ワトソンくん、胸を貸したまえ

澄田ゆきこ

本編

 ここは聖コナン・ドイル女学園。うららかな日差しの中で今日も少女たちが学業に励む。私は人呼んで聖コナンのホームズ。身長は本家よりやや足りないが、理知的なまなざしと評判の美少女である。

 時刻は午前八時。風もなく穏やかな陽気である。梢の鳴る音が清々しい。始業前に日課の人間観察でもしようと、ワトソンくん(これまた絶世の美少女である。私が月なら彼女は太陽だ)を伴って前庭に出た時だった。

「キャーッ! 大変!」

 うら若き乙女の悲鳴が響き渡った。

「どうした!」

 私はすぐさま駆けつける。見ると、校舎裏の片隅、「にゃあこ」と書かれた看板のあるあたりに、何やら人だかりができている。中央では麗しい少女が、宝石のような瞳に涙を浮かべていた。陶器のような見事な肌もすっかり青ざめてしまっている。

「にゃあこが、にゃあこがいないのよぉ!」

「散歩にでも行っているんじゃ?」

 ワトソンくんが無粋な茶々を入れる。女史は案の定キレた。

「違うわよっ! にゃあこはいつもこの時間に私がごはんをあげるのを待ってるの! あなたと違って利口な猫なんだから!」

 女史はそう言って、顔に手を当て泣き崩れてしまう。

「あーあ、ワトソンくん」

「えー、僕が悪いの?」

 不貞腐れるワトソンくん。仕方がない。医学コースの秀才とはいえワトソンくんに推理の才はないのだ。頭が固いから。

「何か今失礼なこと考えてない?」

 まったくの気のせいである。

 さて、事件の華麗な解決のために、私が人肌脱ぐとしよう。

「お嬢さん。この事件、私が解決してみせよう」

「本当っ!?」

 女史の目が輝いた。なんとも可愛らしいことだ。

 もちろん、と私は大輪の花の如き笑みを浮かべる。

 しかし。学校一の探偵と言われる私だが、それには相応の準備がいる。世の探偵が頭を働かせるために何かしらの予備動作を必要とするように、私にもそれに値するものがあるのだ。

「ではワトソンくん、胸を貸したまえ」

「はいはい」

 私はワトソンくんの胸に顔をうずめた。高身長のワトソンくんの胸元に私の頭はぴったり収まる。そのまま片乳を優しく手で包み込む。

 あう。柔らかい……。

 マシュマロのような甘やかな抱擁感。それでいて掌からこぼれるほどのずっしりした重み。

 いつ触ってもすばらしい……。

 違う違う。推理だ。

 私の頭はみるみるうちに冴えわたった。前庭から今までの情報が頭の中をぐるぐると駆け巡る。

「わかった!」

 周囲にどよめきが走り、私はワトソンくんの心地よい胸元から泣く泣く離れた。

「にゃあこは、木の上にいる!」

「えぇっ!?」

 全員が一斉に木の上を見る。すると、見事に、枝の先に薄茶色の猫がたたずんでいた。降りられなくなっているらしい。なんてベタな。

 長身のワトソンくんに担がれた私が、なんとかにゃあこを木から降ろすと、周囲にぱらぱらと拍手が起こった。

「さすが聖コナンのホームズね!」

 ふふん。


「いやあ、今日も見事だったね、ホームズ」

 夜のぬるびた時間。就寝前に、ワトソンくんはいつもホットミルクを入れてくれる。ハチミツ入りの甘いやつである。ワトソンくんとは寮のルームメイトだ。最初に会った時も、私がワトソンくんの出身地をぴたりと当ててみせたのだ。

「なに、私にかかれば、あのくらい造作もない」

 私はマグカップを受け取り、牛乳をこくんとのみ下した。さすがの匙加減である。眠気がほわりと襲ってくる。

「どうしてわかったの、ホームズ?」

 私をベッドに運びながら、ワトソンくんが尋ねてくる。

「たいしたことじゃないよ。今朝、風もないのに、梢の揺れる音がしていただろう。だからさ」

「なるほどねえ」

 そのくらい僕の胸を使わなくてもわかってほしいな、とワトソンくんはあきれ顔である。

「探偵の役に立てたことを喜びたまえよ」

「はいはい」

 ワトソンくんは私を二段ベッドの下段に寝かせた。……が、そのまま遠ざかる気配がない。

「……ワトソンくん?」

「探偵さんには、たっぷりご褒美をあげなきゃね」

「わとそん、くん……? あうっ」

「ほら、隣の部屋に聞こえちゃうよ」

「だめえっ……!」

 ワトソンくんの熱烈な責めは一晩中続いた。

 探偵が形無しだ。もうお嫁にいけない。しくしくと嘆いていると、「僕がもらってあげるよ」と頭を撫でられ、きゅんと心臓がうずいた。

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ワトソンくん、胸を貸したまえ 澄田ゆきこ @lakesnow

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