風俗嬢になった元クラスメイトとセックスしたら高校時代にタイムリープした。

白玉ぜんざい

第1話 どん底に落ちた元クラスメイト


 吾輩は童貞である。

 経験はまだない。


 二十六歳になった今も、相変わらず女っ気のない人生を送っている。

 高校を卒業してすぐに就職したもののブラック企業の洗礼を受けて退職。

 その後、再び就職を果たすもまたしてもブラック企業であり同じような目に合い退職。

 そして今の仕事に就職した。そこもそれなりにブラックではあったけれど、前二つに比べるとマシだったので続けている。耐性がついてしまったのかもしれない。


 彼女はいない。

 友達もいない。

 趣味もなければ時間もない。


 故に、お金だけはそこそこ貯まる。


 朝起きて仕事へ行き、晩までせっせと働き、仕事が終わると狭っ苦しい我が家に帰宅しつまみと酒で晩飯を済ませて眠りにつく。


 毎日毎日がそれの繰り返し。


 けれど、一週間に一度。

 俺には一つだけ楽しみがあった。

 このために辛い日々を生き抜いていると言っても過言ではない。


 童貞が唯一、女性と戯れることができる場所。


 そう、風俗だ。

 

「今日もいい子入ってますよ。どの子にします?」


 賑わいを見せる繁華街から少し離れたところにあるラブホ通り。そこにある『子猫の戯れ』というお店に入ると、愛想のいいボーイがそんなことを言ってくる。


 通い詰めて顔を覚えられると、いらっしゃいませの一言すらカットされるようだ。


「おすすめは?」


「よく聞いてくれました。本日のおすすめはこのアヤちゃんでございます!」


 じゃじゃーん! とボーイが並べられた写真の中の一枚を指差す。その写真を見て一番最初に気になったのは『新人』という表記。


「新人さん?」


「そう。今日入りたて。業界は未経験らしいんだけど、テクニックは相当のものだって聞きましたよ。多分モノホンのビッチですね」


「そうなんだ」


 写真を見た限りでは容姿もスタイルも悪くない。むしろ優良レベルだ。とはいえ、風俗の写真はだいたいがパネマジ。

 

 加工や修正といったあらゆる技術を駆使してよく見せているのだ。マツコデラックスのような体型の女性でさえスリムに出来てしまうのだから、近頃の技術は本当に凄い。

 

 凄すぎて引くまである。


「しかも何と言っても可愛い! これに尽きます!」


「この前そう言って勧めてきた女の子微妙だったぞ」


「今回はガチです! ほんとにリアルガチ!」


「人って一回裏切ると信用してもらえなくなるんだ」


「なら、もし可愛くなかったら返金しますよ!」


「そんなの店が許さないでしょ」


「僕のポケットマネーから返金しますよ。それでいいでしょ?」


「まあ、そこまで言うなら信じるよ。じゃあ、その子で」


「あざます!」


 そんな感じで受付を済ませる。

 待合室に行くと数人が待っていた。

 予約をすればスムーズに終わるんだろうけど、俺はそのときの気分を大事にしたいのであまり予約はしない。


 待合室で爪を整えたり、置いてある漫画を適当に漁ったりする時間も意外と好きなのだ。


 暫く待っていると、渡された番号札の番号が呼ばれる。ボーイに番号札を返し、店の前で待っている嬢と合流する。


 この瞬間が最も緊張する瞬間だ。


 ガチャガチャをしてカプセルを開ける瞬間に感覚がよく似ている。当たりハズレが明確になるドキドキが体中を駆け巡る。


「よろしくおねがいします」

 

