6月16日 お題:悪堕ち・『赤い糸』
「運命の人が見える魔法?」
「はい。運命が貴方と一番強く交わっている相手の姿を見ることができるんです」
――勇者としてこの世界に呼び出されてから、1ヶ月が過ぎた。
呼び出される際、ある程度この世界のことについて聞いてはいたけど、それでもやっぱり初めは戸惑うことが多かった。
とはいえ、人の適応能力とはすごいもので、今ではもうその全てを当たり前のように受け入れている私がいる。
そして今は、ある程度使い勝手の分かってきた魔法を色々覚えてみようと、街の魔法ショップへとやってきたところだ。
「つまり…… 運命の赤い糸が繋がってる相手、ってこと?」
「うーん、必ずしもそう……というわけではないですね。確かに、大体の人はそういう相手が見えます。ですが、場合によっては生涯のライバルであったり、不倶戴天の敵であったり…… そう言った相手が見えたりすることもあるようです」
「なるほど……」
今の私が使ったらどうなるのだろう?
ここに来る際、元の世界の縁は全て断ち切られてしまっているはず。
だとすれば、この世界で見つかる運命の人が見えるのか、それとも魔王の姿が見えるのか……
もしかすると、この世界にも運命は繋がっておらず、何も見えないという可能性もありえる。
「よし、買うわ!」
「ありがとうございます! では、こちらをどうぞ!」
結局、好奇心と、今の自分の状態が分かるかもしれないという理由から、それを買ってみることにした。
代金を支払い、差し出された魔導書の表紙に手を触れる。
すると、表紙が光り、腕を通して魔法の構成が私の頭へと流れ込んできた。
「あ、使用中は視界が完全に覆われてしまうので、ご使用の際は安全な屋内で、座った状態でお願いしますね」
「わかったわ」
その夜、私は宿の自室で早速それを使ってみることにした。
部屋を片付け、ベッドに腰掛け、目を閉じて意識を集中し、頭の中で魔法を構成していく。
すると、閉じた瞳の暗闇にぽつりぽつりと色が現れ、やがてそれがひとつの映像へと変わった。
……しかし、私の脳裏に浮かびあがった映像は酷いノイズにまみれていて、そこに何ひとつ意味を見出すことはできない。
やはりだめかと、少しがっかりしていた時。
「……っ!?」
映像が終わる寸前に、一瞬だけ、人影のようなものが見えた。
見間違いかもしれないけれど、それは、元の世界で一番の親友だった少女の姿に似ている気がした。
♦
それから、あの人影の正体が気になって、私は毎晩のようにその魔法を使い続けた。
そして、使えば使うほど、映像のノイズは減っていき、やがて鮮明となったそこに見えたのは、やはり元の世界に残してきた親友の姿。
それを見て、私は彼女の姿がまた見れたことを喜ぶと同時に、二度と会うことのない彼女の運命が、それでもまだ私に縛られ続けていることを少し悲しくも思う。
それでも、彼女の姿が見えたことは私にとっての癒しとなり、私はそれからも、旅をしながら時々こうして彼女の姿を眺めるようになった。
状況が変わったのは、大体一年が経った頃。
まずあったのは、ひとつの違和感。
ある時急に、彼女の映像が鮮明となったのだ。
それまではぼんやりとしていたそれは、その時から彼女の表情や髪の毛の一本一本まではっきりと見えるようになった。
その時は、私が魔法をうまく扱えるようになったからだと、そう思っていた。
それから次は、見知らぬ女性と彼女が話すようになったこと。
確かに、それまでも彼女が日常の中で知らない誰かと話すシーンは何度もあった。
それでも、私はその女性に対して何かよくないものを感じてならなかった。
果てに、それが決定的な物へと変わったのは、ほんの一瞬、女性と目が合ったこと。
一瞬ではあった。それでも間違いなく、見られている、というのが本能的に分かった。
最終的に、決定的な変化が訪れた。
彼女の背景にある世界。彼女の歩む日常の風景が、壊れ始めたのだ。
歩く人の姿が減り、建物が壊れ、空が赤く染まってゆく。
何より衝撃だったのは、その日常を壊したのは、他でもない彼女自身だという事。
どこで手に入れたのか、身の丈ほどもある大鎌で人を殺し、魔法としか思えないような力で世界を破壊していく。
やがて、映像に映るのが彼女だけとなったころ、不意に彼女が、私を見た。
『……見つけた』
そして、映像だけで音なんて聞こえないはずなのに、なぜか聞こえた彼女の声。
私は思わず、すぐに魔法を解いてしまう。
懐かしいはずの彼女の声は、しかし私に身の毛もよだつような恐怖を与え、その時の彼女の顔と声は、今なお私の脳裏にこびりついて離れない。
♦
その後、私はあの魔法を使うのをやめた。
