6月18日 お題:transfur・『割れたカップ』

 夜、夕食を食べ終え、食器を洗っている時。パリン、と何かが割れる音が響いた。

 

「ううっ……ぐ……ああっ……」

 続けて聞こえる、彼女の呻き声。

「大丈夫!?」

 急いで駆けつけると、そこにはバラバラに割れたカップと零れたコーヒー、そして右手を押さえてうずくまる彼女の姿。

 押さえられた右手からは金色の獣毛が生え、その指先では爪が割れ、その下から鋭い鉤爪が顔をのぞかせている。


 ――そういえば、今日は満月だった。


 ひとまず、割れたカップで怪我をしないように近づいて彼女を抱え、ベッドへと連れていく。

 そしてその間も変わり続ける彼女の身体。右手から腕へと獣毛が広がっていき、同じような変化が左腕でも起こり、口から鼻先に掛けてが前方へと長く伸びていき…… ベッドにたどり着く頃には、彼女の姿はもう大分人の姿を失いかけていた。


「ぐぅ……っ、ごめんね……まだ、慣れなくて。あなたのお気に入りのカップ、壊しちゃった……」

「もう、そんなの気にしないでいいから。それに私だって、君のこと支えるって約束したのにうっかりしちゃってたし……」

「そっか……ありがとう、ね…… うぐ……っ!」

 やがて変化が胴体に達し、彼女は言葉も発せなくなるほど苦痛に喘ぎ始めた。

 以前講習で獣化時の痛みはエンドルフィンだかオキシトシンだかで軽減できるから撫でてあげるといいと言われたのを思い出し、私はそっとその背中を撫でる。彼女の肉体が歪み、その骨格が変わっていくのが手を通って直に伝わってきた。

 

 しばらくそうしていると、彼女の苦し気な呻き声は少しだけ和いだような感じがあり、その表情も幾分苦しそうではなくなってくる。

 それによって獣化の進行もスムーズになったのか、さっきまでは急速な進行と停滞を繰り返していた変化は今、安定した速度でゆっくりと進行していた。


 数分も経つ頃には彼女の変化も終わり、変化の疲れで彼女は荒く息をしている。

「……落ち着いた?」

「うん、何とか。あなたがいてくれて……良かった。あなたがいなかったら、きっと私……」

 人型のオオカミ、と言った姿で泣き出す彼女。

 そんな彼女を抱きしめて背中を撫でながら、私は彼女を一生支えることを、改めて決意するのであった。

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