 緊張した声。

 震えてこそないけれど、それがしっかりと伝わってくる。そういえば今日が初日だとか言ってたな。


「よろしくお願いします」


 ブラウンに染めた長い髪。

 化粧はしてあるけど、他の風俗嬢に比べると薄めに見える。作る必要がないくらいに素材がいいのだろう。


 胸もそれなりにある。

 確かに容姿は文句なしだ。


 しかしなんだろうか。

 この妙な違和感は……。

 何かが引っかかる。


 俺はもう一度、彼女の顔をしっかりと確認する。


「あの、なにか?」


 近距離でじろじろ見られればそんなリアクションになるのも無理はない。

 自分の行動の気持ち悪さを再認識した俺は彼女との距離を取る。


「……絢瀬、さん?」


 どうして思い出したのか自分でも分からないが、高校時代で隣の席になった女の子と重なった。


「え、と」


 動揺している彼女を見て、それは確信に変わる。


 絢瀬……名前は確か、紗理奈。

 可愛くて、優しくて、気さくで、誰とでも分け隔てなく話すことからクラスで人気の高かった女子だ。


 友達だったわけではない。

 たった一度、三ヶ月の間だけ隣の席だっただけだ。それでも彼女の顔を鮮明に思い出せるのは、俺が特別な感情を抱いていたからに他ならない。


「あ、ごめん。突然こんなこと言われても困るよね。なんでもない。行こうか」


「あ、はい」


 俺達はホテルへと向かう。


 彼女が俺のクラスメイトだった絢瀬紗理奈である確証はまだない。

 しかし、そうであると思えばそうにしか見えない。化粧はしているけれど、それでも確かにあの時と重なるところはある。


 ホテルに入り、俺はベッドの上に座る。

 彼女は床に両膝をついて座った。マニュアルにあるのかもしれないが、あまりそういうのは好きではない。


「隣に座れば?」


「……あ、はい。じゃあ」


 緊張していた初対面の様子とは微妙に異なる。俺が彼女の名前を言ったからかもしれない。


「あの」


 ちらと、彼女は俺の方を見ながら恐る恐る訊いてくる。


「どうして私のことを?」


 認めた。


「えっと」


 俺は高校時代の話をする。

 二年のとき同じクラスだったこと。席替えをして隣の席になったこと。そのときに少しだけ話をしたこと。


「佐古、くん」


 思い出したように絢瀬さんは俺の名前を呟く。

 あんな僅かな時間しか関わっていない俺のことを思い出してくれるなんて、やっぱり良い人だなあ。


「覚えてるよ。面白い話をする人だなって思ってたもん」


「面白い話……したかなあ」


 何を話していたかは覚えていない。でもあの頃はゲームだとかアニメだとか、その辺に没頭していた完全アニオタだったから、きっと一方的に喋っていたのだろう。


 恥ずかしい話である。


「懐かしいなあ。あの頃は楽しかった……」


 瞬間。

 彼女の表情が陰る。


 そう。

 問題はそんな彼女がどうしてこんなところで働いているのかだ。

 好き好んで働いているとは思えない。であれば何かしらの事情があるに違いない。


 訊いていいものか悩む。


「……」


「……」


 そして、もう一つ問題がある。

 お互いがお互いに過去の知人であることを認識してしまったが故に起こる気まずさ。

 

 彼女の言葉に触れることはできず、行為に及ぶことにも躊躇ってしまう。


 結果、無言の時間が続く。


 それに気づいたのか、彼女はおもむろに立ち上がる。


「お風呂、行こっか」


「へ?」


「ん?」


「あ、いや、なんか……そういう空気でもないのかなーと思ったんだけど」


 どうしようか悩んだが口にする。

 しかし、俺の言葉に絢瀬さんは優しく微笑む。


「せっかくお金払ったんだから、その分は楽しまなきゃ損だよ?」


 俺はその笑顔を知っていた。


『私、絢瀬紗理奈です。ありがとね、えっと……そうそう、佐古くん!』


 そう言ってくれるのなら、ここは思い切って楽しむとしようか。

 脳裏に蘇ったかつての彼女の顔を振り払い、俺は立ち上がる。


 あの絢瀬さんとできるのだから、俺からすればラッキー以外の何でもないじゃないか!


