
クチバシから薄切りベーコンのような茜色の長い舌を覗かせて、クチバシの下まで垂れ下がりヨダレが落ちる。
体は人の体で首から上が鶏の奇妙な奴らだ。
ざっとみた感じ、数十はいる。
どちらかが動き出すのを待っているみたいで一触即発の状態だ。
今いる場所は、ただの洞窟のように見えて明らかに人の手が加えられた痕跡のある場所で、どこか作りかけに近い印象だ。
レンガのような石材が中途半端に壁として作られており、積み上げ途中の壁の隙間からは、完全に滑らかな赤茶色の岩肌を剥き出しにしている。
洞窟は非常に幅広く天井も高い。馬車が十台並んで走っても余裕そうだ。
一定間隔で明かりが灯り、鶏頭の奴らの皮膚から浮き出す太い血管見えるほど明るい。
どういうわけか、張り詰めた空気感でもないし、互いに引くこともなく攻める訳でもなくその場から動かない。
このままやり過ごせるかというと、そうでもないことは、辺りの様子から窺い知れる。
――白骨だ。
何者でどのような種族かは一見して不明で、白骨化した骨が頭骨を中心に散らばる。
見たところ、人骨のようにも言える。
レイナは冷静に見ており、今かと待ち受けている感じだ。
「足止めしてくれたら、あたいにまかせてもらえる? 斧捌きを見てもらいたいんだ」
金太郎一族のレイナは、戦闘意欲は抜群だ。
レイナが自信満々で告げるのを聞いた京也は、リムルとアリッサに目配せをして、ことを動かす。
リムルは頭上に手をかかげた。
「氷結魔法! いくよ!」
リムルは白銀の叩きつけるような吹雪を鶏頭の下半身に吹き付ける。
同時にアリッサも動き出す。
「ブリザード!」
アリッサのブリザードも強力だ。
あのイフリートを足止めできたぐらいだからだ。
二人の魔法により、下半身はみるみる内に氷漬けになると、身動きが取れなく『グェェグェェ』と声を出して鶏頭は叫ぶ。
何をする訳でもなく、上半身は何かもがくように凍った状態から抜け出そうと必須だ。
もがいているところにレイナが両腕を後ろに流し、前傾姿勢で駆けていく。
手にもった斧が突然、二倍以上の大きさになったかと思うと、横なぎに左から右へ滑らせた。
鋭い切れ味で瞬く間の内に、十数体が両断されて上半身が飛び跳ねる。
勢いのあまり体を軸に垂直に半回転させると、何事もなかったかのように立ち止まり、レイナは満面の笑みを見せてブイサインを決める。
「イェーイ! あたい結構やるでしょ?」
ルゥナはパワー系が好きなのか、目珍しく興奮している。
「うわっ! デタラメな威力だね。京也に勝るとも劣らない?」
まさに力任せな勢いで有無を言わせぬ迫力があった。
女性にしては膂力が高い。
あまりの速度と圧倒する動きで、俺は言葉がうまく出なかった。
「すごいな……」
今度はルゥナが何やら慌ただしい。
「わっ! わわわあわわわ! 京也! 見てっ! 黄金の魔核っ!」
ルゥナが騒いでいる。
何事かと皆も鶏頭を見ると胸部中央あたりから、黄金に光る物が見えた。
京也は手を突っ込み引き抜くと、鶏の卵ほどの大きさで真珠のように滑らかな艶の魔核を手のひらの上で転がす。
非常に柔らかく殻を剥いたゆで卵のような感触だ。
「たしかに珍しいけど、慌てることなのか?」
「「「え?」」」
女性陣が一斉に京也へ振り向く。
その表情は、重大な危機を迎えたかのように口を半開きにし、目を大きく開け表情筋はこわばっていた。
京也は一瞬何かをやらかしたのかと、またしても選ぶ言葉を間違えたのかもしれないと冷や汗が背中を伝う。
「え? 京也それマジで? 黄金の魔核は女子にとっては神器よ?」
ルゥナがなぜか勝ち誇ったように告げる。
同時に女子は皆、同意するかのように皆縦に頭を振り頷く。
「おっ、おう……」
「京也、これはね。たったこの一つだけで、まつ毛はモリモリできめ細かい赤ちゃん美肌になりつつ、唇うるうるでかつ髪に艶が出るの! それと……出るところが出るの! 最強でしょ? さらに体内が活性化されて体の内側から浄化されるのも女子限定ね」
京也はルゥナの勢いに唖然としてしまう。
「おっ……。おう……」
ルゥナは京也とティルクが地道に引っこ抜いた魔核の山を見て思案していた。
「これだけあれば、女子全員に一人2個は固いね」
