第15話『罠』
――ダンジョンから出て翌日。
ここ最近ずっと天気はよかったのに、今日は朝から小雨が降り続いていく分寒い。その中ギルドへ向かうには、隣の建物なので気楽ですぐに済む。
次の開放期間までに時間があり、その間に買取をしてもらおうと訪れる。京也は、小雨が降りしきる中で朝の鐘が3回終わる頃、早朝にギルドへ立ち寄った。
すると受付のトレイシーと仲良さそうに会話をする男がいた。200センチは優に超えているであろう背丈は、非常に大きく目立つ。
すらっとした体つきで、探索者特有のゴツく雑さはないばかりか、まるで場違いなスマートな人物がいるという印象だ。肩にまでかかりそうな金髪を後ろで一束にして結びスラリとした姿は、京也のいた世界なら雑誌のモデルにすら見えるだろう。
鼻筋が通りまつ毛は長く垂れ目の顔つきは、まさに優男と言える。話しかけられた女性は、どの人も口説かれているのではないかと、勘違いしてしまうだろう。見た目もさることながら着ている防具は、質実剛健で革製の動きやすさを重視した物で身軽そうに見える。
京也自身は他の探索者と遭遇することはあっても、目立ったことは一度もなかった。反対に目立つ人物を目の当たりにした時は、存在感に圧倒されて影に潜む。
見かけというよりは、今まで感じたことのない”存在感”を目の前の者から感じ取れた。どこか警戒すべき感覚のようでいても、経験が少なく判断は今ひとつつかない。今感じている感覚は、レベルが大幅に向上しなければ恐らくは、わからなかったことかもしれない。とはいえ、上がったと言っても以前のゼロから比べればまだ闇レベルは13だ。
他人のことはさておき、ぼんやりと買取窓口に並びベルを押下して担当者をまつ。すると、先の男が近づく。
「買取かい?」
「……」
唐突な声がけのため、思わず口をつぐんで警戒してしまう。
「警戒しなくても大丈夫だよ。俺は、探索者のバルザック。今度のクエストの同行者を探しているんだ」
「同行者?」
思った以上に気軽でフランクな感じなので、うっかり聞いてしまった。
「ああ。おっと買取の邪魔をしてしまうね。気になったら、酒場のカウンターにいるから声をかけてくれないかな期待しているよ」
男は颯爽と離れて、ギルドに併設されたバーへ向かう。
「あら、京也君今日も買取り?」
「ええ。買取をお願いします」
俺は特典箱からの出土品で、不要だと思われる品々を買取テーブルに乗せる。ちなみに買取テーブルの上では、認識阻害の魔法があり、周りから何があるか見えなくなっているらしい。
「……すごい品々ね。時間かかりそうだけど一週間後でいい?」
「はい、問題ないです」
「はい。承りました。いつもの引換券ね」
京也は手渡された木札を保管箱に収めて離れようとしたとき、ふと先のことが気になりトレイシーへ聞いてみた。
「バルザックってどんな人か知っていますか?」
「どんな人ね……。人柄よね……。仕事には忠実な人ね。誰に対しても差別なく、平等に接するわ。実力もあるからパーティーには引っ張りだこね」
「信頼はおけると。そういう意味でいいんですよね?」
「うん。あっているわ」
「わかりました」
どうして声をかけてきたのか疑問が残るも、受付のトレイシーがいうなら客観的に信頼性は問題なさそうだと考えていた。今まで誘われたことがないため、少し興味がでてしまい話を聞いてみることにした。
思い返せば、石版に名前が刻まれているなら、声をかけられても不思議ではないなとあらためて思う。
気になるのは、今というタイミングだ。石版には名前しかなく、どうやって短期間で京也本人の見分けがついたかという点だ。
あまりにも早いし、以前から知っていないと難しいタイミングに思える。とはいえ、黒髪の黒目なら俺だけしかいないし、区別は容易かもしれないとも思った。
カウンター近くにある小さな椅子へ腰掛け声をかけてきた男は、京也が近づくと笑顔で出迎えた。
「やあ。待っていたよ。どうぞ」
隣の椅子を手招きで指し示す。
「話を聞きにきました」
「ありがとう。話だけでも歓迎するよ」
長くなるのか、何か飲み物を二人分頼みはじめた。互いに酒ではない紅茶を注文する。酒ではないところにもどこか品位を感じさせる。飲み物がある分、話は長くなるのだろうと京也は思いながらも、悪い話ではなさそうだという予感もあった。
なぜなら、個人的な疑問や気になる点はあるものの、先のトレイシーからの信頼における人との情報がわりと大きく占めている。
「どんな用件ですか?」
「単刀直入にいうと、ダンジョン内にある特定場所の調査だよ」
「調査? ですか?」
「ああ、簡単……なね。再構築しても変わらない浅瀬の場所があるらしいので様子の調査だね」
「変わらない場所ですか……」
「君なら一度生還しているから、何か気付くことがありそうだと思ってね。それに……」
「気になることが?」
「今や君は時の人だからね。お近づきになった方が得かもしれないと思ってね」
