第18話『無能と呼ばれて』
「何が勇者P Tの十一人目よ。目の前の人ですら助けられないじゃない!」
トレイシーは京也に向けて罵声を浴びせはじめた。反対に京也は、可能な限り言葉を選んでトラブルを避けた。
ところが慣れない慰めをしようとしたせいか、逆効果になってしまい相手は激情へ駆られて、喚き出す有様だ。
「あんたがいなければ! バルザックは死ななかった!」
感情のまま言葉をぶつけるため、言っていることはめちゃくちゃである。
目を剥いて叫ぶ姿は、人の良さそうなトレイシーの面影など何1つない。たしかに言っていることはもっともだし、否定できない。
言葉のナイフが何度も京也の心臓を貫いてくる。
当然ギルドの業務などそっちのけで、鋭い視線を向けてくるし大声をあげている。
他のギルド職員も真っ青になり、うろたえはじめた。さらに言動はエスカレートしていく。
「ダンジョン攻略したぐらいでいい気になっているんじゃないの?」
「……」
「何よ! 答えなさいよっ!」
「……」
俺は何も答えられなかった。事実心のどこかで、いい気になっていたのは確かだ。
あえていうなら人生初でもあり、人族初の出来事なので、浮かれていた。
誰も成し遂げたことがないような成果を出した日には、誰だって有頂天になるのは想像に難しくない。
「勇者のいう通り、無能!」
「……」
激情に駆られている内は、何をいってもムダだろう。抑えきれない感情からか、自分の言葉でさらに燃え上がるようにも見えた。
反対に京也は見殺しにしたことなど当然言えず、徐々に心を閉ざしてしまう。
「バルザックを返して。返せないなら、秘密をばらしてあなたを殺す! 殺す! 殺すッ!」
なじられる行動は止まらないばかりか、エスカレートさえしてくる。罵倒も止まず恫喝まがいのこともおきている。
事実、見殺しにした当事者であるため、何を言われても抵抗する気力が起きない。
今いっていることは、紛れもなく事実だからだ。
ただうんざりする気持ちは相当にある。自身の何もできなかったことに対する不甲斐なさは、やりきれない。
ただし、何もできなかったこと以外の話となると別だ。やはり、目の前で首を刎ねてしまうかとさえ考えてしまう。
「京也の秘密を伝書鳩で町中に触れ込むわ。いい気味ね」
どこから用意していたのか、突然手元に呼び出したかと思うと何をさせようというのか、とび立たせる。
魔法の伝書鳩はギルドから飛び立ち、トレイシーは声を荒げる。
そこでギルドマスターが突然現れ、魔法で羽交い締めにして口を塞ぐとどこかへ連れ去ってしまう。ギルドマスターは、トレシーが危険な状態なので休ませようとした。
ギルド内の剣呑とした雰囲気は、京也以外の探索者から湧き起こっていた。規定に反して、探索者の秘密をトレイシーはばらしたことで懲罰をうける。
ある意味懲罰を受けることで、ばらされた内容が事実だと証明してしまうことになる。すべてのギルド連合に違反する行為のため、かなり重くいわゆる処刑だ。
そこまでするほどギルドの掟は重い。やらないと示しもつかないし、噂は広がるばかりで、ギルドの信用は失落する。挙句の果てに誰も寄り付かなくなる。
そうなるとギルドだけでなく国の問題にもなり、国を超えた大陸規模の問題になる。
ギルドマスターはトレイシーを別の者に引き継ぐと、俺の前にきて巨漢に似合わず頭を下げた。
「京也すまない……。今回のことは完全に俺の管理不足だ。今は事態の収拾に努める。取り急ぎ魔法の伝書鳩はすでに始末した。だから安心してくれ」
あまりに素早い対処に驚いた。さすがは高明な元魔導士というところか。
「いや、俺こそすみません。トレイシーさんの大事な人? が俺のせいで亡くなってしまい……」
「今回のことは、お前のせいではない。あいつがおろかだっただけだ。だから気に病むな」
「……」
病むなとは言っても、俺のせいで逝去したのだ。ただごとでないのは間違いなくて、どう行動してよいかなどわかるはずもなかった。
ところがギルドや周りの連中はそうは思っていない様子が見受けられる。なぜなら、ダンジョン内の行動はすべて自己責任だからだ。
問題を引き起こしたトレイシーは、奥に連れて行かれた後、一旦独房に入れられ処置の日まで拘留しておくとのことだ。
もはや死刑は逃れられないとのことだ。信用を失う今回の行為は、すべてのギルドがかなり重くみていることになる。
処刑の日まで大人しくしているとは到底考えにくく、何かをしでかすとも予想していた。
俺の方はというと、客観的に見れば被害を受けた方ではあるものの、知らない人から見たら俺が何かしでかしたように目に映っても不思議じゃない。
元々一人でやろうとしていたので、何も問題はない。今回をきっかけとして、余計に絡まれることは無くなるだろう。そういう意味ではよかったと思っていた。
あと問題点があるとすれば、まだ魔族に敵わない技術的な問題が残されている。
ただ結果でしかないけども、人を死なせてしまったことには何も変わりはしない。なぜ俺のことを庇ったのか、答え合わせができない……。
――夜。
騒ぎは収まりギルド併設の宿に戻る。湯船に浸かり冷え切った体をあたためたても心は変わらない。
かつて探索者だったトレイシーは、脱獄したと知らせがギルドマスターより入る。非常に危険な思想へ偏ってしまい、復讐に燃えている様子だという。