あれから彼女がどうなったのかは分からないし……知りたくない。
代わりに、私はそれを忘れようと街の依頼を解決することに集中し、今日も夜まで働きづめだった。
仕事を終えて宿に帰ろうとしたとき、怪しい人影が屋根の上にいるのを見つけた。
何をするつもりかは分からないけど、このまま放っておくのも気が引けるので、私はその後をこっそりと追いかける。
屋根の上を自由自在に飛びながらどこかへと向かう人影。
やがて人影は街はずれの広場で立ち止まり、振り返って私を見つめる。
どうやら、私は誘い込まれたらしい。
こうなっては仕方がない。私は屋根を下りて、人影の正面へと距離を取って降り立った。
ローブとフードに覆われたその下の正体は未だ分からず、フードの中で赤く輝く瞳だけがただ見えている。
私が降り立ったのを見ると、そいつは何処からか大鎌を取り出し、威圧するように振り回して構えた。
――まさか、そんな。
その大鎌は紛れもなく彼女が持っていたものと同じもので…… だからどうしても、私はその姿を彼女に重ねて見てしまう。
互いに様子を伺いながらゆっくりと距離を詰めていく私たち。
ある程度近づいたところで、強い風が辺りに吹き、そいつのローブが大きく捲られた。
その下に僅か見えたのは、見覚えのあるブレザーで…… だから私は、否が応でもそれが彼女なのだと認識してしまう。
「ああ……やっと、私を見てくれた」
「なんで……なんで……」
私が、そいつを『彼女だ』と認識してしまった瞬間、そのすべてがどうしようもなく彼女になった。
闇に覆われて見えなかったフードの下は、彼女の顔になり、闇に紛れていたその肌は、まさしく私が映像で見た彼女と寸分違わぬものとなり……どこまでも彼女となったそいつは彼女の声で、話し出す。
「あなたが私のことを、置いて行ってしまうから。あなたがいなくなって、寂しかったから」
「……私の存在は、あの世界から跡形もなく消え去ったはず」
「確かに、私もあなたのことを忘れてしまった。それでも、喪失感はあった。だから、その正体を探り続けて…… 結局、私はあなたの存在だけを、辛うじて思い出したの」
「そう……だったの。……でも、世界を超えるなんて芸当、どうやって……」
女神様の力で勇者として導かれた私でさえ、元の世界から存在が消えるという代償を背負った。
世界を超えるというのはそれだけ難しいことのはず。
「あなたが、切れかけた赤い糸を紡いでくれたからだよ」
「……どういうこと?」
「ずっと、見ていてくれたでしょう? 私のこと」
「……!」
「だからね、そのおかげで私は、元の世界を壊すだけで、あなたに追いつくことができたの」
「世界を……壊した?」
あの時見た、彼女が人を殺す光景がフラッシュバックする。
「あなたも、見てたよね? 私が世界から人間をすべて消して、そして世界自体も破壊したのを」
「まさか……本当に……」
「うん。お姉様にいらない記憶も全部消してもらって、そして人間であることもやめて、世界から存在を切り離した私は、壊れた世界の存在があやふやになった隙を突いて、あなたとの赤い糸を手繰り寄せてこの世界にやってきたの」
「どうして……そんなことが平然と言えるの……!?」
「どうしてって…… だって、何も覚えてないもの。言ったでしょう? いらない記憶は全部消してもらったって。もう私の中にあるのは、お姉様や魔王様に、そして一番大切なあなたのことだけ」
「お姉様に魔王様……って、まさか……」
「うん…… 今の私は、あなたの敵だよ。悲しいけれど。……それでも、あなたのことを忘れたまま生きるよりは、ずっと良い」
「そんな……」
きっと彼女は、その"お姉様"とやらに利用されている。
それでも、彼女をそんな状況に追いやったのは、私だ。
私が彼女を置いてきたから…… 私が、彼女のことを見続けたから…… 私が、断ち切れるはずだった運命を、紡いでしまったから……
「だからね…… 勇者なんてやめて、私と来てよ。魔王様の元で、私と一緒に生きよう?」
「それは……」
彼女は手を差し伸べて来た。
折れかけた心が、誘惑へと屈しそうになる。
それでも私には、その手を取る勇気はなかった。
「……ごめんね、急にこんなこと言われても困っちゃうよね。また、会いに来るよ。その時に、答えを聞かせて」
「あ、待って!」
そう言い残して、彼女は私の制止も聞かずにどこかへと消え去ってしまう。
そして後には、私だけが残される。
「私は、どうしたらいいの……」
呟いても、誰も答えてはくれなかった。
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