第14話『忍び寄る影』

 薄暗い執務室では、黙々と執務をこなす男がいた。

 背丈より高い本棚の前にある大きな机で、豪華な椅子に深く腰掛けて大臣は書類を見ていた。


 背後の窓から月明かりが差し込み、卓上にある魔導ランプのゆるやかで穏やかな光と冷たい月の光を合わせて部屋を照らす。机上の角には手のひらほどの直径を持ち、垂直に立つ円柱のガラスケースが置かれていた。


 不意にガラスのケースが光ると、大臣は跳躍してきた目を見て訝しげに眺める。しばらく利用していなかったのか、前はいつ頃だったのかと思考を巡らせ、思い起こそうとするもなかなか思い出せないほど前だった。

 

 大臣は手をかざして、魔力を与えると壁に投影するかのように、最後数秒間に目の捉えた映像が浮かび上がる。そこには、思いも寄らない人物が浮かび上がってきた。京也である。


 ほう……。これはまた……。


 あの無能と言われて久しい京也が、魔族を倒したことは困惑するも驚嘆に値する。しかも魔族が命懸けで報告するほどの相手となるとある意味、力ある者として証明したことになる。


 なるほど、侮れん奴だな……。


 たしかに完全なる無能であるなら、ダンジョンは攻略できない。そのため、何か有用な固有の能力をもつことが予測されるものの、知る範囲は耐久能力だけだった。恐らくは何かを隠しており、中身は魔力によるものだと思われていた。理由は、勇者など足元に及ばぬほどで、凌駕する魔力を検知したからだ。京也とこの間接触した時に、密かに高精度な魔力の量を測ったところ発覚した。


 大臣は完全に勘違いをしていた。


 ところが魔力の正体は、姿を隠した妖精のことだとは、誰も気づいた者はいない。まさか妖精がいるなどと、露ほどにも思っていなかったというのが彼らの本音だろう。そのため、驚異的な魔力量は京也だと、彼らの意識を決定づけた物だった。今まで魔力がゼロという触れ込みは、誤りだったのかまで検証する術がない。


 勇者パーティーに参加している時に力を示さなかったのではなく、初めて攻略した際に目覚めたと言っても不思議じゃないだろうと大臣は考えに至る。目の前の現実を事実とし捉えて、対策することの方がはるかに有意義であると彼は考えていた。


 素性としては身寄りがなく、孤独であるのも調査済みだった。挙動から噂に聞くレベルには到底思えず、何かの間違いだろうと解釈してしまった。このことが大きなことの誤りだったのはいまだ誰も気が付かない。


 ステータスだけ異常に上昇した場合に起きえる現象だ。肉体を操作する技術力が足りないのだ。


 ただし、対象とする相手について本当に事実であるならばだ。正体を見誤ると、事情が大きく変わる。すでに大きなずれの要因であることは、誰一人知る由もない。


 こうして京也は、1つの評価が下された。膨大な魔力の持ち主でかつ固有の能力保持者である。このことが大臣側の組織が判断した京也への評価の一端である。


 この手の者なら成り上がりたいか、もしくは金銭か女で釣れば配下におけるだろうと大臣は考えていた。勇者たちも金と異性と自らの欲望で溺れたように、今まで例外は誰一人としていなかった。


 やはり世の中、所詮は金と異性でできており間違いがない。そう考えほくそ笑む黒い笑顔には、幾分安堵が生まれていた。与しやすいという意味でだ。


 魔族を倒すほどの腕の持ち主が、今まで無名かつ勇者の使いっ走りとしていたことに、どこか不自然さを感じていた。もしや大臣の挙動に気がつき、害がないふりをした手練れが侵入してきたとさえ考え身構えていた。


 ところが、蓋を開けて見たら固有のなんらかしらの魔力でダンジョンを攻略し、経験値を一気に得たのだろう。このことでステータスバカとなって技術が追いつかないやつなんだろうと見立てた。