爽やかに笑う。はっきりとストレートにいうのは珍しいかもしれない。
「たまたまですよ。運が良かっただけです。何度もいって見て、そうした場所が浅瀬にあったのを見たことがないですね……」
「なるほどね。転移魔法陣もかい?」
「あっ、たしかに光の石柱や転移魔法陣は変化がないですよね」
「だろう? 当たり前すぎて、気がつかないことの方が多いんだ実はね。やはり一定の場所は、存在しうるわけだよね。今回はそうした場所の調査なんだ」
「なるほど。残念なことに俺は、魔法陣を起動させられないです」
「理由を聞いても?」
「はい。魔力ゼロだからです」
「なるほどな。コアからどうやって帰還を?」
「その件は、いえないです」
「情報はタダではない、というわけだね?」
「いえ、口外を禁じられていますので……」
「誰から? と聞いてもよいのかな?」
一瞬目の奥に、ぎらつく物を感じてしまう。
「……」
「……詮索してすまなかった。情報については忘れてくれ。純粋に今回の調査では、信頼のおける人物と調査をしたいだけなんだ」
「簡単に自分を信じてよいのですか?」
「ギルドマスターから、話も聞いているからね」
「……わかりました。調査に同行するだけなら問題ないです。報酬はどのぐらいですか?」
「受けてくれるのかい? 助かるよ、ありがとう。報酬は金貨二枚だ」
「かなりですね……」
「気になるかい? 怪しくなるほど高額だよね。浅瀬でしかも調査だけでなら、たしかに破格すぎる……。今回知った内容は他言無用であるから、口止め料の部分が大きいかな」
「何を一体調査する気ですか? 口止めまで必要とは、少し大事なようにも思えます」
「やはりそうだよね……。ん〜まいったね。依頼者から不確かな情報だと言われているんだけど……」
「やはり、ただの調査ではないと?」
「隠しても信頼に関わるからいうと、噂の元の調査さ」
「噂の……。もしや”魔族”ですか?」
「ご名答。噂の出どころは多々あるんだけど、共通しているのは魔族なんだよね。その出没を調査。見つけ次第、即時帰還というわけだよ」
「だから金貨なのですね……」
「まあ、危険があるからね。騙すつもりじゃないのは理解してくれたかい?」
「ええまあ。今、正直に答えてくれましたし」
「理解してくれたのなら助かるよ。そこで、危険が含む内容だけど同行してくれるかい?」
魔族はたしかに出没する噂を聞いたことがあった。実際に先日戦って地獄を見たばかりだし、レベル上げをしなくては力押しができないこともよく理解したつもりだった。
魔力は魔獣よりも強くて、魔法に長けた存在であるのは間違いない。あの時は本当に、永遠に戦うのではないかと危惧したぐらいだ。
俺が遭遇したのはレアであって、もともとほとんど見ることもなく、一生を終える人ばかりだ。戦ったこと以外には、遠く西側の最果ての地域に魔族の国があるらしいと、噂で聞いたことがある程度の情報しかない。
見た感じの気配や感覚だとバルザックという人物は、アリッサより劣るように見えた。ただし、どこか得体の知れない何かがあるのは感じている。その正体は何かまで推察は難しい。ひとまず、この話しには乗って見てバルザックの戦い方を少し見てみたいとも思っていた。
「はい。もちろんです。ただ魔族と遭遇した場合はどう対処するのですか? 強さは桁違いですし……」
話の感じからすると、まるで大したことがない様子で魔族と遭遇したら逃げるようなことを言っている。何か策があるかは、念のために聞いておいた方がいいだろう。
「良かったよ。準備に問題なければ明日、朝の鐘が鳴ったらギルド前で待ち合わせて行こう。策についてはブリザード系の氷結魔法が使えるから、足止めはできるさ」
リムルと同じなら規模にもよるけど問題ないだろう。そこで俺は理解できたので承諾した。
「わかりました」
朝6時と昼の12時、夕方の6時と一日3回鐘が鳴りどれも3回鳴らされる。
「もし急用で来られなくなっても大丈夫だ。いない時は残念ながら、自分ひとりで向かうことになるんだけどね」
「用事はとくにないので大丈夫です。明日いきます」
「急なのに助かるよ。話はそれだけだ。引き止めてすまないね」
「いえ。俺こそ、明日お願いします」
京也はそれだけいうと席を立ち出口へ向かう。
部屋に戻るとリムルは、特典箱から得た分厚いノートを目下解析中だ。直接書き換えるわけにもいかないため、別にある無地の書物に余さず、書き写してもらっている。
動植物の観察や人・他種族・魔獣の観察などもあり、魔力や魔法さらには能力についても記載がある様子だ。今は地図のようなものに着手しており、今いる大陸の地図のようだ。
「明日、依頼でダンジョンにいくから気にせず解析を頼むな」
「大丈夫?」
「ああ。強い人の同行なだけだから問題ないと思うよ」
「気をつけてね」
「ああ、ありがとな」
こうして部屋でゆっくりと過ごしていいき、翌日を迎える。
――翌朝。
