第49話 決戦の日
補習から数日。
ついにその日はやってきた。
準備は昨日のうちに済ませてある。
なので今日は着替えて出発するだけだ。
補習を頑張ったことにより、みんなで海に行くことになった。
中井美帆の提案であったが、その裏には安東かいたらしい。確かにイメージのよくない安東が提案するより中井の方が参加率はいいだろう。
安東が何をするか分からない以上、俺は奴の動向を見張る必要がある。
そのため、置いていかれたりするわけにはいかない。
ぎりぎりの時間だと、あいつは別にいっかみたいな感じで置いてきぼりを喰らうかもしれない。
なので余裕を持った出発を心掛ける。
さすがに大人数での移動は迷惑と考えたらしく、現地集合ということになった。
安東以外はわりと常識人なのかそういうところに配慮できていた。
そういうことで俺は絢瀬さんと奏の三人で現地へ向かう約束をしている。さすがに一人で行くのは気が引けた。
待たせては悪いと思い、少し早めに到着するように家を出た。もしかしたら絢瀬さんに『気合い入ってるねえ』とか言われるかもしれないな。
まあ、事実気合いは入ってる。
今日になるまでいろいろと考えた。
安東の暴走を阻止し、絢瀬さんを救う方法を。
俺が絢瀬さんと仲良くなって、あわよくば付き合うことができればハッピーエンドに向かうものだと楽観視していたが、やはりそう簡単には済ませてくれない。
略奪なんてお手の物なのだろう。
相手が誰かのものであっても、奴は構わず行動に移す。だから、もっと根本的な部分から解決しなければならない。
例えば、更生とか。
無理だろうけど。
説得してどうこうなるなら、そもそもこんなに悩んではいない。
他にも幾つか手段はあるが、果たして上手くいくかどうか。
最悪の事態に陥った場合のことも一応考えてはいるけど、そうならないことをただただ祈るのみだ。
「おはよ、佐古くん」
意外なことに、俺より先に絢瀬さんと奏は集合場所に到着していた。
絢瀬さんはワンピース、奏はシャツに短パンとイメージ通りな私服を着ている。
「おはよう。早いね?」
「うん、楽しみで早く起きちゃった」
「……モーニングコールが鬱陶しかったわ」
テンションの高い絢瀬さんと違って、奏は酷く眠たそうだ。一体何時に起こされたのだろう。
あの奏が絢瀬さんに鬱陶しいという言葉を使うなんてこれまでなかった。きっと、よほど非常識だったんだな。
「でも佐古くんも早いよね?」
「待たせちゃ悪いかと思って。まあ結果的に待たせちゃったけど、これは想定外だし」
まさかこんなに早く到着しているとは思わない。
「揃ったところで、出発しよっか?」
「うん」
「ええ」
先導する絢瀬さんに俺と奏は並んでついていく。ちらと、隣を歩く彼女に視線を移す。
先日の安東の言葉。
明らかに絢瀬さんを狙っているという件について。
奏には何も言っていない。
奏は怒ると何をしでかすか分からない。自分が女であることすら弁えずに突っ込んでいく恐れがある。
オリエンテーションのとき、奏は男数人に襲われていた。あれだって、自分よりも強い相手に吠えたことが原因だ。
いや、そもそもはナンパしてきた方が悪いけどもっと別に躱し方はあっただろう。
今回の相手は安東だ。
何をしてきてもおかしくない。
ただ、協力してもらうことはあるかもしれない。
そうならなければいいのだが。
「なによ?」
俺が見ていることに気づいた奏が不機嫌そうにこちらを睨んでくる。ここで睨まれるのはとばっちりだと思うが。
「いや、何でも」
「あそ」
目的地の海までは電車で向かう。
複数回の乗り換えを行い、一時間と少しで到着するので決して遠くはない。
もちろん近くもないが。
まだ朝早いとはいえ夏休みであるが、この時間の車内は空いていた。四人席を作り、俺達はそこに腰掛けた。
鼻歌をハミングしながらスマホを触るご機嫌な絢瀬さんを見ていると、隣に座る奏が肘で小突いてきた。
「はい?」
「なんで私の隣に座るのよ?」
「え、なんで?」
「紗理奈の隣に行けばいいのに」
「隣は緊張するじゃん。キャバクラで隣に女の子が座るのとはワケが違うんだぞ?」
「高校生が会話の例にキャバクラとか使うな」
「あ、ごめん」
言っておくけど、キャバクラは俺も行ったことないからな。あんなのはブルジョワの娯楽だよ。
「隣に座っていろいろ話せばいいのに。今の紗理奈はいつもの倍テンション高いから何の話しても笑ってくれるわよ」
「そうなの?」
「ええ。今朝、トイレに行こうとしたら父が入ってたっていう日常の一ページのような話でも笑ってた」
「ツボ浅いな」
でもそれも可愛い。
「今からでも遅くないからあっち行きなさいよ」
「それは遠回しにあっちいけって言ってるのか?」
「……あんなの為を思って言ってるだけよ。他意はないわ」
「奏が許してくれるならこっちでいいよ」
「なんでよ」
「絢瀬さんの隣はやっぱ緊張するし、奏の隣はなんでか落ち着くんだよね」
「……」
返事がない。
俺はどうしたのかと奏の方を見ると、彼女は窓の外を眺めていた。
「なんか見えるの?」
「別に。ていうか、それって私は女として見られてないってことかしら?」
声に怒気はない。
単純に気になっただけか?
「そんなことはないけど。いろいろと助けてくれるから、安心感があるんだと思う」
「気持ち悪いわね。あんたにそんなことを言われても嬉しくないわ」
そうは言うが、奏はやはりこちらを向いてはくれない。もしかして照れてくれていたりするのだろうか?
奏にはついつい思ったことをそのまま口にしてしまう。なのでちょっと恥ずかしいことを口にしてしまったかなという自覚もあった。
「そう思うならこっちを向いてくれればいいのに」
「うっさい」
素直じゃないなあ。
最初はそういうところが苦手だったけど、今となってはそこも奏の可愛いところだ。
「何の話してるの?」
絢瀬さんがスマホから顔を上げて訊いてきた。
「なんでもないわ。こいつが気持ち悪いって話」
「誤解を招くような言い方しないでくれよ」
そういうところは、やっぱり可愛くないかもしれない。
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