第二章:アルベベ王都編(仲間よりレベル上げを……)

第25話『邂逅』

 やけに髪が風になびき、頬を生ぬるい空気がさする。


 足元の青々とした草地は、風にあおられてしなる様子を見せている。

 見上げた空には太陽が上り、雲が流れゆく。

 青空が広がる目の前の場所は、他でもないダンジョンの地下だ。


 だからこそ思う、やけに風が吹くと……。


「どうなっているんだ? 地下で太陽もあれば空もあるし、雲もあるぞ……」


「凄いねっ! 青空も本物みたい」


 リムルも声を弾ませていた。


 アルベベの王都についた早々、唐突に依頼を受けてしまったその数日後、夜間であってもすぐにダンジョンへ行き様子見で突入。


 とんとん拍子で進むものだから思わず進んでしまい、気がついたら数えて9階層目に来てしまった。


 今いる9階層はまるで地上のように、宿屋もあれば道具屋もある。

 それだけじゃなく、武具屋もあればギルドすらもあった。


 情報収集がてらにギルドへ立ち寄ると、どうやら今の階層だけは安全地帯と呼ばれているようだ。

 

 なぜか数百年もの間、不動の地らしい。

 再構築中は、他の階層以外への移動はおろか、転移魔法陣ですらも機能しないとのことだ。

 なので、9階層目まで戻って来れさいするなら、再構築中でも安全に休めるし、終わればすぐにでも10階層へ突入できるわけだ。


 アルベベのダンジョンは、太陽もあれば青空もある。

 時折雨も降るらしく、時間になれば夕方から夜にもなるとのことだ。

 一体何という場所なのか、ダンジョンだと忘れてしまうほどだ。


「へぇ〜。まだ残っているんだ」


「お前、何か知っているのか?」


 闇精霊は、さも知っていると言わんばかりの言動だ。

 こいつは、自ら種明かしは決してしないし、残念ながらそういうやつだ。

 だから今以上のやり取りは期待せず、そのまま10層へ降りていく。

 あくまでも今は様子見ゆえ、やばそうならすぐに戻れる距離だし問題ない。


「あれ? いたね。イヒヒヒ」


 闇精霊がめざとく見つけた相手は、今回の重要人物だ。

 何故あったこともないのに分かったのか、後で聞いてみるとしよう。


「ああ、いたな……」


 降りてすぐの踊り場付近で、ちょうど出くわす。

 一瞬相手は、俺が誰だかわからなかったようでも、次の瞬間すぐに気がついた。


 どこか一瞬、気遅れする様子を見せたかと思うと、いつものように取り繕って声をあげた。


「あら……。噂の人ね……。久しぶりといえばいいのかしら?」


「――殺しにきた」


「――え?」


 俺は短剣をすぐに構えて、毒蛇を放つ。


 何を言っているのかわからない様子で、目を大きく開き一瞬の動作が遅れていた。

 さすが歴戦の玄人というところか、咄嗟にでもかろうじて避けたもののローブの一部は消失しまう。


 周りには誰もおらず、俺とリムルとこいつだけだった。


 アリアナは、何か顔面の前で腕を交差させて、大きくバツを作る。

 要はやめてくれと言いたいのだろう。

 ならばもう一度言葉にして教えてやろう。


「殺すと言った……」


「ちょっと待って……。私じゃない」


 再び毒蛇を放つと右腕の肘から下を食らいつき、ちぎってしまう。

 奴の叫び声が辺りに響くだけで何も反応はなく、息も絶え絶えだ。


「何が私じゃないだ?」


 俺はどうして、今のタイミングで会話をしようとしたのかわからなかった。

 ただなんとなく聞いてみたかったのかもしれない。


「知っているの……。秘密を……」


「何をだ?」


「殺さないと約束して……」


 もはや勇者パーティーを組んでいた頃の傲慢さは、鳴りを潜める。

 懇願し慈悲を乞う姿は、俺がいた時とまるで正反対だ。


「今はな……」


 ひとまず次を促したく、態度を保留するかのようにつぶやいた。


 約束? そんな物は犬にでも食わせておけばいい。


「止血のポーションを使わせて……お願い……」