単にすべての矛先が京也になってしまい、歯止めが効かない激昂状態だ。
濡れ衣だし、逆恨みもはなはだしい。まったく問題なかったかとは言えない。
たしかに、闇精霊のいう魔力増強は、強力な武器になるものの当人が耐えられない場合、魔力に食われてしまう。
ソファに深く腰掛けると何もしゃべらない床を見つめ続けていた。月明かりが窓から差し込んで京也を照らし続ける。
「俺にはどうにもできなかった……。ただ襲ってくるなら、今度はヤル」
心境を吐露して月を窓越しに眺めていると、リムルは心配そうに寄り添う。何を思ったのか唐突に闇精霊が現れた。
「あら? 思ったより落ち込んでいるのね?」
「……」
リムルも感知できず、当然ながら俺もいつきたのかわからなかった。ただ返す言葉はなく、そのまま存在を確認だけして月を見つめ続けた。
「気にするなというのは、ムリがあるようね……。そうね、彼がいたからこそあたし達が出会えたのよ? アハッ」
「俺に……何を求めているんだ?」
「一緒にいてほしいとか? アハッ」
場違いな照れ隠しをする闇精霊に、何も言えずにいた。どう見ても妙齢の美女としか言いようがなく、ダンジョンで聞こえてきた声と姿がようやく一致した。
どこか憎めなく、何だか以前から知っているような気楽さをどこか感じてしまうほどだ。
親近感を覚えるなんて、どうかしていると……。思わず大きくため息をついてしまう。
髪は背中まで伸びており、黒く艶やかだけどもどこか深い紫の粒子を帯びているように見える。赤目がちな目には、長いまつげが影を落とす。ツンとした目つきではあるものの、どこか優しさを見せる不思議な感じだ。すっと鼻はとおり、下にある淡い桃色の唇はどこか艶かしい。ほっそりした色白な顔つきに映える。
どこかツインテールにしたらすごく似合いそうな感じのする顔つきだ。
服装は、黒いチュニックに金色の装飾を縁に施すなどして、豪奢な雰囲気さえある。いつの間にか見つめてしまう俺にリムルは警戒していたのか、横腹を突かれ我に返る。
「あっ……」
「ふ〜ん。やっぱあたしの美貌に見惚れていたでしょ? いいよいつまでも見ていて」
目線を逸らすと気持ちがいつの間にか、落ち着いているのがわかる。
何かできそうなのに何もしなかった自身に嫌気がさすと同時に、不甲斐なさとやるせなさで再び気持ちが葛藤しているようで落ち着かない。
京也らしくないと言えばそうかもしれない。やれることはすべてやってきたこともあり、中途半端にやれていないのは消化不良でもある。
そうすると相手を死なせたことより、自身の消化不良が原因で、当たり散らしたくなるような感情が沸々と湧いてくる。
怒りは抑えても本質的には変わらない。やはり無能なんだと、少しだけの耐久で慢心していたと言える。付け加えると、技術もなければ魔力もないただのクズだと考えてしまう。
以前ならもう少し、気楽に構えていたと思っていたものの、実際に当事者となると大分重みが違うことに気がついた。
俺を見捨て置いた勇者達は、同じような気持ちにはならないんだろうなとふと思った。むしろ、せいせいして酒場で威勢よく飲んだくれていたことだろう。
自国に所属する勇者以外は、契約期限切れで各々所属する国へ帰還してしまったという。ゆえに、知る由もない。やはり経験が物をいう探索家業は、一朝一夕にとはなかなか行かない。
落ち込んでも腹は減るし、眠くもなる。当然喉も乾く。だからこのまま宿にいるわけにも行かない。当座の資金は、売った物のおかげで潤沢にある。レベルもまだまだ上がる余地は大いにある。
ならば再びダンジョンへ行き、目の前のことに集中すれば、余計なことを考えずに済むのではないかと思いはじめていた。
「リムルありがとな」
「いえいえ、京也が辛い時は私が支えになります」
「あら? 随分と仲がよろしいこと? 私も手助けしたんだけどね……イヒヒヒ」
「お前はついてきただけだろ?」
「冷たいのね? 君が落ち込んでも世の中なんて変わらないよ? むしろ君が動くことで世の中が変わっていくよ。これからはね」
「どういうことだ?」
「それはね……」
人差し指を立てて自ら口に添えて、ウインクをする姿はどこか楽しげにしているように見えた。
「闇のエリート……。前に行ったよな?」
「覚えていてくれたの? 嬉しいな」
「何を根拠に……」
「そうか、君はまだ気がついていないみたいだね。手持ちの武器あるでしょ? その毒蛇は、武器にまとわりついているわけではないんだよね。知っていた?」
「どういうことだ? まさか都度召喚しているのか?」
「う〜ん。近いようで遠いな。率直にいうと、君って闇の領域を開けるんだよね」
「闇の領域なんて聞いたことがないぞ」
「そうだろうね。ここにいる人族ならわからないだろうね……」
「まさかあの毒蛇が、闇の領域から出たのか?」
「正解だよ! ただ今の開き方だと一瞬だけなんだよね。だとしてもあの威力でしょ? 君ってやっぱ才能あるよ?」
いつの間にかついてきた闇精霊は、完全に居候状態になっていた……。
――伝令。
唐突にギルドから覆面を被った伝令がやってくると、要件だけ伝えて消えてしまう。今夜突如襲撃があるかもしれないから、気をつけて欲しいとの連絡も兼ねていた……。
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