「そういうことなら、よろしくお願いします!」


 言いながら上の服を脱ぐ。

 だらしなく出たお腹が姿を見せるが、どうせバレるのだし気にもしない。


「……すごい勢いだね」


 ちょっと引かれてしまった。

 その後、ベルトを外してズボンを脱ぐ。


 絢瀬さんはゆっくりと上の服を脱ぎ、大人っぽい赤色の下着を顕にした。大きな胸、くびれたウエストにドキッとしてしまう。


 そりゃ、憧れの女の子の大人っぽい姿を見ればこうなるだろう。これまで何度も風俗に通い、何人もの女の子に相手してもらったけれど、そのどれよりも興奮している。


「先に行っててくれる? やっぱりちょっと恥ずかしいや」


 照れながら言う絢瀬さんの視線が一瞬下に向かう。そして、小悪魔のような笑みを浮かべた。


「あ、はい」


 なんか恥ずかしくなって、俺はパンツを脱いでさっさとバスルームに向かった。


 そこからは、天国のような時間だった。

 シャワーを浴びているとき、体を洗うと同時に気持ちいいところを探ってくる。


 ベッドに移動したら、さっき見つけた場所を的確に突いてきた。始まったばかりだけど限界寸前だった。


 こういう業界は未経験だと言っていた。それでこのテクニックは確かにプライベートでの性の充実を思わせる。

 あの絢瀬さんがビッチか。


 アリだな。

 ……なんて。

 

「今度は俺が攻めてもいいかな?」


 限界寸前であることを悟られたくはなかったので、そう言って攻守を交代する。


 風俗嬢は気持ちよくなくても演技をしてくれる。当時の俺はそれを本当に感じているものだと思っていた。

 ピュアだったのだ。


 でも、本当に感じている姿を見たとき、これまでの全てが演技であったことを理解した。


 それと同時に、自分のテクニックの向上を確信したのだ。


 そう。

 風俗に通い続けたことで、女性を悦ばせるテクニックは確実に磨かれていた。

 童貞だけど。


「……はぁ、は、ぁ」


 息が乱れている。

 色っぽい、揺れた瞳をこちらに向けてくる。手で口元を隠しながら彼女は言う。


「こんなに優しくシてもらったの、初めてかも」


 これもおべんちゃらだろうか?


「そうなの?」


「……うん。いつも、無理やりだったから。自分勝手に性欲をぶつけられていただけ」


 少し驚く。

 性欲の捌け口として無理やりされていただけにしては、相手を悦ばせるテクニックがありすぎるような。


 仕込まれたということか?


「ねえ、佐古くん」


 彼女は俺の目をじっと見つめながら口を開く。揺れる瞳は何かを求めるようで、誘惑するような声色はその意味を伝えてきている。


「私、佐古くんのが欲しい……」


 

「……分かった」


 彼女で童貞を卒業できるなら本望だ。


 俺は彼女に覆い被さるように近づく。


「……一つだけ、訊いてもいい?」


 絢瀬さんはこくりと頷く。


「嫌なことっていうのは?」


「今の全部。高校生のときに間違えてから、私の人生は最悪の未来に向かってしまった」


「高校生のとき?」


「……安東圭介。彼が私を……」


 一人の男の名前を口にしたとき、彼女は涙を流した。これ以上訊いても苦しませるだけだ。


「もういいよ。ありがとう」


 できる限り優しい声色を意識して言う。彼女の頭を撫でると、少しだけ落ち着いたようだ。


「キて、佐古くん!」


「……うん」


 お、おお、おおお!?!?

 

 な、なんだこれ!?


 これまでにない快楽に、俺の意識は飛びそうになった。


 う、お。


 あ、

 

 あ、あああ、あああああああああああああああああああああああああああああああああ!!?!?!?!?


 

 ――。


 ――――。


 ――――――。


「……あああああああああああああああああああ!?!?!!??」


 え。

 嘘だろ。

 本当に意識飛んだの?


 一瞬だけだが、自分に何が起こったか分からなかった。


 さっきまでラブホにいたはずだけど、俺は今ラブホではない場所にいた。

 ベッドに寝転がっていた。


 なんだか見覚えのある天井だ。

 思い出そうとしたとき、股間辺りが何だか生温かいような気がして確認する。


「……最悪だ」


 出てやがる。

 まるでエロい夢を見ていたようじゃないか。


 ん?

 夢?


 俺は慌てて体を起こす。

 夢なのか?

 いやいや、待て待て。

 夢だとしてもここはどこだよって話だ。まさかあのあといろいろあって絢瀬さんのご自宅にお呼ばれしたとか?


 酒も飲んでないのにそこまで記憶飛んでたらもう病気だろ。


「……ん?」


 カレンダーが目に入る。


 次に手元にあった携帯電話を手に取る。そして、それを開いて時間を確認する。


 その携帯電話を見た時点でおおよそ事態は察した。

 とはいえ、まさか本当に自分に起きるとは思わないからまだ脳が理解してくれない。


「……マジかよ」


 嘘でも夢でもないとするならば、俺は十年前にタイムリープしてしまったようだ。

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