第28話『逃走』

 ――数日前を思い起こしていた思考が今に戻る。


「じゃあね〜。バイバイ無能クン」


 アリアナの声が耳に残る。


 してやられた。

 まんまと逃げられてしまう。

 俺は、何が起きたのか理解が追いつくまでに時間がかかってしまった。

 

 目を開けられないほどの閃光が周りをつつみ、俺とリムルは危険を感じとっさに互いに手を繋いだ。


 その後、一瞬の浮遊感を味わい何事もなかったかのように、着地した。

 感触はまるで、新雪の上を踏み締めた時のやわらかさに、酷似している。


 真っ白な視界から、ようやく見える状態に戻る。

 どうやら、先ほどまでいた所とは異なる場所にいることがわかり京也は、目を見開くと眉を上げた。


 ――やられた。


 アリアナが何かを使ったのは明白で、恐らくは強制的な転移かもしれない。


 周りはどう見ても古めかしい遺跡に見える。

 レンガに近い大きさの石が地面と壁に敷き詰められており、精巧さが垣間見える。

 

 広さは50人ほど入れそうな大部屋にいる感じで、出入り口となる場所は一箇所しかない。

 レンガ作りの奇妙な場所で、周囲にある異質な物に目がいった。


 ――何で白骨が?


 どれもが何か戦ったあとのようにも見える。

 壁に背中をもたげて座り込んだ姿勢で白骨化した物もあれば、鎧を着用したままうつ伏せになり、首がない状態のものなど見渡す限り所々にある。


 骨でなければ凄惨な現場だったことだろう。

 見た目のひどい状態でも不思議と空気は澄んでおり、静謐せいひつさすら感じてしまう。

 

 石しかない場所で白骨になるぐらいだ、相応の年月は経っているだろう。

 ただ奇妙なことは、腐らずに残った装備品には違いがありすぎた。

 一方は探索者と言っても不思議ではない物もあれば、どう見ても豪奢な重装備の鎧甲冑もあり統一性がない。


 遺跡調査をするにしても、あまりにも不自然さがすぐ目の前の品々から見て取れる。

 どういうことだと疑問がよぎるものの、すぐに思考を切り替えた。

 大事なことは、何と戦って逝去したかだ。


 幸いまだ敵らしい気配は、周囲に現れていない。

 一旦、白骨化した者たちを1体ずつ調べてみることにした。

 遺留品で使えそうな物は拝借しておくに限る。


 体感として1時間程度だろうか、一通り調べてわかったことはどれも年代が異なることだ。


 確かめる方法は、すべて保管箱に収納してからの情報で判別したから、かなり正確だろう。


 やはり探索者らしいものもあれば、騎士団の団長クラスの者もいたり、身分の違いも千差万別だ。

 装備品や装飾品は今のところそれほど調べてはいない。


 どう考えても特典箱産には、遠く及ばない品々ばかりだからだ。

 せいぜい年代測定と身元確認程度にしか使っていない。

 

 もしかすると、ここに”転移させられた”と見た方がいいのかもしれない。

 どのような遺跡かはまだ未知数だ。

 

 ただし、脱出はどう考えても困難な場所にしか思えなかった。


 どう見ても大部屋からのスタートしか考えられない。


 周囲の惨状から、大部屋に逃げ戻ってやられたのか、はじめからここに何かがいてやられたのかは、今だけの情報だとわからない。


「慎重に行こう。今までのダンジョンとはわけが違いそうだ」


「どこか見たことのある感じがするのよね……。なぜかしら? 思い出せない」


 リムルは首を傾けながら前を見たり、上を向いたり顎をつかむように手を当てたりしながら必死に考えていた。


「ゆっくりでいいさ。わかったら儲け物だよ」


 あまりにも必死な感じがしたので、重要視していないことを伝えた。

 するとふわりと何の前触れもなく、闇精霊が現れた。


 今日は珍しく立ち姿だ。


「あら? また随分と物騒なところに来たのね。ほんと京也といれば飽きないね。イヒヒヒ」

 

「この場所を知っているのか?」


「知りたい? 結構エグいよここ」


 まただ。いつもながらもったいつけるようにいう。


「まるでわからないからな。一体ここは何なんだ?」


「”どこだ”ではなくて、”何なのか”という聞き方がいいね。遺跡といえばそうなんだけど。手に負えない魔獣の隔離場所かな」


 隔離場所のような所が存在するなら、恐らくは手が付けられないほどの相手だった可能性が高い。

 まずいな、ちょっとしたハードモードだ。


「倒さずに隔離する意味はあるのか?」


「魔力さえあれば、どうとでもなるからね。隔離するしか、当時は手段がなかったというところかしら?」


 見聞きしてきたような口調だ。

 実際、見たんだろう。

 闇精霊は、一体いつから存在するのか知る由もない。


 ともかくとして、敵対する相手が相当強いとなるとさっさと白いヤツになりたいところだ。

 けど、白い奴になると時間が制限されるから、なかなか使いにくい。


「つまりかなりの凶悪な奴らか……。遭遇した魔獣がほとんどボスクラスと思ってもよさそうだな」


「そうね。あっているわ。その認識」


「ならば、闇レベルはそこそこ上がりそうか……」


「へぇ〜。京也は、今闇レベルはまだ10ぐらいでしょ? 次の段階行けたらすごいよ? イヒヒヒ」


 次の段階がいつなのか気になるものの、闇レベルを1個あげるだけで相当な経験値が必要だ。


 闇精霊は喰らうと言っていたのは、経験値を丸ごと食らって消化した結果のことなんだろう。

 

