第26話『異物』
――数日前。
俺とリムルがアルベベ王国の王都についたのは、昼ごろだった。
頭上には太陽の日差しが強く、雲ひとつない珍しく暑い日だ。
風もなく、否応なしに暑さが増していくのはまるで真夏といえる。
陽射しは肌に突き刺し焼けるようで、黒い鉄板でもあれば目玉焼きが作れそうだ。
門には誰もおらず、かなりの暑さだからなのか、さすがに門番はいなかった。
人が誰もおらず、当然ながら並ぶこともなく町に入ると、異様な雰囲気を目の当たりにする。
見た目は廃墟でもなく、小綺麗な作りで道も整備もされているのに、町中には誰もいない。
何を言っているのか、暑さで頭がおかしくなったかと思うほどだ。
周囲の店は開いている様子が見てとれる。
とはいえ周りの状況から、見て回るにしても何か変だ。
何がおかしいかというと、どこにも人がいない。
単に暑さを避けて皆、避難しているともいえるし、それだけの陽射しだからだ。
とはいえ、王都で誰も出歩いていないのは、いくら天候の影響があるにしても変だ。
なんらかの事情があるにせよ、何があるのかまだわからない。
不意に、肉と骨の図が書かれた看板を見つけた。
干し肉があればと思い店にたち寄ってみる。
中はカウンターだけあり、直立不動とも言える人物が客側に対して背中を向けたまま、縦に小刻みに揺れる。
全身を使って貧乏ゆすりをしたら、目の前のような感じなんだろうと、まさに体現しているかのような動きだ。
背丈は、二メートル近くもありそうで、毛髪が一切ない禿頭は油を塗り込んだように輝く。
着ている焦茶色の布地の衣類は、布の下にある分厚い筋肉の隆起に耐えきれなさそうに、張り裂けんばかりの状態だ。
何か小声で一方的に、壁へ向かい話しているように見える。
――要は、ひとり言だ。
何事かと思い、声をかけて見ても反応がない。
聞こえていないならと仕方なく立ち去ろうとしたとき、唐突に変化があった。
ほぼ一瞬だった。
肉屋の店主らしき者が、予備動作もなく突然京也たちに向けて、体ごと振り返るのは、まるで足元に円盤があるかのように半回転して向き合う。
視線は京也たちを射抜き、舌は犬のように口から這い出し垂れ下がる。
すでに人ではないのだろう……。
白目が完全に黒くなり、虹彩の区別がつかないほどすべて黒一色な眼球をしている。
右手に持つ鉈を握りしめくの字に腕を曲げると、空に向けて顔を上げて踏ん張り、突然獣が唸る様な雄叫びを上げた。
どちらかというとゴリラに近いのだろうか。
叫び終わると、肉をさばく包丁は手にしっかりと持って突進してくる。
毒蛇を放つ間もなく、飛びかかってきたところを寸前で左側に避けるのが精一杯だった。
すれ違いざまにリムルは氷結魔法の槍で首を撃ち抜く。
人ではないと思われる店主は、そのまま首を押さえながら倒れてしまう。
「助かった」
「うまく当たったわ」
仰向けに倒れ空気が抜けるような、言葉にならない声を発していたかと思うと、おびただしい”黒い血”が首から路面にこぼれ落ちる。
血の色からして、こいつらは人ではないのかと思い様子を見ていると、そのまま失血死なのかこときれてしまう。
「リムル。こいつらのことは、何か過去とかに記憶はないか?」
異常事態が以前から続くものなのか、唯一昔を知るリムルに訪ねてみる。
「そうね……。私が卵へ入る前に、黒目の者たちがいたのは聞いたことがあるわ」
「どんな奴らなんだ?」
「あまり詳しくはわからないわ。当時はさほど興味もなく聞き流してしまったの」
リムルは眉をハの字に下げる。
当時がどの程度の過去は判断つかないものの、相当昔にはいたのかもしれない。
「そうか。はっきりしたのは昔からいる連中で、店主は元から狂っていたのではなく、何かのきっかけでこうなったんだろうな」
「なんで何かのきっかけと言えるの?」
首を傾げて顎に人差し指を当てている姿は、どこか可愛らしい。
「ほら、周りをみるとな、普通に商売していた様な痕跡があるんだよ」
「どこ? ん?」
「ぶら下がっている肉を見てみな。燻製したにせよ、まだ新しい感じするだろ?」
いくつも釣り下がる燻製肉は、まださほど時間が経過したようには見えず、素人目で見ても明らかな感じだ。
「そうなのかな? あっ! そうだよね。肉って放っておけば縮むもんね」
この世界にもあると思われるドライエイジングだ。
「そう、それだよ。つまり普通にやってこれたのに、ある日突然という感じに見えるんだよな」
周辺にある陳列棚や値札など小綺麗に並べてあるし、埃も積もっていない。
「はじめからこの状態なら、そもそもお店なんて開けないってこと?」
「ああそうだ」
「たしかにおかしいね。もしくは一定の時間でこうなるとかは?」
「十分に考えられるな……。今はまだ情報が足りなすぎる。油断しないように行こう」
「わかったわ」
倒したことを機会に突然、肉屋から従業員なのか、奥から二人が飛び出してくるといきなり、飛びかかってきた。
先頭にいた包丁を持つやつの腕を掴むと膝関節を折り曲げて、手持ちの包丁を自らの胸に差し込ませる。
店員の背後から飛びかかる者には、手前にいる奴の今掴んでいる腕を使い、襲いかかるやつの口内に拳ごと腕を突っ込ませる。