京也は早めにつくつもりで出かけると、すでにバルザックが手持ち無沙汰にして待っていた。
「やあ。早いね」
バルザックは京也を見つけると、片手をあげて気軽に手を振るとすぐに声をかけてきた。まるで今きたかと言わんばかりの素振りである。
「遅くなりました」
「いやいや、まったく問題ないよ。むしろ早くこようとする心がけはよいね」
「ありがとうございます」
「そんなに他人行儀でなくてよいよ。普段からそういう感じではないんだよね?」
「ええ、まあ……」
「ならさ、今回の機会に普通に話せればいいよ。同じ探索者同士で言葉に気をつけても仕方ないからね」
「……わかった」
「うん。いいよそれで行こう」
京也とバルザックはそのままダンジョンに向かう。まだ朝焼けの見える赤い日差しに目を細めながら、京也はこれから向かう場所について考えていた。
昨日の話だと魔族を見つけ次第、バルザックは即時帰還という。京也は簡単でないことを以前、遭遇した時にすでに体験済みだ。
なぜわかっているのについていくかというと、京也の課題としている”技術”にあった。もしかすると、足りない技術を見られるのではないかと期待があったからだ。知ることにより、自身で再び試行錯誤ができると、見て学ぶことに飢えていた。
京也は今回から金属製の仮面を被り出した。目の部分に横長のスリットが入っただけの黒くシンプルな物だ。鉄仮面を真似するわけでなく、ダンジョンコア到達者として有名になりすぎてしまったゆえに、京也なりに考えた対策だ。
顔さえ分からなければ、噂されることもなく進める。
効果はてきめんだった。誰も気にすることなくダンジョンへ潜り込めたのである。バルザックも意図を察してくれたのか、そのまま目くばせをしたまま入っていく。
上層で出会う魔獣のほとんどは、バルザックの火炎魔法の一撃で仕留めてしまう。近接戦闘タイプではないので、どこまで参考になるかわからない。じっくりと他人の戦いを見られるケースはあまりないため、立ち回りなどよく見ておくようにした。勇者パーティーの時は何かと用事を言いつけられて、常に動きまわっていたので、間近に見られなかった。
順調に階層を下り、十ほど降りた先だろうか。何か今までと異なる気配がしていた。バルザックも感じとったのか警戒をしている。
互いに顔を見合わせると、目くばせをして気配を探る。通路の突き当たりの左右どちらかに、今までと何か異なる”違和感”がある。
足音を立てずに可能な限り、気配を押し殺して突き当たりにかかる壁際から右側を見たのち、左奥をみる。京也とバルザックの両者の眼に映ったのは、灰色に近い肌をもつエルフの男二人を確認した。
両者とも髪は銀色に輝き、一方は長く後ろで束ねており、もう一方は短く逆立てている。背丈は180センチぐらいの大きさで比較的高い。コートは岩場にかけてあり、両者ともノースリーブから見える腕はかなり鍛え上げた様子が窺える。
何やら話し込んでいる様子で、遠目からは確認が難しい。
魔力が高い魔族なら、魔法や近接戦闘も両方ともこなせる可能性が高い。前回の戦闘経験から言えることだ。結局のところ前回俺は何もできずに、鉄仮面の魔法攻撃と魔法を帯びた
今回も同じだとすると、かなり分が悪い。バルザックは今の魔力をみる限り、鉄仮面より遥かに下に感じるからだ。リムルを連れて来なかったのは果たして正解だったのだろうか。一抹の不安がよぎる。
「魔族だな……」
バルザックは小さくつぶやく。同じく京也も同意するかのように小声で頷く。
「魔族か……」
二人で何をしているのか定かではない物の、存在は確認ができたので当初の予定通り京也とバルザックは後退し、元来た道を戻ろうとした時だ。
振り返るとすでに三人の魔族が、京也たちを見下ろしていた。気がつくと同時に霧で覆われてしまい、一瞬の目眩ののち意識を失ってしまった。
――しばらくすると。
うっすらと意識を取り戻していくと、視界に光が飛び込んでくる。少しずつ目を開けるとダンジョンの岩壁が見えてくる。
体を起こすと、くり抜いた壁面に鉄格子が挟まっている中で体を転がされていた。
「……ここは」
「やあ、お目覚めかい?」
「バルザック?」
今までと変わらぬ様子で、困り顔のバルザックがいた。どうやら捕まってしまった様子なのは間違いない。不思議なのは、油断した状態なら殺せたはずだ。わざわざ体を運んでまでして、活用したい理由は何かあるのかもしれない。
「どうやら僕らは捕まってしまったみたいだね。面目ない」
「今は、二人とも無事なので、よしとしましょう」
「そうだね。そう言ってくれると助かるよ」
鉄格子まで近寄るとまるでびくともしない。辺りの様子を伺うと、周りに誰もいない。一体どういうことなのか皆目検討がつかない。殺されなかったわけが恐らくはすぐにわかるだろう。ただ、今は待つより他なかった。
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