第8話 再び過去へ
「……くそ」
目を覚ましたとき、俺は無事タイムリープできたことに対する安堵と、相変わらず生温かい股間への苛立ちを同時に味わった。
毎回これいる?
携帯電話で確認すると、今日は五月二十六日。
やはりタイムリープを実行した翌日の朝に目が覚めている。
俺の仮説は恐らくだけど、正しかったということか。これからはそういうことも考えて動かないといけないのか。
いや、そもそも。
前回はたまたま高峰円香の存在により現代に帰ることができたけど、早々セックスなんてできるもんじゃない。
高校生だから風俗にも行けないし。
いつでも帰れるという考えは持たない方がいいな。
とりあえず起きるか。
ベトベトのパンツの処理をするところから、俺の一日は始まる。ほんとこれ何とかなんねえかな。
そんな憂鬱な気持ちを振り払い、俺は登校する。少しでも多くの情報を得ようとできるだけ早く早くに行動することを心掛ける。
「おす」
電車ではいつものようにシャカシャカと音楽を聴く。
この頃のアニメの曲が多く入っており、懐かしい気持ちになりながら聴き入る。
すると声をかけられる。
どうしてイヤホンで聴いているのに声が聞こえたのかというと、それはその声の主がイヤホンを片方外してから言ってきたからだ。
「お、おはよ」
「ここ数日見なかったけど時間ズラシてたの?」
彼女は高峰円香。
金髪ギャップ少女として俺の前に現れた女の子である。
痴漢しているところを助けた結果、どうやら俺に好意を抱いてくれているようなのだが、よく分からない女の子である。
この世界線では、一応やることはやったってことでいいんだよな?
「あー、たまたまね」
俺がタイムリープしてない間はこの時代の俺が普通に生活してるのか。
高校時代の俺はさぞ自堕落に生活していたことだろうから、そりゃ会わないだろう。
「避けられてるのかと思った。あんなこと言ったから」
あんなこと?
え、なに。
何言ったんだ?
そういえば彼女と体を重ねる前に、終わったら話す的なことを言ってたな。
ラブホテルに慣れていることとか、行為がやけに上手いとか、そういうことを解決してくれる理由。
それに加えて、高峰がそれを話したことで避けられてると感じたということは、ネガティブなものであることは確かだ。
そうなると考えられるのは援交とか?
あんまり褒められたことじゃないけど、やむを得ない理由とかあったりするしな。
一概にどうとは言えないな。
ていうか、俺が挿入の瞬間にタイムリープするということはこの時代の俺は挿入した瞬間に意識を取り戻すということか?
それはそれで地獄な気がする。
「いや別にそんなことはないよ。それなりに事情もあるだろうし」
適当に合わせておこう。
「……うん。ありがと」
妙にしおらしいのは話題が話題だからだろう。
いつまでもこんな空気なのも嫌だし、さっさと話題を変えるか。
高峰もうちの学校なのだし、オリエンテーションについては知っているのか。
「高峰のクラスはオリエンテーションのこともう決めたのか?」
「オリエンテーション? いや、うちはまだだよ」
まだなのか。
これは少し希望が見えたかもしれない。
「今年はなんかの理由でちょっと時期が遅いらしいよ。いつもは五月末だけど、今年は六月に入ってからなんだってさ」
「へえー」
神様もたまにはいいことをするな。
それならばこちらも動くことができる。
しかしあれだな。
金髪でギャルで見た目だけでいうなら非行少女っぽいのにちゃんと学校行くんだな。
陽キャは学校好きだけど、陽キャって感じでもないし。
「なに?」
「いや、学校とかちゃんと行くんだなって思って」
いつもならば女子に対して思ったことをそのまま口にするのは躊躇ってしまうが、彼女はその雰囲気というか空気感が自然とそうさせる。
否。
言ってもいいんだと思わされる。
そうなると、ついつい失礼なことを言ってしまう可能性もある。さっきの言葉だって聞きようによっては失礼なものかもしれない。
現に、高峰は少し驚いたような顔をしている。それは見方によればショックを受けているようにも見えた。
「何言ってんのさ」
少しの間のあと、高峰が笑いながらそう言ったので俺も合わせて笑っておく。
「あんたが言ったんでしょ?」
「え」
俺が?
何て言ったんだ?
「学校にはちゃんと行ったほうがいいって」
「……そ、そうだったっけ」
何があってそんなことを言うことになったのか謎だ。
いや、限りなく正論ではあるんだけど、そんなことを言うなんてまるで彼女が学校に行ってなかったみたいじゃないか。
「だから面倒だけど、オリエンテーションってのにも参加するんだよ。あんたと同じクラスならまだ良かったのにね」
「それは楽しそうだな」
「……ほんとに思ってんだか」
高峰はつまらなさそうに言う。
そのあとも適当な雑談を交わしながら学校に向かう。
女子にしては彼女は本当に話しやすく、これほど対等に話せる相手はいなかった。
昇降口で分かれた後は、かったるそうに自分の教室へと歩いていく彼女の背中を見届けてから俺も自分の教室へ向かう。
そのときだ。
たたた、と後ろから駆け足でこちらに向かってくる足音がした。とはいえ、俺には関係のないことなので気にしないでいると、
「おはよう、佐古くん」
と、軽く背中を叩かれた。
軽快なボディタッチは勘違いのもとなので控えていただきたい。
いや、そうじゃなくて。
何事!?
「お、おお、おはよ」
バクバクする心臓を必死に落ち着かせながら平然を装い(装えてないが)振り返る。
そこにいたのは絢瀬紗理奈だった。
「いつもこの時間?」
なんで俺に話しかけてくるんだ?
関わりなんてほとんどないはずなのに。
「まあ、たまたまかな。気分で結構変わるし」
ちょっと早口になってる気がする。自分でも緊張してるのが分かった。
女子高生相手の会話に緊張するなんて、相当童貞拗らせてるなあ、俺。悲しい。
「そうなんだ。でも私も気分で変わるから分かるかも。朝は眠たいよね」
「う、うん」
デュフフ、と笑ってしまう。
気持ち悪いなあ、なんでこんなに気持ち悪いんだろ。家帰って絢瀬さんと会話する練習がしたい。
「そういえば、今日オリエンテーションの班決めするんだって」
「へえ、そうなんだ」
今日なのか。
ということは間に合ったんだ。
問題はどうやって絢瀬さんと安東を同じグループにしないかなんだけど。全く考えてなかった。
「た、楽しみだね」
ちょうど教室に到着したので二人で入る。女の子と一緒に登校とかめちゃくちゃ青春っぽいことできて満足しちゃう。
俺、今日死んだりしないよな?
なんて。
「うん」
教室に入った瞬間のこと。
それが冗談に思えないくらいの殺気を感じた。
極力表情に出さずに周りを確認すると、あの男がこちらを睨んでいた。
それはもう肉食動物の如き鋭い目が俺の姿を捉えていたのだ。
そう。
安東圭介だ。
「……」
めちゃくちゃ怖え。
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