「だめだ。使いたければ正直に、すべて急いで正確に話せ」


 油断をすれば何をするかわからない。


 ポーションと見せかけて毒物や刺激物を投げつけられていたら、せっかく確保した身をやすやすと、逃がしてしまうことになりかねないと京也は疑う。


 相手からの要望は聞かず、要件だけ答えてもらえればいいと考え行動しており、こときれたらそれまでだ。


 京也は冷静に、冷え冷えとする目で射抜いていた。


 高度な魔法を持つものがいれば欠損部分は再生するし、かなり高価なポーションを使っても再生する。


 こいつらの稼ぎでなら、造作も無いことだろう。


「あなた召喚された人よね? 異世界人なのと、召喚されたことを知っているわ」


「どういうことだ?」


 今まで諦めていた情報が唐突に降って湧いてきたので俺は思わず動揺してしまう。


「教会の話をたまたま聞いただけよ。それに、本当に魔力ゼロなんて怪我以外で存在しやしないわ……。異世界人以外にはね」


 一体何なのか、すべてを知った上で対応していたのかと勘ぐりたくなる発言内容だ。

 

「教会? 誰だそいつは?」


 俺は両肩を掴みいつの間にか力任せに、相手の体を前後へ揺すっていた。


「待って……落ち着いて、手を……離して」


 力まかせのためか、かなり苦しそうにいう。

 ただ、今は相手の気持ちなどを気にしている暇はない。


「ああ……。わかった」


「いっておくけど、私が見聞きしたのは大分前よ。たまたま関係者と思われる人らが会話しているのを、廊下で立ち聞きしていたの……」


「どういうことだ?」


「順を追って説明するわ。恐らく知っているのは私だけ。だから、生かす価値があるはずよ?」


「……知っていることをすべて話せ」


「もう……わかったわ。知ったのは、あなたが参加する少し前になるわ」


「……」


「異世界召喚に成功したはずなのに、呼び出す場所を指定出来なかったという話しよ?」


「……それで?」


「容姿まではあったことがないから当然わからないといっていたわ。ただし特徴は魔力がゼロであることと、特徴的な能力を持っている可能性があること。あとは言葉が通じるのは、神々とは異なる存在が手助けしてくれるとまで言っていたわ」


「……ゼロ。なるほどな」


「2年前の話よ。あなたが参加する1年前ね。召喚してまでして、異世界人を使って何をしたいのかまでは、わからないわ」


「あの時か……」


「ただ、教会の背後にも、とある存在がいて勇者を使い何かをしようとしているけど、詳しいことはわからないわ」


「……」


 俺は突然降って湧いた情報に、歓喜したくなる気持ちを抑えつつ、今までのことが走馬灯のようにすぎる。


「知っていることは、すべてと言った」


 京也の躊躇ためらいなく振う短剣が、損傷した二の腕に突き刺さる。声にならない声をアリアナは上げると、刺したまま動こうとしなかった。


 当然、毒は浸透するし、呪いにもかかり、吸血もする。

 強烈な苦しさの3つに、耐えられる者はおそらくはいない。

 急ぎ、毒を解毒しないといくら勇者とはいえ、さほど長くは持たないだろう。


「くっ……。あなた……変わった……わね……。この町の……アルベベ教会にいる……司祭が……知っている……はずよ」


 俺は躊躇ためらいなく、おなじ箇所を追う一度刺した。


「安心しろ……。俺は痛くない」


 闇精霊は先ほどから、この女の様子をいぶかしげに見ている。何か気になることでもあるのか、考えている素振りを見せていた。


「京也、このメスは、嘘は言ってなさそうだよ。さっさと魔核とって食べちゃおうよ? イヒヒヒ」


 またしても闇精霊は楽しそうだ。


「なるほど。嘘は言っていないな……」


 俺は先の召喚について、想像を巡らせてしまう。俺が仮に召喚された対象だったとして、一体何をさせるつもりだったのかと。

 

 この世界にはすでに尖兵としての勇者は、それなりにどの国にもいる。主にどの戦場でも戦うのは勇者と騎士団だ。

 