肉体がないのに自分まで入れて数えるとは……。
「え? ルゥナは肉体がないから効果得られないんじゃ?」
「何を言っているの? 肉体取り戻すまで京也が確保しておくに決まっているじゃない?」
どうやらルゥナの荷物持ち決定のようだ。
「おう……」
ルゥナといい、他のメンバーも息巻いており、とてもじゃないけど俺の入れる隙はない。
俺とティルクはどこか肩身が狭そうにして、隅による。
なんだか女子たちはやる気に満ち溢れて、鶏頭を再び見つけるとまさに蹂躙するかのように狩り、また次に向かう。
当然ながら、魔核の確保は俺とティルクの仕事になる。
「ティルク……。なんだかすごいことになったな」
「うむ。女子はああなったら、好きにさせるより他ないぞ……」
ティルクはどこか達観した様子を見せていた。
さすが長生きしているだけはある。
突入時にトラブルはあったものの、なんだかんだと今回もうまくいきすぎている感じがしてならない。
ん〜。鶏から金の魔核って、まさに金の卵って感じだよな。
京也は呑気にぼんやりと考えながら、黄金の魔核を回収していく。
女性陣はひたすら狩り続けていたのか、まさに蹂躙するかの如く鶏頭の死体だらけで、最後の一体でおそらく百二体目だ。
京也は皆に確認をしてみた。
「終わったのか?」
ルゥナはどこか充実した顔つきをしていた。
「もういない見たいだね」
アリッサも鈍っていた体が動かせたのは、よかった様子だ。
「結構狩ったからな。久しぶりに私も力を発揮したぞ」
何をどう動いたのかわからないけど、かぐやも何かしたようだ。
「ワタクシも支援できた見たいでよかったですわ」
レイナと皆はどうやらうまくいっているみたいだ。
「あたいも、入ってすぐに連携がうまくできてびっくりだよ」
ルゥナは呑気にも空に浮き寝そべりながらいう。
「京也、結構溜まった? あたしの分は保管しておいてよね?」
ルゥナは半分満足、半分不満足というところか。
あらためて京也は数えてみるとかなりあることに気が付く。
「結構狩ったな。一人あたり20個もあるぞ?」
ルゥナの魔核に対しての反応はすこぶるよい。
「え? 結構あるね! キョウ、私のもしばらく預かっていて」
京也は他のメンバーにも確認して回る。多分皆同じことをいうだろうけど、念のためだ。
「皆はどうするんだ? レイナもか?」
「う〜ん。あたいもしまうところないし、預かってほしいでっす」
かぐやの十二単の袖には、いろいろ物が入りそうだけど何か事情でもあるんだろう。
「ワタクシもお願いしますわ」
アリッサはなぜか挙手して主張していた。
「私のも頼んだ! 京なら安心できるからな」
結局ぜんぶ俺が預かることになった。
劣化もしないから、保管箱は便利なんだよな。
でもなこれ、普通に食うのか? いまいちどうするのかわからん。
そういうや特典箱は女神が管理しているなら、その中からでたアイテムも管理されているのだろうか……。
皆が充実した顔で、一仕事を完了したかのようにリラックスしていると、奥に何か現れた。
今いる一帯は、アルべべのダンジョンのように、青空は広がり雲があって、陽射しを照らす太陽もあり風が吹く。
地下なのにまるで地上という不思議な場所だ。
皆思い思いに、地面にしゃがみ休憩をとっていた。
その場を再び戦場に変えそうな者たちが群れを成して現れてきた。
ルゥナは若干退屈そうにする。
「今度は、牛頭かあ。頭だけ人以外で変わっているよね。闇世界でもそういえばいたっけか」
ティルクは上を見上げて、昔を思い起こすかのようにしていた。
「うむ。おるぞ。筋骨隆々な戦士がな。ただ奴らはな、見た目と異なり温厚な奴らだったな」
「そういえばそうね。目の前の連中は魔法界の牛頭でしょ? それだと性格は違うかもね。またいい魔核だといいな。イヒヒヒ」
この場所はかなり広い。
どのぐらいかというと、地平線が見えるぐらいだ。
一体地下世界は、何がどうなっているのかさっぱりわからない。
ダンジョンというわけでもなさそうなので120時間制限は、なさそうなところがいい。
少しずつ間合いを縮めている牛頭たちは、手に自身の太ももほどもありそうな大きさの棍棒を、皆それぞれ握りしめている。
コゲ茶色をした体で、筋骨隆々だ。目は血の色のように真っ赤で射抜くようにこちらを見る。