肘を思いっきり力まかせで蹴り上げると、そのまま首を貫通して三人目を処理した。
「いきなり出てきたな……」
「くるよ!」
今度は、周囲の民家の扉が突然開き、5人ほど現れた。
こいつらも同じく黒い目をした状態で、襲いかかってくる。
リムルが氷結魔法で足止めしているうちに、一気に勢いをつけ毒蛇で周囲の奴らを上半身ごと食らいつくす。
毒蛇の口蓋が大きく、ほとんど一瞬で片付いた。
ようやく落ち着き肉屋を離れていくと、珍しく本屋があり中に入る。
さすがに魔導書だと絶対数が少ないのか、馬車の荷台分の広さしかないところに本棚が3列ほど並んでいる。
魔導書というだけあって、古い紙の匂いが充満する本屋だ。
どれもが辞典のように分厚く、ざっと見渡す限り百冊程度は置かれている。
何の本か手にとってみると思ったとおり、魔導書の様だ。
書いてあることは読めるには読めても、肝心の魔力がないからどうにもならない。
すると今度は、狭い出入り口から飛びかかるようにして、また黒い目をした者が襲いかかってきた。
手元に持っていた本の硬い角で脳天を叩きうつ伏せに倒す。
倒れた頭の上に本をのせ、そのまま全体重を勢いつけて乗せ、足で踏み潰した。脳漿をぶちまけて倒すと、さらにまた現れてくる。
地面と水平にもった別の魔導書の背表紙を口腔に押し込み、そのまま足裏で押し込む様に力いっぱい蹴る。
すると口はさけると、口を起点に顎が砕けた様子を見せる。
このまま毒蛇の短剣を正面から首に深く挿し入れ引き抜くと、またしても黒い血が噴き出す。
本屋も異常者の集まりだと察して出ると、目についた道具屋へ逃げ込む。
本当に何が起きているのか、皆目検討がつかない。
もしかして町はすでに、黒目連中に支配されているのかとすら思えてきた。
カウンター越しにいた店番か店主も黒い眼をしており、飛びかかってくる。
咄嗟に、立てかけてあった槍を使い、口から突っ込み串刺しにする。
道具屋もだめだと考え再び外にでると、白い服をきた宣教師の様な姿をした者は、他の者と同じく目を真っ黒にしていた。
京也を認識すると、今度は道端で襲いかかってくる。
少しだけわかったことは、認識次第襲ってくるし、本能に近い動きをしてくるのでどちらかというと獣に近い感じだ。
知性のかけらなど微塵も感じない。
残念なことに白い服を着た連中らは、ざっと見て数十人はいて同時に襲いかってくる。
リムルが氷結魔法で足を凍らせ地面ごとくっつかせる。
すると闇精霊が現れて、楽しそうに語り出す。
「最高の場面だねっ! 京也って素晴らしく死地が付きまとうよね。イヒヒヒ」
何をするわけでもなく、ただ寝そべるように浮かんでいる闇精霊は、変わらず状況を楽しんでいた。
せっかく凍らせたのも束の間、さらに数十の同じ白い服を着た目が真っ黒な連中らは襲いかかってくる。
再びリムルは氷結魔法で凍らせて、身動きを取らせないよう止める。
ところが、またしても現れたのは同じく数十だ。
まったくもってキリがないばかりか、このまま続けると町中の人らを全員相手にするのではないかと思うほどだ。
「リムル! なんとしてでも突破するぞ!」
「うん!」
闇精霊が手伝わないところ見ると、彼女的にはさほど危機ではないのだろう。
闇精霊の動きでどの程度の状態か把握ができてしまう。
とはいえ、対応している方は必死だ。
京也は毒蛇を放つと同時に手元の短剣で、次々と動けない者たちの喉を掻っ切る。
湧き出てくるので、足が凍りついて止まっている連中だけでも数十はおり、まだ増え続けていく。
「キリがないな」
「まだ魔力は大丈夫」
リムルの方は有限となる魔力を使い、必死に襲撃してくる奴らを凍結して回る。
俺は幸いなことに、いくら使っても途切れることのない力がある。
特典箱から出た永遠なる闇の毒蛇の短剣だ。
絡み合う毒蛇は、何度放っても尽きることがない。
一定時間で消えてしまうところを再び召喚して周りにいる奴らを喰らい尽くさせる。
消えては召喚し、また消えてはと幾度となく繰り返していく。
1つだけ大きなメリットは、呼び出すほどに少しずつ強力になっていくことだ。
闇精霊がいうように、本当に闇の世界から飛び出そうと、虎視眈々と狙っているのかもしれない。
何度目かの毒蛇の召喚で、ようやく周囲にいた白い服をきた宣教師もどきは、毒蛇の腹の中に収まっていった。
今回の戦いも同じく思うことは、仲間を持つよりとにかく”レベルアップこそがすべて”だと思ってしまう。
少なくともレベルアップした分強くなるし、守ることも可能な範囲が増えてくる。
恩恵は、レベルが上がれば上がるほど、優位性は増す。
どれもいいことづくめで、レベルを上げるのは正義だとすら思われているし、俺も同意だ。
俺の心の底ではどこか、思うところがあった。
レベルを上げるにあたり、仲間が親しくなればなるほど、裏切られた時に心は抉られる。
だから、あまり親しくはなりたくないとの思いが根っこにはあった。
ところが、京也の思惑などどうでもいいかのように、考える間も与えてくれず、黒目の奴らは増え続けていく。
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