7.
悪寒が走った。サバンナというところには赴いたことないけれどここがサバンナ(短歌)、そんな気がした。獣の気配。オフィス街のど真ん中でそんなわけないよね。目を配らせた先の真尋さんの顔はそれがあるんですと語っていた。直後、秘書課の松崎さんがすっ飛んできた。
「社長! こちらにいらっしゃいましたか! 大変です! 受付にライオンが!」
「来たか。弥恵ちゃん。白湯川。ファーストインパクトだ」
なんの話? いやいやわかる。二人の話す雰囲気からわかる。ライオンとは真尋父だろう。会ったことはもちろんないが皮膚と全身に巡る血液が告げている。オイオイオイ、コイツ死ぬわと。
「死にたくねえーーッ」
「落ち着いてください課長。父も話せばわかる人です。ただちょっと真っ直ぐなだけで」
ベゴッ
「なん?」
「マズい! 皆んな扉から離れるんだ!」
ベゴッ ボンッ バゴォーン
「熊田、久しぶりだな」
「お父さん! なんで来たの!」
「チャリで来たアアア! バイクは母さんに禁止されてっからなッ 弥恵! どいつだ!」
「治五郎、落ち着け アレは俺の」
「弥恵にちょっかい出しとるボゲカスぁどいつだって聞いてんだァァアアア!」
マズい。マズいマズいマズいマズいマズい完全にク○○ンのことかァァアアア! のノリでブチギレてんじゃない。だがまだ誰かまでは気づいてない。そこは皆んなでちゃんと説明すれば──
「白湯川! 今日こそ覚悟しろ! 貴様なんぞにレディ弥恵は渡さん! あれなんかお取り込み中?」
藤堂ーーーーッ!!
「お前か」
「いやそのあのえと」
「お前かーーッ!」
「はいーーーッ」
「待ってお父さん! 私たち今仕事中だよ!」
「お前は黙っとれ! ワレィ、弥恵と結婚? どういうつもりじゃワレィィッッ」
「ゴゴゴ誤解なんです!」
「何言ってるここは地下一階だぞ白湯川」
「藤堂は黙れ! 違うんですお父さんこれにはワケが」
「誰がお父さんじゃコラァィッッ」
「アアアン やだもう」
「お父さんもうやめて! お父さんにはカンケーないでしょ」
真尋父が硬直した。真尋さん、その言い方たぶん良くないです。
「本気なんか?」
「私はいつだって本気だし頑張ってるよ。ほっといて!」
仕事のことだよね。それは確かにそう思います。だけど今言うタイミングじゃない。ちゃんと主語を言ってくれ。
「弥恵」
「わかって お願い もう帰って」
「弥恵……俺は、お前と母さんのためだけを考えて今日まで来た。弥恵のことは目の中に入れても痛くないと、実際入れようとしたことだってある。それが、こんな、皮と骨だけみてえなヒョロヒョロの! 俺はどうすればいい! 指先はチリチリする、口の中はカラカラだ! 目の奥が熱いんだ!」
「お父さん」
「黙れドロボーガイコツ! 俺をお父さんと呼ぶな! お前なんぞに何が……ちょっと待て、母さんから電話だ もしもしママ? え、いやもうすぐ戻るよ。うん、牛乳はちゃんと買って帰る。うん、戻ったら店番ちゃんとやるから、ごめんね急に飛び出したりして え? まさか! 弥恵の邪魔なんてするワケないでしょ俺が? いやいやないないないですぅ うん すぐ帰る! 愛してるよママ……小僧」
「流れがアマゾン川くらい急すぎて情緒安定しません」
「命拾いしたな。次に会う時、おまえがどれほど弥恵の相手に相応しいのか曇りなきまなこで見定め決める!」
「濁りまくってんだろ! あ、すんませんすんません!」
「弥恵、また来る」
「もう来ないで!」
ライオンは自転車爆速で去っていった。なんとか首の皮一枚繋がったのか。どうしてこんなことに。
「課長、ごめんなさい」
「や、まあ今日のところは生きててよかった。誤解はこれから解いていくさ。まずは藤堂を消さないとな」
「課長……」
この時の僕は知るよしもなかった。そりゃそうさ。真尋さんは僕にとって大事な部下で、逆に言えばそれ以上も以下もなかったから。真尋さんの気持ちなんて僕は考えたこともなかったのだ。
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