ダブルフェイス ~オレとワタクシのワンダフルコメディ~
名無しの権兵衛
第1話 ぎょえ~~~ッ!!!
「あぢぃ……」
そう呟くのは
今年で三十を迎える立派な社蓄だ。
両親はすでにおらず、配偶者もいない、所謂独身貴族である。
いや、違った。貴族ではない。ただの独身男性だ。
特にこれといった特徴もない平凡な男である。
そんな彼にもちゃんと趣味はある。
グルメ旅行だ。食べるのも作るのも好きな彼は休日に一人でよくグルメ旅行へと出かけるのが生き甲斐なのである。
勿論、友人、知人と出かけたりもするが基本は一人旅。何故ならば、自由だから。誰にも侵害されず、他者の意見に耳を傾けることもなく、己の意思のみで全てを決めれるのが最高なのだ。
「うへ~。早く帰って冷房効いた部屋でビール飲みてえ~!」
一刻も早く、この蒸し暑い世界から解き放たれて、至福の時間を味わいたい颯太は急ぎの用事を済ませるために歩く速度を上げた。
それが幸か不幸か、颯太の進路上にあった十字路から一時停止を無視した車が突っ込んでくる。
まさか、一時停止を無視してくるとは予想もしていなかった颯太は、それはもう見事にいっそ芸術とも言えるくらいに撥ねられた。
「(う……そ……)」
それが最期の言葉であった。
享年二十九歳。死因は事故死。
呆気なく颯太の人生は幕を下ろしたのであった。
ちなみに颯太を撥ねた加害者はその後、因果応報で同じようにひき逃げされて死んだのであった。
◇◇◇◇
「ん……んん? アレ、俺、生きてる?」
「んちゅ~~~」
「ぎょえ~~~~~~~ッ!!!」
死んだと思っていた颯太は目が覚めた瞬間、目の前に汚いオヤジが見えたので思わず叫び声を上げながら、タコのようなキス顔をしていたオヤジを蹴り飛ばしたのだった。
「うぎゃあッ!」
「な、な、な、何しようとしてくれとんじゃ!」
後ずさる颯太はふと違和感を感じる。
はて、そういえば自分は死んだはず。
なのに、何故生きているのかと首を傾げた。
流石に、先程蹴り飛ばした中年ハゲの男が医者ということはあるまい。
であれば、これは一体どうなっているのだろうかと疑問を浮かべる。
とりあえず、まずは身体の確認からだろうと颯太は下を見る。
すると、そこには衝撃の光景があった。
なんと、あるものがなく、ないものがあったのだ。
というよりも、男ではなくなっている。
女性の身体になっていたのだ。
「な、な、なんじゃこりゃッ!!!」
二十九年間、生まれた時から片時も傍を離れず、ずっと一緒だった相棒が消え去っている事に驚く颯太は、目の前の現実に理解できないでいる。
颯太が混乱していると、彼が蹴り飛ばした男が呻き声を上げながら起き上がってくる。
その声を聞いて、一旦ここから逃げ出すのが先決だと颯太は立ち上がった。
「てか、何で裸でベッドの上なんだよ! くそ! とりあえず、服は……無理そうだから適当にシーツでも身体に巻いておくか!」
どういうわけか、中年オヤジと一緒のベッドにいた颯太は全裸だった。服を着る時間も惜しく、颯太は逃げ出すためにシーツを巻いて部屋から飛び出すのであった。
訳もわからず颯太は走った。
シーツを巻いて、裸を見られないように必死にだ。
裸足なので地面が痛い。せめて、靴だけは履いておけばよかったと後悔する。
しかし、あの場に靴がったのかさえ怪しい。
「(ちくしょうッ! なんで俺がこんな目に!)」
闇夜の中、颯太は泣いた。
一時停止を無視した車に撥ねられたと思ったら、今度は中年オヤジに襲われそうになって、しかも女性になっていたのだ。彼が涙を流すのも仕方のないことであった。
「(ふう……。ここなら、大丈夫かな?)」
人通りのなさそうな薄暗い路地裏に隠れた颯太は一息つく。とりあえず、状況を整理しようと考えていた時、奥の方からガラの悪そうな男達が現れる。
「へっへっへ~。こんな所でなにやってるんだ? そんな格好でよ~」
「(ま、不味い。多分、向こうは俺が女だって分かってない。でも、声を出せば一発だ。下手をしたら……)」
最悪の想像をしてしまった颯太は逃げ出そうとする。しかし、そうはさせまいと男が先回りをして退路を塞いだ。あり得ない速さに颯太は目を見開く。
「(な、なんだよ、今の! とんでもない速さだったぞ! これじゃ、逃げれない……!)」
絶体絶命。颯太は窮地に立たされてしまう。もう、ここで男達にいい様に弄ばれてしまうのだろうと、颯太がギュッと目を閉じた時、彼の脳内に声が響いた。
『今から、
「(だ、誰ッ!?)」
『いいから黙って言う事を聞きなさい!』
「(は、はい!)」
『手を前に突き出して、私の言葉を一言一句間違えないように声に出して復唱なさい。そうすれば助かりますわ』
何がなんだか分からないが、何もしないよりはマシだと判断して颯太は声の主に従う。
男達へ手の平を向けて、脳内に響く言葉を紡ぐ。
『我が怒り、我が悲しみ、我が叫び、狂え、惑え、泣くがいい! グラビトンサンダー!!!』
「我が怒り、我が悲しみ、我が叫び、狂え、惑え、泣くがいい! グラビトンサンダー!!!」
魔法の詠唱を唱えた颯太の手からは雷属性の魔法が放たれ、同時に重力魔法が男達を襲った。真っ直ぐに放たれた電撃はへちゃげたカエルの様になっている男達を貫き、丸焦げにするのであった。
その光景を見ていた颯太は餌を欲しがる鯉のように口をパクパクとさせて動揺している。
『オーッホッホッホッホ! 次は背後にいる男を仕留める番でしてよ!』
高らかに笑う女性の声が颯太の頭に響き渡る。彼女の言葉を聞いて颯太は道を塞いでいた仲間がいたなと振り返ると、恐れをなして逃げる男の後姿を捉えた。
『まあ、なんて情けない男かしら。仲間を見捨てて逃げるなんて』
そう冷たく言い放つが、彼の判断は間違ってはいないだろう。己の命を守る為と考えれば逃亡が最善の選択だ。
「(あ、あの~、ところでどちら様です?)」
脅威が去った事で冷静さを取り戻した颯太は脳内に響き渡る女性の主に声を掛ける。
『まずはここから移動しましょう。先程の戦闘音で人が来ますわ』
「(あ、はい)」
脳内に響く彼女の声に従って颯太は、その場を後にするのであった。
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