 本当にどうしようもない時は、勇者より上の超人や超越者の人らが動くのは間違いないと見ている……。


 待てよ、召喚が一度とは言っていないし、他にも繰り返ししていたなら同郷の奴がいるかもしれない……。


 思考の渦に飲み込まれてしまい、考えを巡らせてしまう。 

 目の前の勇者という敵を置き去りにしてだ。


「キョウ!」


 リムルの叫ぶ声で我に返ったものの遅かった。

 

 突然、目の前に閃光が走った。

 同時に何か煙のような物が急激に立ち込め、思わずむせかえる。

 

「あなた……強くなったみたいだけど、本質は変わらないわね。じゃ〜ね〜」


 ――しまった。


 迂闊にも目を離してしまった。

 思わず思考の渦に深く飲まれて、夢中になってしまうのは俺の悪い癖だ。


 軽やかに声を上げるあたり、先ほどまでの必死な形相は演技だったのかもしれない。

 咄嗟のことで何もできなかったのは、明らかに経験不足で失態だ。


 どうにもならない状態で、なすがまま視界と足元が落ち着くのを待つより他にない。


 どうやら、先のダンジョンとは異なる場所に、強制転移させられたようだ。

 バランスを欠いて、尻餅をついたままで周りを見渡すと、人工物で覆われていた。

 光石を含むレンガ状の石が壁や天井として埋まっている。


「リムル! 大丈夫か?」


「ええ。大丈夫よ。キョウは?」


「俺もだ。大丈夫だ」


 互いに安否を確認し、自身の失態に途方に暮れていると、闇精霊はなんてことのないようにいってきた。


「京也、気にしても仕方ないよ? 今の限界を知れた分、もうけもの。イヒヒヒ」

 

 失敗した時も、闇精霊の合理的な考えに助けられている。


「ああ。それもそうだよな」


 ほんの少しだけ報われた。


「ねえもしかして、あたしの魅力に気がついちゃった? アハッ」


 膝を軽くおり、前のめりに顔を近くに寄せると薄桃色をした下唇に人差し指を添えて潤んだ目を向けてくる。


 なんだあざとく、わざとらしい態度は……。


「なんだか、悩むのも馬鹿らしくなるよ……」


「え〜京也、それはだめだよ。ちゃんと今回のことは、自分が尋問中に、別のことに意識を囚われすぎたことが原因なんだから。メリハリつけなきゃね? イヒヒヒ」


 なんだかんだと、しっかり助言してくれる闇精霊とも付き合いが長くなってきた。


 リムルはなぜか、アリアナに遭遇してからだまったまま何も動かず喋らずにいた。

 目線を見ると闇精霊を見ているように見える。


「リムル? もしかしてコレが見えるのか?」


 俺は闇精霊を指差し確認すると、勢いよく頷いた。闇精霊は見えていることについては、何も驚きもせずさも当たり前のように頷く。


「あれ? 気づいていないのは京也だけかも?」


 闇精霊はなんで知らないの? と言わんばかりの顔つきで見る。


「リムル、いつから気がついた?」


「そうね……。アリアナに遭遇後かな? キョウの言っていた闇精霊が急に視界が現れたかのように、見えるようになったの」


 なるほどな、ようやくわかった。リムルが微動だにせずにいたのは、闇精霊を注視していたからだ。


 たしかに話には聞いていても、急に現れたらどんな存在か、目が離せなくなるよな……。


 今回すべてが悪い方向へ転んだ。


 俺は思考の渦に飲まれてしまい、リムルは初めて見る闇精霊が気になり、肝心の闇精霊は命の危険がなければ基本的に京也に力は貸さない。


 そうして、まんまと逃げられてしまったわけだ。


 俺は思う。――マヌケだと。


 アリアナのいう通り、何かに集中すると周りが見えなくなるのは俺の悪い癖だ。


 それにしても、俺の悪い癖をよく覚えていたものだ。


 ああ、難儀だな。


 俺はアルベベについた数日前をふと思い起こしていた。

 まさか、あのようなことが起こるとは思いもよらなかった……。

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