 やはり、ステータスバカというやつかもしれんな。


 どれほど技術があっても圧倒的な暴力には敵わない。赤ん坊がドラゴンに挑んでも蛮勇という他にない。そのぐらいはあるだろうと程度の差こそあれ、ステータスバカになっているとしたらありえるとも考えを巡らせていた。


 もう1つは、どうやって取り込むかまたはおとしめるかだ。あの手のタイプだと守るものが何もないし失うものもない故、ある意味気持ち的には大臣たちと真逆である。


 どうにも勇者たちを基準に見てしまう。奴らの力以外は、欲望の奴隷だ。ある意味己の欲に忠実な奴らだ。ある者は金ですべて動くし、ある者は秘蔵の魔導書で赤子ですら喜んで殺すし、またある奴は平気で仲間を売る。どいつもコイツも地獄行きが確定しているような連中だ。


 とはいえ、地獄の沙汰も金次第という。どうやってもっていくかは別として、金の力はどの世界も大きい。現に魔族たちも、金の代わりに魔石で動く連中だ。

 

 魔族にとっての魔石は、何事にも変え難い貴重な物だ。とくにこの国にあるダンジョンは、比較的難易度は高くなくその分、魔石の流通も盛んで賑わいを見せる。


 魔道具にも用いられるし、魔力が弱い者の触媒としても使える。さらに、純度の高い魔石は貴重な魔導ゴーレムの材料にもなるし、魔力回復薬にも使われる。余るところなどない物になる。


 魔族の連中の一部は、砕いた魔石を粉にして飲む習慣もあり、深く摂取する種族でもある。だからどこも魔石の需要は非常に高く、異種族でも魔石が共通の価値ゆえ取引用の貨幣がわりとしても魔石は非常に有用だ。

 

 たまに魔族が出るのもそうした魔石が欲しく、自ら狩りで得るものや人族から奪う者まで千差万別だ。


 魔族を負かすほどの腕ではなく、単なる力で対抗したのだとすれば相応の魔力で殲滅したのだろう。目を飛ばすほどの出来事なら尚更だ。


 大臣はふと今回のオークションの招待を思い起こす。

 

 定期的に魔石は格安で手に入れるものの、特典箱からでたと言われるギルドで出展したオークション品には目を見張る。


 赤紫の魔石など見たこともないし、濃度でいったら過去最高だ。他にも未知なる物が多数あると聞く。一体あの深層にある特典箱にはどのようなお宝が眠っているのかと思うと、高揚する気持ちが止まらないどころか、ますます野望と欲望が強くなる。


 その入手手段を手に入れられそうだからこそ、笑いはさらに止まらない。あの小僧が果たしてどうなびくのか今から楽しみでならないという表情を大臣は自然としてしまった。


 まるで新しいおもちゃを手に入れた子どものような無邪気な顔つきに、ミスマッチな黒い笑みを浮かべるあたり異色な喜びとしか言いようがないだろう。


 京也の住んでいるところは、ギルド宿舎という調べもついている。ますます金に困っている可能性も否めない。しかも仲間もいないことから、”優しい”仲間がいればコロリとこちらに落ちる可能性もある。


 調査依頼の仕事をギルドに投げて、確か優男のあやつに京也をマークさせるのもいいだろう。ダンジョンに誘き寄せて、何か恩に着せるような出来事を生み出すのもよいかもしれない。


 恩を大事にする様子から、義理堅い性格とも見ている。恩を着せておけばさらに有利に働くだろうとも考えていた。


 まだどの方法が引き込むのに一番効果が高いか思案中だった。いずれにしても複数の手段を同時に、一気に並行して行うことですべての可能性をまとめて検討できる。


 問題はこうした時に、邪魔をする者がいる。第四皇女と鉄仮面だ。この二人同士は、繋がりがないのは調査ずみで、個々の妙に鋭い勘により、何度か失敗させらたことがある。


 とくに鉄仮面は魔族を凌駕する力があり、神出鬼没で非常にやりにくい。しかも魔力は強く、扱える魔法も四大属性すべてを扱える天才ときている。相手にするだけで分が悪いどころか赤字になる。何度か潰そうと試みても、どのような手練れも返り討ちに合い、何度差し向けても倒せず費用対効果が最も悪い相手だ。なので現れたら撤退する方が効果的だ。ただ魔族は短気な者が多いので、戦闘になれば引くに引けないだろうとも予測はつく。