 だとすると、変換率が異常に低い……。

 とはいえ、選択肢がないから文句を言っても始まらない。

 以前のレベルゼロと比べれば天国みたいな物だと、自分を納得させた。


「普通のレベルは上がらないのにな。闇レベルが上がると強力なのは何なんだろうな?」


「あれ? 言わなかったけ?」


「何がだ?」


理人りじんでしょ?」


「ああ。そうだけど、それが関係あるのか?」


 俺は唐突に言われた種族名に、どこか自然な感じで受け入れていた。

 単に種族といっても、俺の意識や価値観が変わるわけでもなし。

 肉体的な物の変化でもないなら、なんてことはない。


「大有りだよ! ”理外の人”であるなら、今いる世界の”理”は通用しにくいわけ」


「ああ、そういうことか。だから耐久できるというより、すべて効きにくいと解釈すべきなのか……」


「ご名答! ただ、本人が持つ常識や認識に引っ張られる形になるから、おいそれと理を逸脱したことは行えないけどね」


「なるほどな。今まで培った常識は簡単に覆られないよな」


「そうだよ? それに、この世界のルールに縛られていないから、経験値なんて上がるわけがないし、普通のスキルは得られるはずもないというわけ」


「ん? だとすると、闇レベルが上がるのはなんでだ?」


「永遠なる闇の毒蛇で解放されたのよ。闇の力がね。普通の人は無理だけど、京也は闇のエリートだから適正ありまくり!」


「つまり、この世界で得るはずの経験値が闇の何とかに換算されてレベルアップなのか?」


「近い! どちらかというと闇に食われたという方が表現としては近いかな? 闇はなんでも喰らうよ?」


 理屈はわかったにせよ、今大事なのは出口だな……。


「状況は分かったけどな……。出口なんてあるのか?」


「そうね……。たしか点検用の部屋があったはずよ? そこからなら出入りが自由なはず」


 脱出方法がゼロでなければ、大丈夫だろう。


 幸いなことに、飲まず食わずでも耐久してしまい耐えられるし、死ぬこともないからだ。


「部屋か……。どうせヒントなしだろ? というより場所を知らないんだろ?」


「大正解! いくらあたしでも知らないよ! イヒヒヒ」


 素直に認めやがった。

 今度ばかりは、地道に探していくしかなさそうだ。


「闇レベルを上げるのに、ちょうどよいと割り切るしかないか。魔獣らをダンジョンの外へ出られないようにしているだろうし」

 

「そうね。さながらダンジョンのような作りにしているのは、溢れさせないようにするためみたいだけど実際はどうかしらね」


「ならさ、白いヤツにさっさとなって、倒しまくりながら進んだ方がいいんじゃないか?」


「んー。それもいいけど、二人で連携できるの? と言っても京也が倒しちゃえば済むから大丈夫かな?」


 意外なことにリムルの心配をしている様子だ。

 戦う時の時間の感じ方が違うから戦闘終了までは、リムルからすると一瞬かもしれない。


 たしかに白いヤツだと連携は難しいし、使える時間と次に使えるまでが長い。


 やはり毒蛇で頑張るしかなさそうな感じだ。

 

 大部屋では他に得るものもなく、繋がっている通路へ向けて歩き出した。

 通路は馬車二台分ぐらいの広さで、天井は想像したより低い。


 通路に使われているレンガに近い大きさの石は、光石で作られた物だった。

 おかげで、明るく視界は確保されている。


 案外何もいなければ、何も起きない道なりで、たまにあるのは白骨だけだ。

 とくに気になる物はなかった。

 

 歩きはじめて、数分した頃だ。


 ――外なのか?


 一見して外に出られたような感じがするほど、草木の生えた自然な風景が目の前に広がる。


 ここがまだ室内だといえるかと言われると、まるで外だ。


 草木が香り、風はふき雲が流れ、青空が広がり太陽もある。


「脱出か?」


 そんなことがあるはずもないのは、わかっている。


「何か変ね……」


 二人して何か違和感を覚えながらも、後退すれば先の白骨死体の場所に戻る通路しかないので一歩を踏み出した。


 数歩いった先には、石碑が一つあり古めかしさを感じさせる。

 草木が絡みつき、苔が付着している。

 

 少しだけ石の地肌が残っており元は、亜麻色あまいろをした石のようで今は、付着した苔や草木で見る影もない。

 

 相当な年月が過ぎ風化した姿は、見た目からして感じとれる。

 高さは俺の背丈ぐらいで、横幅は人が3人並んだぐらいの幅もある。


 闇精霊はまた、どこかにいったのか消えたままだ。

 石碑には何か文字が書かれており、手前には腕ぐらいの太さの円柱が三本正面にたち、膝まである高さで横一列に立ち並ぶ。

 

 奇妙な石柱は、もしや動くのか?


 俺は思わず真ん中を押し込んでしまうと、壁を隔てた奥で何か大きな歯車が噛み合わさり、軋む音を響かせて何か動く音がした。


「やべ、やっちまったか!」


 あまりにも迂闊すぎる行動をしてしまった。


「キョウ!」


 心配そうなリムルの顔を見て、咄嗟に離れないように抱きしめた。

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