数にして数十はくだらない。
女性陣たちはいつの間にか連携が取れているのか、レイナを前衛にして中衛をアリッサ、後衛をリムルとかぐやの態勢になっていた。
俺はまたティルクとどうやらお留守番のようだ。
「俺たちの出番はなさそうかもな……」
「うむ。我らはどうやら、今回も回収要員やもしれぬな」
ティルクは俺の右肩の上に器用に座り、ぼんやりと女性陣たちを眺めていた。
俺は今回、扉を開けるだけの鍵屋の状態に加えて、荷物回収と荷物持ちのポーターの役割に徹している感じになっている。
俺は、何もしていないような感じがしてくるのは、気のせいだろうか。
よもや俺、不要論だ。
連携が取れたなら、どのような戦いぶりを見せてくれるのか興味はある。
なんせ戦闘経験が皆の中で一番少ないどころか、圧倒的に足りないから見ても勉強になる。
しかもいいことに、勇者から譲り受けた戦闘用ウエットスーツについてくるヘルメットは高機能だ。
視覚補助がつき、情報表示される優れものだ。
まるでゲームをしている感覚になる。
どこから情報を仕入れて日本語で表示しているのか、不思議な未来仕様の防具だ。
「左から行くよ!」
レイナは左端にいる牛頭一頭に対して、切り込む。
身長差でいくとまるで大人と子どもほどの差がある。
ところが斧が再び倍化すると、差などどうでも良くなるほど武器の威圧感が変わる。
本当に倍化なのだろか、名称だけであって実際は3倍程度。
柄の部分は艶消しの黒色をしており、両刃の斧は銀色の刃が弧を描くように滑らかだ。
確実に切り伏せたいのか、今回も左側から横一文字に刃を滑らせて、胴体をいとも簡単に真っふたつに切り裂いた。
勢いよく上半身は右後ろに飛んでいき、そのまま地面に転がる。
レイナはそのまま駆け抜けていくと、振り回した勢いで時計回りに回転しながら次に迫る牛頭へも勢いよく切り掛かる。
二頭目からはかなり距離が詰まっていたため、そのまま回転しながら接近して切り付ける。
まるで台風かのように、周囲を斧の刃が切り裂いていくのは圧巻だ。
胴体は跳びちり、血肉の溢れる地獄絵図がそこにはあった。
回転しながら吹き飛ばすという荒技を繰り返したのち、停止がまずかった。
本人は足元おぼつかず斧を杖にして止まってしまう。
肩で息をしているわけでもないことから、単にムリして目が回ってしまったように見える。
レイナがふらついている所に狙いをつけ、残りわずか三匹ほどが迫りくるところを、リムルとアリッサによる氷結魔法で足止めを行う。
最後に仕留めたのは、リムルの氷槍による串刺しだ。
腕ほどの太さがあり、人の背丈ほどもある槍は数十という数が生成されて、リムルの頭上で待機したかと思いきや連続して撃ち放つ。
三匹とも腹や頭を撃ち抜かれて即死に近い。
仕留め終わるとようやく落ち着いたのか、レイナは膝から崩れるようにして、地面にへたり込んでしまう。
様子からして大きな問題はなさそうに見えるものの一番の貢献者であるため、労いの言葉をかけるべく京也は急ぎ近づいた。
「レイナの斧さばき見せてもらった。切れ味も斧さばきも回転しながら維持できるのがすごいな。なありがとな」
「うん。あたい、めっちゃ気合い入れたよ!」
「ああ、一人でやれるのはすごいな。非常にありがたいけど、少し張り切りすぎたんじゃ?」
「実はね。へへへ。少しでもいいところ、見せなくっちゃと思ってね」
「無事でよかったよ。今落ち着くまで休憩な」
「うん。ありがと」
無事問題なさそうなので、離れようと背を向けると、小声でレイナは呟く。
「京也って、優しいんだね」
「ん?」
「なんでもないよ」
はにかんだような笑顔を見せると、駆け寄ってきたリムルやアリッサとかぐやと楽しそうに会話を始めた。
そういえば、かぐやの動きがあまり見られないな。
戦闘時にはかぐやに何かをさせる前に終了するか、個々人が圧倒的な蹂躙劇を繰り広げるので、目立った出番がない。
どのような能力もちか本人に直接聞くとして、この場所での回収作業が俺とティルクの変わらない役割だ。
さて、どのような魔核が出るやら。
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