 第四皇女は、策略をめぐらしてくるので大臣だけの智略ではどうしたって足りなくなる。第四皇女の個人で動かせる財力はさほどないにせよ、第四皇女派の連中らは、一見権力など見向きもしない風を装ってはいる。ところが、無関心な雰囲気とはまるで正反対の精鋭揃いで、頭どころか腕も切れ者ばかりが集まっている。権力になどまるで興味ないフリをして、自分の立ち位置をうまく使い思い通りに動かしている様子すらある。


 反面、大臣の手元の勇者は脳筋バカなので、策略などには非常に弱いという側面を持つ。ただし、単純な一対一の戦闘では実績を上げている。


 なので手持ちの駒だけでは第四皇女や鉄仮面にも弱く、対抗が難しい。取引のある魔族も無限にいるわけでもなく有限な物だから、早々に駒を切らすわけにもいかない。ここまで手懐けるのにわりと苦労していたからだ。


 なかなか思うようには、いかいない物だな……。

 

 ただ秘蔵の魔人をあの屋敷で隠しているので、切り札として準備は万全でもある。ただし使うことになれば、国が1つ滅んでも不思議ではない力を持つのが魔人だ。


 あの魔人を呼び寄せて、さらには幽閉するなど高純度魔石がいくらあっても足りない。しかも召喚した代金はすべて魔石でと求められたので、仕方なく対価として支払ってしまった。


 力という武器を持てたものの、まだ磐石とは言い難いしブレーンもいない。となると今の勇者より、京也は賢そうなところがあるため、有能であるなら多少は多めに見てやってもいいだろうと考えていた。


 勇者などは希少な戦力ではあるものの毎年、生み出されているし各地でそれなりにいる。つまりある程度は代えがきく存在で、不要なら切り捨てればいい。暗部に頼みやってしまえば、変わらず内側の情報は漏れずに済む。


 ただし勇者召喚は割りに合わないので、やろうとは考えない。なぜなら、そこでも膨大な魔石を利用するのだ。その割りには、能力が低かったり反抗的であったりすることもある。


 さらには、有効な戦力となるまでには多少時間を有する。悠長に育成などしていられないのだ。口が固くある程度は賢い人族でかつ若い者となるとなかなか条件に合う者がいない。


 大抵は今いる勇者たちとなんら代わりなく、力に溺れて粗暴になるケースが多い。召喚した彼らの元の世界では、戦争もなく平和そのものと聞く。ゆえに、研鑽するのは別の技術力が多いと聞く。この地で生まれた勇者もいる。どちらでも特別になることが、力に溺れてしまい勘違いする者が多いのも事実だ。


 ゆえに別の世界からの召喚者は誰一人生き残っていない。

 

 やはり大臣の目利きに偏る部分は大きい。かといって力を優先にしていた物だからこの国に所属している勇者は、今やあの脳筋バカだけになってしまった。


 力を優先しても人として厳しいのであれば、遅かれ早かれ自滅する。


 ダンジョンの制限時間ゆえの出来事だ。かつて今まで生還できたものは、京也以外に歴史上存在していない。記録上はでは神話の時代にはいたらしい。ただしその時代になると、御伽話になるのでどこまでが信憑性あるのかわからない。


 大臣は明確に、無神論者で拝金主義だ。


 金がすべて。金こそ命。金が神。こうして金だけの興味で大臣は京也を配下にしようと今日も思考を重ねていた。


「待っておれ……」


 大臣の目はギラギラとしてまるで、そこに獲物がいるかのような目つきをしていた。

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